09. 大切な約束
とうとう9話目です、どうぞ!
しゅーと出会った結目祭の日から1年が経った。
その年の結目祭の開催日、日向は前日から高熱を出し寝込んでいた。勿論そんな状態で外出の許可が出る訳もなく母に看病され、両親の寝室にあるベッドの上で横たわっていた。
「去年は陸が熱出してたけど、今年はひーちゃんが熱出ちゃったわね」
「うぅ……行きた……かっ、た……」
悔しさと熱のせいもあり普段あまり泣かない日向の瞳から大粒の涙が溢れる。滅多に泣かない娘が泣き母は驚きながらも、優しく日向の頭を撫で慰めようとする。
「そんなに泣かなくっても来年もあるわよ」
「ら、いねんっ……だ、と……だめ、なのぉ……」
――――――しゅーちゃんと約束してたのに。なんでこんな日に熱出るの?
「なんで来年だとダメなの?」
日向は秘密にしていた去年の結目祭での出来事を話そうとしたが熱のせいで涙腺が緩んでおり、涙がぐっとこみ上げ声を詰まらせてしまう。それでも何とか言葉を紡ぎ、母にぽつりぽつりと話した。
「――――――成程ね。そのしゅーちゃんって子と約束してたのね?」
「う、ん……」
なんとか結目祭であった事を説明した日向に、母はふんわりと微笑みを浮かべ言葉を紡ぐ。
「たとえ今日その子と会えなくても、その子とひーちゃんが来年もその先もずっと同じ気持ちだったら、きっと逢えるわよ」
「ほん、っ……と?」
「本当よ。だからその約束の事、大切にしなきゃダメよ? 折角そんな素敵な約束をできる相手と出逢えたんだもの」
母は日向に言い聞かせる様に優しくそう告げた。
「あ、そうだ。ちょっと待っててね」
そう言って母は近くの引き出しを漁り、何かの箱を取り出し日向の元へ持ってくる。箱を開け出てきたのは、携帯用のアクセサリーが入る白い小物入れだった。蓋の表面には紫のライラックが描かれており、蓋の内側にはネックレスをかけられ、メインの収納スペースには間仕切りがあり大小の収納に分けられて、そのサイドには指輪を納められるスペースがあるタイプの物だった。
「これ、良かったらそのストラップを入れるのにどう?」
「わぁ……かわいい」
「買ったんだけど勿体無くって使えてなかったの。だからひーちゃんにあげるわ。とっても素敵な思い出のストラップだもの、宝物をしまうには宝箱もお洒落な方が良いでしょ?」
日向は目をキラキラと輝かせ、その小物入れを受け取り見つめる。子供の日向から見てもお洒落なケースと母の提案に心をときめかせる。
「ありがとう、お母さん!」
「ふふっ、どういたしまして」
――――――宝箱、大切な物だけここに入れよ。引き出しに隠しておかないと。
「今度そこにお宝いっぱい詰めましょうね」
「うん! にぃにぃ達にはナイショね?」
「ええ。今日の事は母さんと日向の2人だけの秘密よ? お兄ちゃん達には内緒にしないときっと嫉妬しちゃうし」
「ふふっ、そうかなぁ?」
「そうよ? あの子達ひーちゃんの事大好きっ子だもの」
クスクスと笑いながらきょうだい達には内緒にし、母と日向は2人だけの秘密の話にしようと話し合った。泣き止んだ日向はしゅーちゃんの話をしながらきょうだいが帰るまでの時間を過ごした。その頃にはすっかり宝箱のお陰もあり、気持ちを立て直していた。
――――――来年ならきっといるよね、ひーちゃん。
日向は信じていた。次の年こそ結目祭へ行ける事を。この優しい母と来年も語れる事を信じて疑わなかった。
だが悲しい未来が訪れる。
翌年、優しかった母は急な病で倒れ亡くなり、結城家の生活が一変した。
その頃残業や休日出勤等で家を空ける事が多かった父の代わりに、まだ高校生だった長男・虹が家事やきょうだいの面倒を見る様になった。中学校に上がったばかりだった次男・嵐も長男のサポートに回って、積極的に家の事を手伝っていた。
母が亡くなってからの生活はまるで家の中から明るさが消えてしまったかの様で、小学生の日向から見てもギリギリ今まで通りの日常を回そうとしているのが分かる程だった。日向自身も父や兄達に迷惑をかけない様に日常を過ごし、一番年下でもある弟の事をずっと気にかけていた。約束どころではなくなっていた。
葬儀の際、きょうだいを祖父母や親戚が引き取る話もあったが、父ときょうだい全員が離れるのを拒んだ為、訪れた自分達が望んだ新しい日常である。落ち込んでいる暇はなく、全員が新しい日常に慣れていくしかない。
母が居なくなった事、それによって暗くなってしまった結城家がとても悲しくて、日向も日中は笑顔になれず毎日夜は布団の中で1人泣いていた。心にどこかぽっかりと穴が開いてしまった様な感覚が常に付き纏っていた。
だが、亡くなって一週間程経ったその夜、日向は母のある言葉を思い出す。
『ひーちゃんのお名前はね、太陽のように皆を優しく照らす様な明るい子になってほしくって付けたのよ』
それは昔自分の名前の由来を聞いた時、母が穏やかな顔で話していた事だった。当時は何気なくきょうだいの名前の由来を聞いただけだったが、1人1人になんて名前を付けようかと毎回凄く悩んだのだと語る母は、どこか誇らしげで愛おしそうだったのを日向は覚えている。
今の日向を見たら自分の知る母はどう思うのだろうかと、暗闇の中1人考える。きっと今の日向だけではなく、他のきょうだいや父を見ても悲しむに違いない。
――――――泣いてばかりじゃ怒られちゃう……よね。うん、きっとこんなんじゃ心配されちゃう。みんなを笑顔にする為にはまず自分が笑ってないとダメだよね。お母さんみたいに優しくって、みんなを笑顔に出来る様にならないと。
日向は心の中で、母の様な優しく周りをぽかぽかした気持ちにさせる様な存在になろうと誓う。
翌日、日向は家族に笑顔で話しかけた。その姿に家族は驚き、そして自分達が常に暗い表情で笑っていない事を知った。その日から結城家の本当の新しい日常が始まった。
互いを大切に想い、協力し合い、笑顔の溢れる生活。その為に努力しなければならない事や、我慢しなければならない事は増えたが、それを補える程に幸せに満ちた生活を送れるようになった。
日向は大切な家族との日常を守る為に、あの日の思い出を心の奥にそっと秘めた。幼い無力な少女が大切な家族との日常を守り、父や自分と同様に家族の為に頑張っているきょうだいに心配をかけない為にはそれしかなかったのだ。
――――――ごめんね、しゅーちゃん。
結局日向はしゅーと出会った結目祭以降、翌年から現在に至るまで結目祭を訪れることはなかった。ただその日の晩だけはしゅーを思い出し、自分の部屋でこっそり【青い耳の兎と指輪のストラップ】を見つめ、心の中で謝罪をする。
――――――今年も行けそうにないや。でももう9年だもん、流石に待ってないよね……また……会いたかったな…………。
そっと手に持っていた【青い耳の兎と指輪のストラップ】を叶わぬであろう願いと一緒に小物入れへしまう。しゅーとの思い出と、日向がしゅーに抱く特別な感情と共に。
そしてきょうだいに何も相談しないまま、日向は結目祭当日の日を迎えた。
◇
授業が終わり、帰路に就く。
恵は別の友人と帰り、透は顧問に呼ばれ居残り、柊亮は珍しくHR終了と同時に走って帰っていった為、久しぶりに日向は1人で通学路を歩いていた。
――――――最近誰かと一緒に帰るのが当たり前だったから、なんか久しぶりかも。こういうの。
日向は高校1年生だった頃を思い出す。当時は弟の陸が小学生だった事、次男の嵐が大学2年生で講義とバイトで今よりも多忙だった為、家に早く帰ろうと思い、誰かと寄り道をして帰ることもなく基本1人でそそくさと帰っていた。2年生になり家族内で余裕が出来た事や、事情を知ってても気軽に誘ってくれる友人が出来たお陰で、最近は誰かと共に帰ったり寄り道をする事が出来る様になったのである。
物思いに更けながら歩いていると、正面に見知った後ろ姿が目に入る。
「あ、陸~!」
「ひー姉、今帰り?」
「うん、陸ももう終わったんだね。一緒に帰ろ?」
同じく帰路に就く弟を見つけた日向は嬉しそうに駆け寄る。2人は今日の学校での出来事を話し合いながら歩く。
あっという間に家に着いた2人は着替えをし、今度は晩御飯の買い出しに行く事にした。日向はお気に入りの白いTシャツの上に青いキャミソールワンピースを着る。
「お待たせ、行こ~」
「うん」
自室から居間へ行くと、既にTシャツにジーンズ姿になった陸が待っていた。エコバックと食料品や日用品代の入った財布を日向愛用のショルダーバッグに入れ、2人は買い出しへと向かった。
行き慣れた近所のスーパーへとやってきた2人は、今日の晩御飯は何にするかと相談しあう。
「今日何食べたい?」
「うーん、なんだろ。今日晩は2人だしひー姉の食べたい物で良いと思うけど」
「だからこそ陸に聞いてるの。お姉ちゃんがご馳走を作ってあげようかなって」
「なら肉じゃがとか?」
「お、いいね。じゃあお肉と野菜買おっか」
肉や魚、野菜売り場、日用品売り場等を巡り、3日分程の食材をカゴに収めていく。カートを押しながら商品を求め歩いていると、近所の買い物に来た主婦達の会話が聞こえてきた。
『今年も結目祭の時期になったわね』
『本当ねえ、おたくは行かれるの?』
『ええ、うちの子達毎年楽しみにしているから連れて行かないと煩くって』
『うちもよ。娘なんて友達と行くから浴衣着付けてくれって毎年言い出すのよね~』
結目祭の話をする主婦達に、日向は思わずその場で会話をぼーっと聞き入る。行けないと心の中で諦めていても、どうしても結目祭の話を耳にしてしまうと気になってしまっていた。その様子を隣で見ていた陸は姉にボソッと問いかける。
「……行きたいの? 結目祭」
「え? あ、うーん。いや、そんな事は……」
「嘘だね。ひー姉、なんか羨ましそうな顔してた」
弟に図星を付かれた日向は必死にその場を誤魔化そうとする。
「うっ、行きたいなーとは思ったけど、ほら今年は虹兄も嵐兄も夜いないし、陸人混み苦手でしょ? 来年みんなの予定があったらでも行きたいなって思っただけだよ。ほら、レジ行くよ~」
早口で言い訳を述べ、逃げる様にレジへ向かった。その後も何か言いたげな陸の会話を遮る様に、日向は別の話題を振った。買い物を終え家に着き冷蔵庫に買った食品をしまっていると、陸が日向にある提案をした。
「ねえ。何を隠してるのかは聞かないけど、そんなに行きたいなら結目祭行って来たら?」
「え? いや、でも……」
「俺、もう中学生だし夜1、2時間1人で留守番してるくらいは出来るよ。嵐兄今日帰り遅いって言ってたし、虹兄も出張でいないから、その位こっそりひー姉が出掛けててもバレないし怒られないよ」
「確かにそうかもだけれど……」
「ご飯も普段虹兄やひー姉に教わってるから作れるし。洗濯もしておくよ。それとも俺なんかを1人で家に置いておくの心配?」
「そんな事ない!」
鋭い目付きの為か友人も出来ず、自分を卑下しやすい弟の言葉を日向は全力で否定する。そうではない事を、家族の中でも一番一緒に過ごす事の多い日向が誰よりも知っている。
「陸の事、信頼してるよ。いつも」
「ならたまには弟に甘えたら? 姉さん」
「うー……ん、そこまで言われたら…………うん。ちょっとだけ留守番お願いしてもいい?」
「勿論。というか外の方が危ないんだから、何かあったらすぐ連絡してよね」
「わかった。ありがとう、陸」
約束と指切りを交わし、日向は軽く身支度を整えに2階の自室へと向かった。キッチンに残された陸は、溜息をつきぼそりと呟く。
「全く、ここまで言わないと自分に素直になれない困った姉なんだから。……でも今年は行けて良かったね、ひー姉」
姉が毎年結目祭に行きたそうにしていたのを知っていた陸は、ひっそりと1人口元を緩めていた。
自室に戻った日向は姿見をじっと見つめ、身だしなみをチェックしていた。どんな格好で行こうか、髪型はどうするか。改めて行けると分かるとどんな格好をすれば良いのか悩んで決まらない。
――――――うん、やっぱりこのままで行こ。見た目はあの頃から大分変わっちゃったけど、このワンピースならあの時の甚平の色っぽいよね。
色々と悩んでいたが最終的には髪はいつも通り下ろしたまま、服はどことなく9年前の甚平と同じ色味の青いキャミソールワンピースのまま行く事にした。先程使っていたショルダーバッグに財布とスマートフォン、ティッシュとハンカチを入れる。
最後に、蓋の表面に紫のライラックの描かれた白い小物入れから【青い耳の兎と指輪のストラップ】をそっと取り出し、ショルダーバックへと大切にしまって結目祭が行われている結目神社へと向かった。
――――――会えないかもしれないし、会えても私だって分かってもらえないかもしれない。だけど、やっとあの場所に行ける。会えるかな。
◇
日向は約束の場所へと向かう。
どんなにあの日の自分に似せようとしても、あの日とは違って髪も長く女の子らしい格好だ。会えたとしても変わってしまった姿に気付いてもらえないかもしてないし、騙されたと怒られるかもしれない。
それでも行ってくればと背中を押してくれた弟と、行けたら行ってみようと思わせてくれた親友、そして"約束"を思い出し考えるきっかけをくれた柊亮に感謝しながら、日向は結目神社に隣接する鈴塚森林公園を歩く。
――――――夜の公園に1人。本当にあの日みたいだ。
9年振りの夜の鈴塚森林公園は以前より木々が生い茂り、街灯は少し古びており時の流れを感じさせた。あの頃よりも歩幅も変わり、約束の場所への道のりは近く感じる。
時の流れを感じる程、叶わないのではないかと不安になり足取りが重くなる。それでも日向は前を向き、ただあの約束を叶える為に歩みを進める。
――――――もう一度しゅーちゃんと逢えます様に。
ショルダーバッグの上から中にしまってある【青い耳の兎と指輪のストラップ】の位置に手を添え、心の中で祈りながら、日向は9年前の約束の場所へと向かった。
9話は日向の過去編から、現在の結目祭の日の話でした。
意外にも日向を送り出したのは一番下の弟・陸でしたね。
短編な為あまり書く事は出来ませんでしたが、陸も立派なブラコンでありシスコンです。
人付き合いが苦手で目つきが悪い為、友人いないぼっち系の子でもあります。
姉大好きっ子だからこそ、日向の様子を気にかけていたのかもしれませんね。
それと知らべていて知ったのですが、ライラックといえば北海道が有名らしいですね。
良ければ、今回登場した『紫のライラックの花言葉』を調べてみてください。
次回はついに最終回!
どんな結末を迎えるのか……お楽しみに!