表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

婚約破棄現場に関西のおばちゃんがいる風景

「嫌やわアンタ!浮気しといてそんなん、よう言うわ!ちょっとシュッとした男前やからって、なんでも許されるもんちゃうで!」


その独特のイントネーションと語尾を持つ言語が、ホールに響き渡った。




「オフィーリア・シルバ、我が最愛の人エミリア・ヨーキー男爵令嬢に対して行った数々の嫌がらせ行為は全て把握している。その様な悪辣な人間、未来の国母に相応しいとは言えない。よって、貴様との婚約は破棄とする!そして新たに、エミリア・ヨーキー男爵令嬢を婚約者とする事をここに宣言する!」


そろそろ夜会が始まる、そんな時間に突然そう言ったのは皇太子であった。

名指しされたオフィーリア・シルバ公爵令嬢は顔を青ざめさせながらも、凛とした姿で婚約者を見つめている。

皇太子が最愛の人と発言した相手エミリア・ヨーキー男爵令嬢は、皇太子の斜め後ろで彼の腕の裾をチョコンと摘み上目遣いで彼を見ていた。


「えっ、なになに?どういう事なん?婚約者と最愛の人が別人てどういうことなん?」


ふと、何処かから誰かの声が聞こえた。

不思議なイントネーションだ、地方のなまりだろうか。


「皇太子には小さな頃から婚約されている令嬢がいらっしゃるのです。しかし、学園で出会った男爵令嬢と恋に落ちたので、、、最愛の人とは、その男爵令嬢の事であります。」


誰かが答えた。

不思議と、答えなければ、と思ったのだ。


「それで?その婚約者と別れて最愛の人と婚約し直したい言うてんの?婚約破棄の理由は令嬢の方が最愛の人に嫌がらせしたからやって?」


その声の方に人々の視線が向かう。


そこに居たのは平民の男の様な格好をした中年女性であった。

クルクルと細かくカールした短い髪のでっぷりとした体格の良い女性、上の服は何か獰猛な動物が牙を剥きコチラを睨んでいる精巧な絵が描いてあり、ズボンも何か動物の毛皮であろう黄色に黒のブチ模様の生地である。


あきらかに異質の存在。

それなのに誰もがソコに彼女がいる事が当然である様に感じていた。


彼女はツカツカとオフィーリア・シルバ公爵令嬢の側に近寄る。


「あっこの女の子に、なんか嫌がらせしたん?」


責めるでも慰めるでもない、ただ好奇心から聞いていると言う風に女性は聞いた。


「嫌がらせ、、、のつもりはなかったのです。ただ、婚約者のいる男性に無闇に触れてはいけない、皇太子、、、エリック様は私の婚約者なのだから馴れ馴れしくしないでと、、」


「それだけではない!教科書を破って捨てたり、足をわざとかけて池に落としたりしたではないか!」


エリック皇太子が反論する。


「そうなん?」


女性の問いかけにオフィーリアはコクンと縦に首を振る。


「何度言っても、エリック様の近くにいるから、、、腹立たしくて、、、困ればいいって、、、」


下を向いたオフィーリアの瞳からハラハラと涙が落ちた。


「そうか、、それは、アカンなぁ。嫌な事は嫌って言うてもええけどな、手ぇ出したらアカンわ。それはごめんなさいしなアカンで」


そう言うと女性はオフィーリアの背中を優しく撫で、そっとエミリア男爵令嬢の方へ押し出した。


「ごっ、ごめん、なさい、、。教科書破いて、、、わざと池に、、落ちる様に、、、して、、」


まるで幼子の様に泣いて謝る公爵令嬢に、皆胸を痛める。

幼い頃から全ての時間を犠牲にして国母として皇太子の隣に立つべく努力していたのを知っている人々は、皇太子の好意が自分以外に向けられ蔑ろにされる事への焦りがあったのだろうと理解出来た。


謝罪されたエミリア・ヨーキー男爵令嬢は小さく身をすくめ、その謝罪を受け入れる。


「お嬢ちゃんは?なんか言う事あるんちゃうの?」


今度はエミリアに女性が問いかける。


「言う事、、、?」


「あんた、こっちの別嬪さんの婚約者とデキとったんやろ?確かに男前やしな、惚れた腫れたはしゃーないわ。せやけどな、横取りはアカン。"私をアンタの女にしたいなら、相手とキッパリ手ぇ切ってからやで"って言わんと!安い女やと思われるで!」


せっかく可愛い顔やのに2番目さんなんて不憫やわぁ、と彼女はエミリアの頬を優しく撫でる。

今は亡き母の温もりの様に感じ、エミリアの目には涙が溜まってゆく。


「オフィーリア様、、、ごめんなさい」


エミリアは小さな声で、しかし、ハッキリとオフィーリアを見つめ謝罪の言葉を口にした。

その様子を満足気に見つめる女性。


両者が謝罪し合い、一件落着な空気が漂う中、納得のいかない皇太子が声高に叫ぶ。


「2番目とは失礼な!私はエミリアを1番愛している!オフィーリアなど、幼い頃勝手に決められた婚約だ!それを、、、」


「嫌やわアンタ!浮気しといてそんなん、よう言うわ!ちょっとシュッとした男前やからって、なんでも許されるもんちゃうで!」


そして冒頭のセリフである。

それまで穏やかに話していた女性の突然の大声に、皆ビクリと身体を揺らす。


「だいたい、アンタが一番アカンのちゃうの!こんな別嬪さんの婚約者囲っといて、別の可愛い子とヨロシクやるって?そりゃ婚約者の子が頭に血ぃのぼるのも仕方なしやろ!それをなんや、一方的に大勢の前で恥かかす様に、悪辣やらなんやら言いたい放題して、挙句に婚約破棄やって!あ・ん・た・が!最初に婚約者の子に、〝ごめんなさい、他に好きな人が出来ました。全部僕が悪いです、別れてください〝って!頭下げといたら全部済んだ話やないの!?」


今まで誰かに叱られた事のない皇太子である。中年女性の剣幕に圧倒され、言葉に詰まった。

そして誰もが(確かに、、、)と一連の流れでの皇太子の不誠実さを認識した。

いや、今までは心で思っても口に出せなかった思いであったのだ。それを、彼女は見事に言語化したのである。


不思議と、不敬だとか不愉快だとかは感じなかった。それはプライドが高く誰かに口答えなど許した事のなかった皇太子も同じであった。


「こう言う時、なんて言うか、、、わかるな?」


先ほどの剣幕が嘘のように、女性が優しく皇太子に聞く。


「オフィーリア、すまなかった。勉学も人望も、何もかも、君には敵わなくて、酷く焦って苛立って、そんな時に出会ったエミリアに癒され、心惹かれてしまった。彼女と親しくする前に、君に謝罪すべきだったのだ。婚約は、、、解消してくれないか?もちろん。私の有責で。」


あの皇太子が謝った!とオフィーリアは驚愕に目を見開き、聴衆もざわめく。

その様子を横目に、女性はアチャーといった様子で呆れた声を出す。


「おにーちゃん、今言うたやん。大勢の前で恥かかす様に言うのがアカンって、、、。」


人前で堂々と別れの理由言うん?顔は良くても中身は甘ちゃんやね、とため息をついてヤレヤレと首を振る。


「あっ!す、すまない、オフィーリア!決して羞恥を晒そうとした訳ではないのだ!君に、心からの謝罪をと!」


あわあわと慌てふためく皇太子に思わずといった様にオフィーリアは吹き出した。


「ふふっ!す、、すみません!いえ、いいのです。謝罪を受け入れます。もちろん、婚約の解消も」


その、愛らしい笑顔に、周りは見惚れる。社交の場で彼女か笑顔を見せるのは何年ぶりだろうか。多くの貴婦人は、そう思った。それほど、彼女は社交の場で気を張っていたのだろう。未来の国母に相応しくあるために。

肩の荷の降りた彼女は、また本来の自分として社交界で輝くのだろう。多くの紳士は、うら若い乙女の輝かしい未来を想像して目を細めた。


「エミリアちゃんやっけ?ホンマにいいん?こんな顔だけの頼りないおにーちゃんで。もっと良い男おるんちゃう?なんやったら、ウチの息子紹介したろか?顔はナマズみたいやけどな!」


ガハハ、と豪快に笑う女性。エミリアはにこやかに笑顔を返した。


「良いのです。頼りなくて、いい加減で、直ぐに拗ねる。そしてちょっぴりデリカシーの足りない。彼が、良いのです。」


とびきり顔の良い所も好きなんです。と可愛く笑顔を見せて、エミリアは皇太子の手を握った。

褒められたのか、貶されたのか、微妙な顔をしていた皇太子も、好きなんですと手を握られ、顔を赤らめ下を向く。


「はいはい。ごちそーさん」


中年女性が笑った。



「何の騒ぎだ」


静かな、しかし威厳のある声に、大衆は会場奥の扉に身体を向き直し、一斉に膝を折り頭を下げる。

皇帝の登場に、条件反射的に最敬礼の姿勢をしたのである。


「何の騒ぎだ」


もう一度、皇帝は声を上げた。視線は、皇太子に向いている。


「オフィーリアと、、、今後の事について少し話を。夜会の後、話し合いの場を、、、時間をいただきたく、父上。」


皇太子の言葉に、オフィーリアと、そして皇太子のそばに居るエミリアに視線を流した皇帝は


「よい。夜会後、時間を取ろう」


そうして皇帝の合図で、夜会は華やかに開催された。


(そうそう、デリケートな話は大勢の前ではしない事!おとーちゃんに、何事や聞かれて、婚約ナシにしたいですーこっちのかわい子ちゃんと結婚したいですー言うてたら張り倒してたわ!ちょっとはデリカシーを理解してきたんちゃうか)

ガハハ、と豪快に笑う声が聞こえた気がした。


あの女性の姿は煙の様に消えていたが、誰も気にした様子はなかった。






フゴッと自分のイビキで昼寝から目覚めたカヨコは、なんや変な夢見たなぁ、、と思いながら、夜ご飯の買い出しのため、よっこいしょ、と重い腰を上げた。

平成初期のテンプレート大阪おばちゃんをイメージ。

パンチパーマに豹柄の服。

上のシャツは豹柄飛び越えて、もはや豹が描かれている。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ