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魔獣戦記  作者: Meg
5/10

第一話/01

ミリタリー知識はガチのにわかです。

 ──どうして、こうなっている?

 夜の帳が降りた空の下、叫び声を上げることさえ出来ない鵠は只管に、アスラの首にしがみ付いていた。

 最早ビルからビルへと飛び移る跳躍程度では驚くことも無いが、いざ自分が巻き込まれて恐怖を感じないほど心が麻痺している訳ではない。

 跳んでは落ちて行く急激な動きで内臓は浮遊感に苛まれ、アスラの両腕しか安全を確保するものがない心許なさは殊更に恐怖を煽る。


「あそこか……ちょっと高く飛ぶから舌噛まない様にね」

「──!?」


 もう十二分に高いと言うのに何処へ飛び移るつもりなのか。

 そう問うよりも先に、跳躍の衝撃で高層ビルの屋上に罅を入れたアスラの体は天へと駆け上がる。

 航空障害灯の赤い光が照らす屋上へ──地上から二百メートル以上も離れた天と地の狭間へと降り立った。


「ようやく来たな」


 行き交う雑踏や車両、賑わう街を背負うよると、そんな主人の傍らで悠然と佇む紅の男の姿──今は仮面で素顔を隠し、外套はためく装甲に身を包むイデアス。

 眠らない街を見下ろしていた少年と兵器は、宛ら映画の一シーンを切り取った様な非現実的な様子であり、それでいて不可思議な美しさを伴っていた。


「あれ?イデアスって〝親父殿〟と組んでたんじゃないの?」

「事情が変わってな、今の主人はこのよるだ」

「ふ~ん」


 さして興味も無さそうに頷くアスラの腕から解放されても、鵠はまるで生まれたての小鹿の様に両脚を震わせながら蒼い巨体に縋り付いた。


「鵠、大丈夫か?」

「し、し、死ぬかと思った」

「……怖かったね」

「え?怖かったの?言ってくれれば良かったのに」


 何の前触れもなく空を跳ばれて抵抗できる奴がいるものかと、未だ両脚を震わせる鵠は手に入れたばかりの武器へ苦情さえ申し立てられなかった。


「進展はあった?」

「お前達が来るまでに此処らで四十程始末した。流石に〝巣〟が近いとなると数も多くてな」

「じゃあ喰われた人間も他の場所と比じゃないだろうね」

「〝こんな街〟だ。一夜に人間が数人消えたところで気付かれもしないんじゃないかな」

「でも……そんなに大勢の人が、その……殺されているなら、もっと騒ぎになるんじゃないの?」

「その場では食べずに巣に持ち帰っているのかもしれないね。警察は死体が見つからなければ動かないから、報道もされないんだろう」


 淡々と繰り広げられる会話だが、鵠の胸中は穏やかではない。

 ──アスラの所有者となったばかりの鵠が此処に連れて来られた理由、それは魔獣討伐隊の一員となって下された最初の任務のため。

 あの後、遠隔でアスラの起動を確認した創石から入った連絡を受けた鵠は否応なしに、止めようとした護子の声になど耳を貸さないアスラに家から連れ出されたのだ。

 車や交通機関を使うよりも自分の方が速いと、問答無用でアスラに抱きかかえられ、約七キロ程の空の旅を強いられるなど思いも寄らずに。

 そうして降り立ったのが此処──創石が管轄する治安維持局の〝調査班〟が特定した土蜘蛛たちの巣が何処かに潜む、欲得の街新宿である。


「……よる、これからどうするの?」

「連絡が来るまでは此処で見張りながら待機だね」

(こんな場所で見張り……?)

「土蜘蛛が姿を見せれば狩りに行くぞ。お前も見張れ、アスラ」

「えぇ~?そういう地味な仕事って『フェイト』の得意分野だろ?」

「そう腐るな、巣を見つけられれば存分に暴れられるさ」


 軽口を慎まないアスラを横目に街を見下ろすイデアスとよる。

 それに倣って鵠も彼らの視線を辿ってみるが、此処からではどんなに眼を細めても新宿の全体的な風景だけしか捉えられない。

 だと言うのに──人ならざるイデアスやアスラならいざ知らず──よるまでもが街を見下ろして何が見えるのと言うのだろうか?


「……ああ、そうか、説明していなかったね。ごめん」

「?」

「今は眼球に魔力を通して視力を強化しているんだよ。だからそうだな……あそこに映画館があるだろう?」

「う、うん?」


 よるが指差してさえくれなければ、日本を代表する怪獣の頭をシンボルとした映画館があることすら分からなかった。


「あそこの看板の文字くらいなら読める」

「すご……!?」

「肉体強化の魔術は初歩的だけど便利だ。魔力をコントロールする術でもあるから、魔術を学ぶリリンなら誰だって最初に通る」


 それを聞いて土蜘蛛に襲われた際の──明貴のあの異常なまでの身体能力は魔術だったのかと、よるの説明を聞いて鵠は一人得心がいった。


「……私にも出来るかな」

「鵠なら簡単にできるさ。魔力──意識を両目に集中させてごらん」


 ──等と、言われても。

 体に流れる魔力のコントロールなんて試した事もないのだから、両目に意識を集中させようが、大きく見開こうが細めようが視力が上がる兆しなど無い。


「……」

「……」


 無駄に力を入れているだけだと、鵠の変な顔──基、顔芸から察したらしいよるは苦笑いを浮かべるだけだった。


「まあ……誰でもすぐに出来たら魔術が廃れる訳もないんだ。練習すれば出来る様になる筈だ」

「う、うん……」

「鵠は物覚えが良いから、きっと大丈夫──」

「よる、出たぞ」


 傍らで殆ど同じ方向を見つめていたイデアスの、仮面の下に隠された視線を辿っても鵠には何も見えない。

 やはり人間とムーン・チャイルドでは見えている世界が違うのだろう。

 目を細めて捕捉しようとするよるに対し、早々に魔獣の姿を捉えたらしいアスラは何処か呑気な声で数を数え出す。


「二十、三十……?みんな仔蜘蛛だな……」

「……」

「でも数が多すぎるから〝あの人間たち〟喰われるんじゃない?」

「……は!?」

「助太刀に行くか……アスラ、付いて来い」

「はいはい。鵠、怖かったら目閉じていてね」


 よるを片腕に抱いたイデアスが屋上を飛び立った瞬間、鵠の体もまたコンクリートから遠く離れ天へと飛び立っていた。


「っ──!」


 アスラに抱えられ、次々と建物を飛び越えて行く凄まじいスピードと浮遊感は先ほど味わったばかりの恐怖。

 だが異を唱えている場合ではないと、一刻の猶予も無い焦燥に駆られる鵠はイデアス達の背を真っ直ぐに見据えていた。

 高く聳え立つオフィスビルや高級ホテルを飛び越えて行く影は新宿の中心、歌舞伎町へと向かって跳んで行く。

 眠らない街の明かりは彼らの姿を地上の人間たちへ詳らかにしてしまうだろう。

 しかし、人の目に付く隙さえも与えずに夜空を駆け抜けるイデアスとアスラは、ビルの隙間を吹き抜けて行く風そのもの。

 やがて繁華街の中心に沈殿する──何の因果か鵠の祖先を祀る神域へ降り立たんとした瞬間、その全身を異質な空気が過ぎ去るのを感じた。


「鵠、土蜘蛛の結界内に入ったから絶対に僕から離れるなよ」

「う、うん」


 ホルダーから〝ベレッタ92〟を取り出し構えたよるは、ただそれだけで別人にさえ見えてしまう。

 イデアスと云う最強の武器を携えながら、尚も己の身と友は自分自身の力で守ろうと努めるよる。

 ──護子は〝鵠の身体の中に剣が封じられている〟と言っていたが、もしもその剣を解き放ち振るうことができれば?

 ムーン・チャイルドの様にはいかなくとも、自分の身くらいなら守れる程度の力を得ることができるのではなかろうか?


(でも封印ってどうやって……)


 そもそも剣が身体の中にあるなど実感すら沸かない鵠が、よるの背に張り付きながら己の手を見下ろしていた──そんな時だった。


「木戸!キリが無いけどこれどうすんの!?」

「弱音吐く暇があるなら一匹でも殺せ!」

「だから〝隊長〟と一緒に捜査しようって言ったのに!死んだらあんたのせいだからね!?」


 闇の中で魔獣が蠢く音を貫く銃声、そして木霊する二人の女の声が届いたのは。

〝SIG SAUER P226〟、そして〝HK53〟の銃口から放たれる弾丸は魔力を帯び、より強力な力となって仔蜘蛛の群れを肉塊へと散らして行く。

 だが圧倒的な数を前に追い詰められて行く二人が蜘蛛たちの編み出した結界からも、この包囲網からも脱出する術も、在りはしなかった。

 ──そう、この二人の力だけでは……。


「甘露寺さん!木戸さん!伏せて!」


 よるの大声など初めて聞いた鵠が眼を見開いたその瞬間には、イデアスとアスラは己の武器を携え蜘蛛の群れへと奔り出していた。

 相当に場慣れしているのであろう、二人がよるの声に身を屈めるのと、業火を纏う剣と激流を纏う戦輪の一閃が魔獣たちを蹴散らしたのは紙一重のことだった。

 もしもよるの警告が僅かに遅れていれば、二人の反応がもう少し遅ければ、残りの土蜘蛛の一匹さえも残さず借り尽くさんと追撃するイデアスとアスラの攻撃に巻き込まれていたことだろう。


「お二方、大丈夫ですか!?」


 顔見知りらしい二人の女の元へと駆けて行くよるを追う内に、不気味な紅い空は繁華街の明かりを照らす夜の帳へと戻って行く。

 イデアスとアスラの二機に借り尽くされたのか、それとも辛うじて逃げ果せたのか、どちらのせよ結界を維持できる程の数がいなくなったのだろう。

 神殿の近くでは目立ってしまうと、どうやら深手を負っているらしい青白く長い髪の女はよると、褐色の髪の女の肩を借りて人目の付かない宝物殿近くの影へと移動する。

 イデアス達もそんな主人の元へ──アスラは何処か物足りなさそうな雰囲気を醸し出しながら戻り、一行は〝調査班〟の二人と合流を果たしたのだった。


「木戸さん、土蜘蛛の毒を……!?」

「っ大丈夫です。〝ドクトル〟から血清を貰っていますから、大した怪我じゃありません」

「木戸はそうやって強がるんだから……」


 鵠の脳裏に蘇ったミルクティー色の髪の医者もまたムーン・チャイルドの所有者と聞いているが、彼は今、何処で何をしているのだろうか?

 懐から取り出された注射針を黒く変色した左腕へと刺し込めば、見る見る内に元の白い肌の色を取り戻して行った。

 掌を握ったり開いたりを繰り返し、感覚が戻ったことを確認した女の、緑色の混ざった青い眼は鵠へと見上げられる。

 ──髪も肌も青白い〝木戸〟と呼ばれた女性も、掘りの深い顔立ちを持つ〝甘露寺〟と呼ばれた女性も、どちらもその見目から異国のルーツを感じ取った。


「貴女が宮簀媛ですね?」

「えっと……はい」


 その自覚も力も持たないまま名乗るのは気後れしてしまうが、誰もがそう呼ぶのだから頷く他に鵠に選択肢は無い。


「御見苦しいところをお見せして申し訳ございませんでした。〝治安維持局魔獣管理部調査隊〟の『木戸 灰簾(きど かいれん)』と申します」

「み、宮簀鵠です」

「同じく調査隊の『甘露寺 柘榴(かんろじ ざくろ)』です。お会いできて嬉しいですよ」


 神話に語られる英雄を祖先に持つ自分自身が、〝リリン〟と呼ばれる彼ら魔術師の中でも一際特別な存在であることも、今は理解していた。

 だが身分制度など無くなって久しい現代で、こうも恭しく仰がれる理由などありはしないだろう。

 何より、まるで本物の姫君の様に扱われては居心地が悪いと述べようとした鵠を静止させたのは、よるの携帯端末から鳴り響いた無機質な着信音だった。


「はい、月舘です──はい……はい、僕と第一号機は木戸さんと甘露寺さんと合流しました。宮簀媛と第二号機も一緒です」

「……」


 ──よるには〝その名〟で呼ばれたくなくとも、そう呼ばなければならない事情や都合と云うものがあるのだろう。


「分かりました。今から向かいます」


 短く、簡潔に電話を終わらせたよるの、まるで夜空の様な黒曜石の瞳は全員を見据えながら、その唇で神妙に言葉を紡いだ。


「土蜘蛛の巣が見つかった。今から全員で乗り込むぞ」

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