07. 秘密の思い出と約束 上
7話目です、どうぞ!
これは日向にとって9年前の出来事。
あの日は結城家から近所の神社である結目神社の結目祭で、母ときょうだいの5人で行く予定だった。だが当日に一番下の弟・陸が熱を出し、母と陸は家で留守番をする事になった。
「いい? 遅くても花火が終わったら帰ってくるのよ?」
「うん」
「嵐と日向はお兄ちゃんから離れないで言う事聞くのよ? 特に嵐は絶対お兄ちゃんから離れないように」
「「はーい」」
「虹、2人の事ちゃんと見てあげててね。これお小遣いとご飯代だから、皆で仲良く使ってね。後、不審者には気を付けて」
「分かってるよ、母さん」
当初は陸の発熱により家族全員が行かない予定だったが、お祭りを一ヶ月前から楽しみにしていた次男・嵐が駄々をこね暴れだしたのが事の発端だった。
なんとか宥めようとするも約束だったのにと文句を言い、行けないなら1人で行くと言い出す始末。流石に夜に小学5年生の子供を1人で祭りへは心配で行かせられないし、行くのなら他のきょうだいも行かせなければ不平等になる。
結局、結目祭が開催されている結目神社が近所である事や、普段その神社に隣接する鈴塚森林公園で子供達だけで遊びに行く事がある事。ほぼ毎年家族でこの結目祭へ参加している事や、中学3年生になった長男がしっかり者だったこと等もあり、母は仕方ないと子供達3人だけで行く事を許可をした。
「何かあったらすぐに連絡してね?」
「うん、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。2人の面倒見るの慣れてるし」
「しっかり者の息子とはいえ、母は心配なのよ」
日頃からしっかり者で頼りがいのある長男とはいえ、虹は中学3年生であり母親からすればまだまだ子供で庇護の対象である。
「大丈夫だって、母さん。俺が兄ちゃんのこと見張ってるからよう!」
「嵐、貴方が一番心配なんだけど?」
「大丈夫、嵐兄のことは虹兄とちゃんと見ておくよ」
「日向は良い子ね。何かあったらすぐお兄ちゃん達に言うのよ?」
頬を撫でる優しい手に日向はふにゃりと笑い頷く。
「結局日向はその格好で行くの? 可愛い浴衣も用意してあるけれど」
「うん、これがいいの。にぃにぃ達とおそろいがいい」
他のきょうだいとお揃いである事が嬉しいと語る日向の格好は、男物の藍色に濃淡の細い縞模様入った甚平であり、肩までしかない短い髪を一つに結び正面から見れば顔立ちも中性的だった為、少年のような見た目をしていた。虹は黒地に白縞の甚平で嵐は紺地に白縞の甚平と、今日はきょうだい3人共甚平姿であり、ぱっと見ただけだと男兄弟に見える。
「今度、陸ともおそろいで着たいな」
陸が生まれるまでは末っ子だった日向だが、弟の陸が生まれた事によってお姉ちゃん意識が高まっていた。但し、姉としての意識というよりは上の兄2人を参考にしている為か、恰好や行動が兄達に似てきており、よく兄達のおさがりを着たいと言う様な男の子っぽさのある少女であった。そんな日向を見て母は微笑みながら頭を撫でる。
「今度陸も連れて、盆祭りにでも行きましょうね。さ、いってらっしゃい。3人共気を付けてね」
こうして母に玄関で見送られ、3人は結目祭へと向かった。
◇
日頃、鈴塚森林公園や結目神社に遊び来る結城家のきょうだい達も、お祭りの日というのは特別なものだった。普段は無い様々な商品を売る屋台、煌びやかな装飾、祭りを楽しむ浴衣姿の人々、何処からか聞こえる祭りならではの音や賑々しい雰囲気。
見慣れた場所の筈なのに視界がカラフルに染まり、別の世界にでも迷い込んでしまった様な気さえするそんな空間に、心が躍らない者はいないだろう。
日向はその光景に目を輝かせ、嵐は家を出た時よりもハイテンションになる。日頃落ち着いた雰囲気の長男ですらその空気感に呑まれ、日頃よりややテンションが高い。
「流石に人がいっぱいだな。嵐もひーちゃんもはぐれない様に、ちゃんと付いてきてね」
「わかってるって、兄ちゃん」
「ひーちゃんは手繋ごっか」
「うん!」
虹は日向と手を繋ぎ、その前を嵐が歩く。様々な屋台が立ち並ぶ通りを歩き、まずは何が食べたいかと話をする。遊ぶのはその後である。
「ひーちゃん、何食べたい?」
「うーん、やきそばとポテト食べたい」
「兄ちゃん、おれ焼きそば。あ、フランクフルトも食いたい」
「じゃあ先に食べ物買おう。とりあえず焼きそばから」
「となりの屋台、ポテトとフランクフルト売ってるからおれ買ってくる。兄ちゃんお金頂戴」
「なら任せた。買い終わったらすぐ合流する様に」
「おう!」
焼きそばの屋台とフランクフルトとポテトの売っている屋台を見つけ、焼きそばには虹と日向の2人が並び、フランクフルトとポテトの屋台には嵐が並ぶ。列が混んでいなかった嵐が先に会計をし、買ったフランクフルト2本とLサイズのポテトを一袋持って、虹達の元へと戻ってきた。
「3人分買ってきた」
「ありがとう、嵐」
虹達は行列を並んだ末、焼きそばとドリンクを買い、屋台の後ろ側に設置された簡易飲食スペースの椅子に座る。テーブルに先程買ってきた食べ物を広げ、3人で分け合って食べる。
「ひーちゃん、フランクフルト少しいる?」
「うん!」
「焼きそばもポテトもうんめぇ」
「嵐、しっかり噛んで食べなよー」
下の弟と妹の面倒を見る虹の姿は、兄というよりは母親の様で日向はクスッと笑う。
「虹にぃ、お母さんみたい」
「え!? うーん、俺まだ子持ちにはなりたくないなぁ」
「兄ちゃん、チョコバナナも食べたい!」
「はいよ、ちょっとここで待ってて。すぐそこでチョコバナナ買ってくるから」
虹はチョコバナナを買いにその場を離れる。残った嵐と日向はポテトを摘まみながら、長男の帰りを待つ。
「本当にこう見てるとひなは弟にしか見えねえな」
「ほんと?」
「この間母さんが見せてくれた兄ちゃんの小さい頃そっくりだぜ」
嵐はポテトをもぐもぐとリスの様に食べる日向を見て、ふと最近見た長男・虹の幼い頃の写真を思い出す。きょうだい4人の顔立ちは虹と日向が母親似で、嵐と陸が父親似である。その為、男子の様な恰好をしている今の日向は、小さい版の虹の様に見えると嵐は思った。
「男の子の方がよかった?」
「んな訳ないだろ、ひなはそのままで良いって」
「俺もひーちゃんは女の子で良かったと思うよ。妹ほしかったし、ひーちゃん可愛いし」
「あ、虹兄。おかえり」
「ただいま。はいこれ、チョコバナナね」
両手にチョコバナナの入ったカップを2つ手に持った虹が戻ってきた。1本売りの物もあるが、食い意地の張った弟と幼い妹と分け合って食べる為に、虹は既に切れているカップ売りの物を選んでいた。カットされチョコのかかったバナナをつまようじで刺し3人で食べる。
「これ食べたら、周りながら何かやったりしようか」
「いく」
「おれ、クジやりたい」
お腹を満たした3人は次の屋台を探し歩き始める。最初に訪れたのはヨーヨー釣りの店であった。
「競争しね?」
「嵐、競争はしなくても良いんじゃないの?」
「やる」
「ひーちゃん!?」
勝負好きな嵐が兄と妹に勝負をしようと提案し、意外にも乗り気なのは日向であった。日向に虹兄もやろうと言われてしまえば、妹大好きな長男は断れない。1回300円を3人分の料金を支払い、対決することになった。
「じゃあ、取れた人の勝ちでいいのかい?」
「うん、私は何でもいいよ」
「スタートの合図したら勝負な!」
嵐の掛け声に合わせ、一斉にスタートする。やる気満々だった嵐が最初に声を上げた。
「くっそおぉぉ! 切れた!」
「嵐、他のお客様に迷惑だから静かにねー」
「……取れた」
「「え?」」
虹と嵐は日向の方を見る。そこにはこよりにしっかりとヨーヨーを釣り上げた日向の姿があった。
「そこの坊ちゃん、上手いな! ほら、取れたぞ。まだこよりも切れてないしもっと取っていいぞ!」
「うん、ありがと。おじさん」
真剣な眼差しでこよりを水に浸けない様にそっと次の目標に近付け、すっとこよりを輪っかに引っ掛け持ち上げる。日向は2個目のヨーヨーを簡単に釣り上げた。
「すんげぇ……」
「ん、これ嵐兄の」
日向は取った赤色のヨーヨーを差し出す。その色は最初に嵐が狙って釣ろうとしていた色のヨーヨーで、嵐は喜んで受け取り日向に抱き着く。
「サンキュー! マジうちのひなは最高だな!」
「あ、俺も釣れた」
「え、兄ちゃんずりぃ!!」
その後虹と日向のこよりはふやけて千切れてしまい、成果としては虹が1個、日向が2個釣り上げた為3人分となった。虹は黄緑色、嵐は赤色、日向は水色のヨーヨーを持って、次の屋台へと向かう。
様々な屋台を歩きながら見比べ、お面屋で嵐がキャラクター物のお面を買い、射的で虹が玩具を手に入れ、輪投げで日向はお菓子を手に入れる。手荷物がいっぱいになってきた為、虹は背負ってきたリュックに景品をしまう。
「さて、一通り見たしいつものあそこ行こっか」
「いくいく」
「行こうぜ、兄ちゃん」
3人はある屋台へと向かう。屋台が立ち並ぶ表参道を進み、少し離れた神社の本殿がある方へと歩いていく。鳥居を抜けたその先には例年こっそりと運営されている結目神社の授与所があった。
結目神社では毎年この結目祭限定の授与品をこっそり通常の授与品に紛れさせ授与所で並べている。訪れた者たちが屋台に夢中になる為か、結目祭の日に授与所に立ち寄る人が少ない為か、知る人ぞ知る限定品である。結城家では訪れた際には必ず寄る場所だ。3人は手水舎で清めてから拝殿で参拝し、授与所へ向かう。
「ひな、今年の【結目うさぎ】あったぞ」
「ほしい」
「ひーちゃんはいつもこれ選ぶよね」
並ぶ授与品の中から、日向が集めている【結目うさぎ】の限定品を見つける。結城家では母親と日向がこの【結目うさぎ】を気に入っており、訪れた際は必ず授かり集めている。
「ひーちゃんはいつものこの2匹いる方のだよね?」
「うん、お母さんのはこっちの1匹のやつ。陸にはスズの付いたうさぎさんのやつどうかな?」
「おーいいじゃん、おれもお土産それでいいと思う」
「じゃあ、俺はお守りにしようかな」
「俺は勾玉のやつにするわ」
それぞれが選んだ授与品を巫女に伝え、代金を納め授かる。日向が自分用に選んだのは、結目祭限定品で毎年対の兎の耳色が異なる【結目うさぎ】のストラップが2つ入ったものだ。母と陸と自分の分を虹はリュックにしまい、嵐と日向は自分の甚平のポケットへとしまう。
「んじゃ、かき氷とかリンゴあめ買いに行こうぜ」
「かき氷食べたいね」
「行こうか」
授与品を授かった3人は、更なる甘味を求めて屋台が立ち並ぶ表参道へと戻る。かき氷を3人分買い、近くの木陰で立って食べる。じんわりと汗が滲む季節に甘いシロップのかかったひんやりとしたかき氷は身に染みる。食後休憩していると急激に冷えた物を食べたせいか、嵐が尿意を催す。
「兄ちゃん、トイレ行きてえ。トイレどこだっけ」
「あっちだよ。でも俺も行っておきたいな、ひーちゃんは?」
「大丈夫。にぃにぃ達トイレ行ってきていいよ。1人でここら辺見ててもいい?」
「あんまり遠くに行かないならいいよ。俺たちが遅くても花火終わる頃に、帰り道の鳥居の前まで来れる?」
「うん、いつもの所だよね。行けるよ」
結城家から結目神社へ向かう場合、神社に隣接する鈴塚森林公園側にある鳥居を経由することになる。そこは結城家にとって何かあった際や待ち合わせの際に利用している場所でもあった。
「じゃあ約束。怪しい人には付いて行ったり、物貰ったりしないでね」
「うん、付いて行かないし貰ったりしないよ」
虹と約束を交わし兄2人を見送った日向は、1人お祭り探索という名の旅に出る。きょうだいの多い日向にとってこういった特別な空間を1人で歩く等、滅多に機会がない。期待に胸が躍る。
――――――さあ、どこから楽しもうかな。
7話は過去編、9年前の結目祭の日向パートでした。
高校生では女の子らしさのある日向ですが、幼い頃は少年みたいな様子で可愛らしいですね。
脳内で可愛い美少年(?)を想像して頂ければと思います。
次回ついにしゅーちゃんが登場します、8話目をお楽しみに!
8話目は5/10に掲載予定なので、是非続きを読みにきてください。