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06. 日向の悩み事

6話目です。どうぞ!

 日向は自宅のドアを開け、玄関で靴を脱ぐ。

 玄関まで美味しそうなスパイスの効いたカレーの匂いが漂っており、制服姿のまま日向は居間へ続く扉を開け、その匂いの元へ向かった。


「ただいま~」

「おう、おっせぇぞ。ひな」

「ひー姉、おかえり」


 日向の帰りを出迎えたのは次男・嵐と三男・陸であった。


「そんな事言うなら、嵐兄の分はデザート無しかなぁ。折角コンビニの新作の苺のシュークリーム買って来たんだけどな~」

「そういう事なら早く言え。よく買ってきた、妹よ。さっさと着替えてこい、飯にするぞ」

「ふふっ、はーい」


 結城家の中ではいつものやり取りであり、きょうだいの機嫌の取り方も和解の仕方も、彼らの中では確立されている。嵐と日向のこういったやり取りもいつもの流れである。


 日向はそそくさと2階の自分の部屋へと行き、制服を脱ぎ楽な私服へと着替える。いつも学校終わりの平日にタンスの引き出しから選ばれる服はカジュアルな膝丈のワンピースに黒のレギンスの合わせか、ジーンズにTシャツの合わせである。今日は紺色の半袖膝丈ワンピースに黒のレギンス合わせを選び、ささっと着替える。脱いだ制服をハンガーにかけ、下の階へと降りていく。


 居間に戻り、日向は周りを見渡す。テーブルの準備をする陸と、盛り付けをしている嵐しかいないことに気付き、近くに居た陸に尋ねた。


「あれ、虹兄(こうにい)は?」

「今日も残業だってさ。さっき連絡来たって嵐兄が言ってた」

「そっか、大変そうだね」


 きょうだいの中で唯一社会人の長男・虹は最近仕事が忙しく、残業が続いている。社会人3年目へ突入した虹は後輩育成にも関わるようになった様で、年度初めから常に忙しそうにしていた。


「ほら、皿持ってけ」

「はーい」


 3人分の盛り付けられたカレーとサラダ、サラダ用の取り皿にカトラリー、飲み物を食卓テーブルへと運び席に着く。


「「「いただきます」」」


 手を合わせいただきますと挨拶をし、夕食の時間が始まる。

 結城家は晩御飯の時間に報告が必要な事を優先して話し、その後今日会った出来事や学校であった事等を話しながらご飯を食べるのが日課であった。


「今日報告あるやついるか? 陸、どうだ?」

「あ、今日貰ったプリント、保護者の判いる」

「なら飯の後見るから持ってこい。兄貴に渡しとくわ」


 現在結城家には親が居ない。正しくは母は他界しており、父は海外で単身赴任をしている。その為、現在結城家の保護者を務めているのは長男で社会人の虹である。虹が不在の場合や多忙時は成人している次男の嵐が代理の保護者を務めることもあるが、基本書類や面談関係担当は虹であった。


「後、今度陸上大会だって」

「ならゼッケンは私が縫うよ」

「俺は来週バイト多忙、再来週はゼミで多忙そうだわ。再来週以降のシフトとか後で相談してぇな。何も無い日は家事するけど、暫く飯とか家の事基本頼んでいいか?」

「分かったよ~。後でシフト、カレンダーに書いといてね」

「ひなはなんかあるか?」

「特にはないよ」


 居間には大きなカレンダーが掛けてあり、そこには4人分の予定が書きこまれている。最初から予定がある日や、行事がある日等を互いに把握する為に設置されており、互いの都合を調整したり話し合う。母が亡くなってからは虹か嵐のどちらかは夜に家に居る様に調整していた予定表だったが、昨年から日向が高校生に上がった事で現在では最低でも3人の内誰かが家で陸と過ごすように取り決めがされている。


 食後、嵐は新たにカレンダーに今後の予定を書き足す。


「……あ、その日いないの?」

「この日は居ないな。ゼミも行かなきゃなんねぇし、バイト足りねえから絶対出てくれって言われてんだよ」

「そうなんだ」

「確かこの辺り兄貴も2、3日出張があるとか言ってたな」


 カレンダーを見た日向は内心がっかりする。その日は結目神社(むすびめじんじゃ)結目祭(むすびめまつり)が開催されている日だ。


 ――――――今年も駄目そうかな……。


「だからこの辺りひなに家の事を頼みたいって言ってた気がするが。なんかあったか?」

「ううん、何でもないよ。あ、お風呂入るよね、浴槽洗ってくるね」

「おう、任せた」


 すぐに平静を装い笑顔を浮かべ誤魔化す。流石に自分がお祭りに行きたいが為に、この多忙な次男に家に居てくれとは日向は言えない。それに弟を1人で留守番させるのも、昔の約束に付き合わせるのも忍びなくて日向には出来ない。



 ――――――中々思い通りにはいかないね、人生って。


 そんな事を思いながら、日向は浴槽を洗う。悲観しているわけでもなく、ただ素朴な感想として思うこの言葉を洗い流すかの様に、泡まみれの浴槽をシャワーで流す。


 ――――――さて、物思いに更けるのは後にして、今は家事をしますか。


 日向は一度短く息を吐きだしてから気持ちを切り替え、湯船にお湯を張り家の事をこなす事に集中する。お風呂を沸かし始め、お風呂場から廊下へ出ると丁度帰ってきた長男・虹と出会う。


「あ、おかえり虹兄」

「ひー、ただいま。この匂いってカレー?」

「うん、今日は嵐兄のカレーだよ」


 虹におかえりを告げ、2人で居間へ向かう。


「おう、おかえり」

「おかえり、虹兄」

「2人ともただいま、ちょっと着替えてくるよ」


 虹が手を洗い着替えに行っている間に、嵐が温め直したカレーと事前に取り分けておいたサラダを食卓テーブルへ置く。着替えてきた虹は早速カレーを食べ始める。


「いただきます」

「飯食ったらひなが買ってきたデザートあるってよ」

「後で一緒に食べよ」


 虹の食後に合わせ、日向が帰り道買ってきた苺のシュークリームを冷蔵庫から出し4人で食べる。


 きょうだい仲も良く、似ているところも多いと言われる結城家のきょうだいだが、食べ物が美味しい時の反応は全く違う。虹は一口ずつ大切そうに食べ、嵐は美味いと言いながら大口を開けて食べ、日向は普段よりニコニコしながら食べ、陸は無言で頬張るタイプだ。


「うんめぇ」

「これ美味しいね、何処の?」

「近くのコンビニで買ってきたよ」

「そういえば、ひー、今日は芽衣ちゃんと出かけてたんだろ? 楽しかった?」

「うん、楽しかったよ。今度宿泊学習があるんだってさ」

「そうなんだ、芽衣ちゃんも大変そうだね」


 いつもきょうだいの日常を一番気にかけてくれているのは、虹である。こうやって忙しかろうときょうだいの予定を把握し、その話題を気にかけて振ってくれる長男の優しい所を日向は尊敬している。


「家の事率先してしてくれているのはありがたいけれど、ひーはもう少し遊んできても良いんだからね? 言ってくれれば俺や嵐が調整するし」

「そうだぞ、このお兄様が家の事くらいやるからな」

「あははっ、心配し過ぎだよ。お兄ちゃん達」


 わしゃわしゃと大きな手のひらで頭を撫でてくる嵐に、日向は笑いながらそう答えた。


 決して日向は無理をしている訳ではない。大好きな家族に献身的なだけである。ただその献身が行き過ぎて自分のしたい事を言えなくなっている事に当の本人は気付いておらず、上の兄2人は心配していた。


「まあ、なんかあったらすぐ言えよ」

「そうそう。俺らは家族なんだから」

「俺もひー姉みたいには出来ないけど手伝うよ」

「陸もありがと」


 きょうだい達のの言葉に日向の胸の内はポカポカと温かくなる。


 ――――――やっぱりうちの家族大好きだなぁ。


 デザートタイムと雑談が一区切りしたタイミングで、順番にお風呂に入る。日向はその日お風呂に入り寝る支度をすると、家族におやすみを告げすぐ自分の部屋へ向かった。







 日向の部屋は年頃の女の子の部屋にしてはシンプルなものだ。カーテンやベッド周りの色を明るい暖色系にしている以外は、木製で出来た家具が多い。


 ――――――あった。


 木製の引き出しから、表面に紫のライラックが描かれた白い小物入れを手に取る。母に貰ったこの小物入れには、日向にとって大切な"思い出の品"が入っている。そっと小物入れを開け、目的の物を取り出す。


 日向が小物入れから取り出したのは【青い耳の兎と指輪のストラップ】であった。


 この兎は対になるもので、本来は【青い耳の兎のストラップ】と【赤い耳の兎のストラップ】の両方を持っていた。だが日向は"しゅーちゃん"に対の兎である【赤い耳の兎のストラップ】を渡した為、現在は【青い耳の兎のストラップ】しか持っていない。


 その代わりにと貰ったのがこの青い王冠のモチーフが付いている【玩具の指輪】であり、後から日向が自分で金具を足し【青い耳の兎のストラップ】に取り付け、ストラップの一部にした。


 日向はベッドに腰かけ【青い耳の兎と指輪のストラップ】を持ち、じっと眺める。


 ――――――今考えるともしかして"男の子"だと思われてたのかな?


 可愛い女の子の"しゅーちゃん"には赤が似合いそうな気がして、日向はあの日赤い方の兎のストラップを渡した。当時の日向は赤より青の方が好きだったのもあるが、自分の当時の恰好を思い出すと"男"にしか見えなかっただろうなと日向は振り返る。


 ――――――あの頃、お兄ちゃん達の真似するの大好きだったもんなぁ、私。


 当時の自分を振り返り、日向はクスッと笑う。

 小学2年生だった日向は自分の下に出来た弟にお姉ちゃんらしい事をしたい盛りで、自分に優しくしてくれる兄2人に憧れており、真似ばかりしていた。一緒に遊びたくてスカートよりジーンズを穿きたがり、可愛いよりカッコいいが羨ましい。そんな気持ちがあって、よく母に兄達とお揃いが良いと言っていた。


 ――――――だからあの日も虹兄のおさがりの甚平着てたんだよね。


 母にお願いし着せてもらった長男のおさがりに、当時の日向は凄く喜んでいた。喜ぶ日向を見て母はよく笑っていたなと思い出す。


『ひーちゃんは本当にお兄ちゃん達が好きなのね』


 そう言って笑う母に『うん、お兄ちゃんたち大好き』と言って答えていたが、今でもそう返せる自信があるなと思うのだから、自分は中々にブラコンなのだろうと日向は思う。


 ――――――いや、私だけじゃないか。虹兄も嵐兄も陸も、皆きょうだいブラコンでシスコンか。


 きょうだい達も十分、他のきょうだいに甘い事を日向は知っている。それこそ今日結目祭に行きたいと言っていたら、嵐はどうにかして行かせてくれようとしたであろう自信はある。虹も出張さえなければ快く送り出してくれただろう。


 ――――――でもなぁ、もう相手が待ってるかも分からない"9年も前の約束"を果たしたくてお祭りに行きたいとは流石に言いづらい。


 約束をしてから9年もの月日が経ってしまったのには、訳があるとはいえ約束を守れなかった日向には罪悪感があった。仮に待っていてくれたとしてもうあの約束をした日から9年も経っており、相手の心も面影も変わってしまっているだろう。


 そしてあまりにも年月が経ち昔の約束になってしまった為、相手が待っている可能性がほぼ無い事を知っている位には、日向の心は子供から大人へと成長していた。


 

 ――――――あの日の事、結局きょうだいの誰にも言ってないんだっけ。唯一家族の中で知っていたお母さんも死んじゃったし。



 日向は9年前の結目祭(むすびめまつり)を思い出す。他のきょうだいや父には話していない、親友の芽衣と母にだけこっそり話した本当のあの日の出来事を。

6話は日向の家族の話でした。


この4きょうだい、全員作者のお気に入りの子達です。

家庭的な長男も、口が悪い次男も、優しい日向も、大人しめな陸も、きょうだい愛に溢れた家族です。

4人の仲はたまに喧嘩してもわりとすぐ和解して、基本仲が良いタイプだと思います。


次回は結城家側の9年前の結目祭のお話です。日向編がまだ続きます、7話目をお楽しみに!


7話目は5/8に掲載予定なので、是非続きを読みにきてください。

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