04. 偽りと出逢いの結目祭 下
4話目です、どうぞ!
段々街灯が少なくなり、木々により空も塞がれ人が誰も歩いていない道は、先程歩いていた道よりもはっきりと夜の暗さを感じさせる。楽しかった気持ちは何処かへ消え、柊亮の心に不安が押し寄せてくる。
――――――暗い……ここどこなんだろう…………。
「いたっ!」
足元の段差に引っ掛かり、その場で派手に転ぶ。透と恵を探しても見つけられず、見知らぬ場所で彷徨って転び、このまま会えなければどうなるんだろうと一抹の不安が過り、柊亮の心は完全に折れてしまった。一度不安が勝ってしまえば、大粒の涙が目から続々と溢れ地面へと落ちていく。
「ふっ……ぇぅ……ひっく……うぅ………………」
「……きみ、まいご?」
泣きじゃくる柊亮に突然話しかけてきたのは、同い年くらいの男物の甚平を着た幼い子供だった。
「ぐすっ……うぅ…………。友だち、いな……っく……なっちゃったぁ……」
「泣かないで? いっしょに探そ?」
小さな手を差し伸べられ、小さな手で握り返し柊亮は立ち上がる。幸い転んだ際にぶつけた膝は擦りむいた程度で血は出ていなかった。
「せっかくかわいいゆかた着てるのに、泣いてるのもったいないよ。きみ、なまえは?」
「……しゅーだよ」
「ならしゅーちゃんだね」
「きみは?」
「ヒナタだよ」
ヒナタと名乗った子供は、柊亮を女の子と勘違いしたのかちゃん付けで呼ばれたが、他人に女装をしていることがバレたくなかった柊亮は大人しくその呼び方を容認した。
「しゅーちゃん、この町の子じゃないの?」
「うん、となり町からきたよ。お祭りがあるってきいて」
「あー、だからだね。こっちは神社じゃなくて公園だし、この時間にこっちの道は暗くなるんだよ」
「そうだったんだ」
「この公園と神社、つながっているから慣れてないと暗いしどこだかわからないよね」
「木いっぱいで暗いんだもん、ここ」
「大丈夫、入口のトリイの方まで案内するね」
ヒナタに手を引かれ、柊亮は後ろを付いて行く。その手の温もりが柊亮に孤独じゃない安心感を与えてくれた。ヒナタと話す内に段々と重かった足取りは軽くなり、ヒナタの横を歩ける様になった頃にはお互い打ち解け、友達となっていた。
「ここまで来れば明るいよ」
先程まで泣いていたのと街灯の少ない暗がりの道だった為、横を歩くヒナタの顔はあまりはっきり見えていなかったが、街灯の明かりに照らされた横顔はとても整っており、美少年という言葉が似合う中世的な顔立ちをしていた。
――――――こんなキレイな子初めてみた。
「ひーくん、すごくカッコイイね」
「え、ありがとう。しゅーちゃんもとってもかわいいよ」
柊亮としては可愛いという言葉より格好良いと言って欲しい所ではあるが、現在の見た目(女装)的に仕方がないかと複雑な心境だった。だがそれでもこんな美少年に可愛いと言ってもらえたのは純粋に嬉く、照れ臭くもあり顔が赤くなる。柊亮は顔が熱くなるのを感じ、思わず左手で顔を覆う。
「しゅーちゃん、どうしたの?」
「なんでもない!」
「なんで顔隠してるの? みせて?」
「うぅ……」
心配してそうな声色に困った柊亮は、大人しく観念し少しずつ顔を覆う左手を下げていく。視界に現れたのは勿論顔を隠したくなった原因の人物だった。ヒナタは柊亮の顔を不安げに今にも鼻先がくっつきそうな程の至近距離で覗いていた。
「ち、近いよっ」
「あははっ、ごめん」
「もう……!」
「しゅーちゃん、やっぱりかわいいね」
至近距離で見たヒナタのふにゃりとした緩んだ笑顔に、何故か柊亮の心臓はドキドキと大きく高鳴った。その表情に目が離せなくなり、心を奪われる。何故か日向も固まっており、お互いをじっと見つめあい時間だけが過ぎていく。
互いに見つめあっているだけなのにまるで時が止まったかの様に、実際の時間よりも長く見つめあっていた様に柊亮は感じた。
その時遠くからドーンと大きな爆発音が鳴り響き、2人は視線が離れる。
「あ、みて。花火だよっ」
「わあ~!!」
赤・青・緑・黄・紫・金・銀。木々の隙間から、色とりどりの花火が空に咲く。二人はすぐそばの池の近くにあるベンチへ並んで座る。
「しゅーちゃんにだけトクベツに教えてあげるけどここね、花火がすっごくキレイに見えるの」
「ほんとだ!!」
「お気に入りなんだ」
「ひーくん、ありがと」
「この場所は2人だけのひみつね?」
「うん!」
そっと差し出された小指に小指を絡め、約束を交わす。ただの約束が"ヒナタと2人だけの"と付くだけで、何か特別な約束の様な気がして柊亮は嬉しくなる。
――――――"ひーくんと二人だけの約束"、かあ。
「あ、あれなんだろっ」
「ハートかな? みて、あっちは星だよ」
菊や牡丹に冠、ハートや蝶等の可愛らしい型物等が、順に夜空を彩る。二人で夜空を見上げながら、あれは何だろうと指を指し、あれが綺麗だ、これが自分は好きだと語り合った。
その時のヒナタの横顔が何故かとても可愛く見えて、柊亮の心臓は今までに感じた事がない程ドキドキした。何故ヒナタの事を意識すると胸が熱くなりもっと知りたいと思うのか分らないまま、その時間はあっという間に過ぎていく。
終わりを告げる締めの大輪の花火が空に咲き、幕が閉じる。
「おわっちゃった」
「そうだね」
「あーあ、ずっと続けばいいのに。もうもどらないと」
――――――帰りたくないな。もっとひーくんと一緒にいたいのに。
花火が続けばヒナタとまだ話すことが出来たのにと、柊亮は思わずにはいられなかった。
「行こっか、お友だちもきっと探してるよ」
「ん……」
差し出された手をそっと握り返し、二人は再び鳥居を目指し歩く。鳥居の抜け、屋台を抜ければ、母達が待っているテーブル席へと辿り着く。刻々と二人の別れの時が近付いていた。
「しゅーー! どこ!?」
「いるなら返事してー!」
「どこーー?」
鳥居が近付き人通りが増える中、その奥の屋台が立ち並ぶ場所で声を張り、名前を呼ぶ姿が目に写る。そこには柊亮の母や透と恵の母、そして探していた筈の透と恵の姿があった。
「あ、お母さん達!」
「見つかってよかったね。じゃあもう行くね」
繋いだ手を離し、去ろうとするヒナタの手を柊亮はぎゅっと強く握る。この手を離したらもう2度と会えない様な気がして、柊亮は手を離せなかった。
「ひーくんと離れるのやだ……まだ一緒にいたいし遊びたいよ……」
「ごめん、もう戻らないといけないんだ。だからこれ代わりにあげるよ」
「ウサギさん……? かわいい」
「このお祭りのきねんのウサギさんなんだって。赤と青の子だから赤い子を約束の証にあげる」
手渡されたのは【赤い耳の兎のストラップ】で、日向の手元には【青い耳の兎のストラップ】があった。
「やく……そく…………?」
「うん、またこのお祭りで会うための約束。さっき花火見た場所でまた会お?」
先程一緒に花火を見た池の前のベンチを思い出す。あの今までに見た中で一番綺麗に見えた花火を。
「花火の時間に?」
「うん、花火の時間」
「わかった。なら代わりにこれあげる」
柊亮はごそごそとポシェットの中を探し、手に乗せる。王冠のモチーフが付いた赤と青の【玩具の指輪】の一つを取り、日向へ渡す。本当は青を自分の物にしたかったが、貰った兎のストラップの色に合わせて【青の玩具の指輪】をヒナタへ譲った。
「ゆびわ?」
「うん、お気に入りのゆびわ。だからウサギさんとこうかんしよ。約束の証に。このゆびわも赤と青でおそろいだからひーくんってすぐわかるかなって」
「これでしゅーちゃんのことも、まちがえることないね。大切にするね」
「お……しゅーも大事にするね」
――――――やばっ! クセでおれって言いかけた!!
思わず『おれ』という主語を使いそうになり、柊亮は慌てて誤魔化す。だがヒナタはそんな柊亮の様子には気付いていない様だった。
「それじゃあ、ゆびきりしよ。"やくそく"だよ」
「やくそく」
約束の指切りを終え、ヒナタはじゃあねと言って人混みの中へと小走りに消えていった。寂しさを振り切る様に、柊亮は母親と友達の方へと走り出す。
「しゅー!! 何処に行ってたのっ!?」
「どこ行ってたんだよ! おれらずっとかくれてたのに」
「しゅーすけ、探したんだよ!」
「勝手に何処かに1人で行っちゃダメって言ったでしょ?」
泣きそうな声で抱き締めながら怒る母達に、柊亮はごめんなさいと泣きながら謝る。叱られた事による涙なのか、ヒナタとの別れが辛くて溢れ出る涙なのか、この時の柊亮には分からなかった。
そこまでが幼き日の柊亮の思い出だ。
◇
――――――で、結局この時のかくれんぼのせいで、中学になるまで結目祭に言っちゃダメって怒られたんだっけか。毎年行きたいって駄々こねて怒られたな。
あの夏の日を柊亮は今日だけではなく、何度も思い出していた。薄れていく記憶を忘れぬ様に、今も大切に大切に記憶の欠片を拾い上げ続けている。『しゅーちゃん』と微笑みを向けてくれたあの"少年の姿"を。
可愛らしい昔の思い出だと笑われるだろうか。それともただピンチの時に救われたから特別な気がしているだけだと、もしくはそれは幻だと言われるだろうか。他人からすれば大したことがない話で嘲笑われる様な事かも知れない。
だが、誰が否定しようと柊亮の中には"ヒナタ"を想う特別な気持ちが確実に出来てしまっている。拗らせていると言っても良いだろう。ずっと心の何処かで"ヒナタ"を探しているのだ。
「会いてぇよ……ひーくん…………」
約束を思い出す。だがそれが叶う時、柊亮は"嘘つきの代償"を支払わなければならない。そう、"性別の嘘"という隠し事の代償を。
あの日女装をしていた事を知られたくなくて、結局柊亮は未だに約束の場所へと行っていない。年齢が上がれば上がる程、失望されるのではと不安が勝り自分の性別を言いづらくなってしまっていた。
――――――ヘタレだな、俺。
あの時なんで明かしてないのかと過去の自分を殴りたくなる程に、柊亮は今更自分は男でしたと言いづらいのである。
「今考えても間違いなくひーくん、俺のこと女だと思ってるよな。どう見てもあの時の姿は浴衣来た女子って恰好だったし。あの頃俺今より童顔で女っぽい顔してたし……。会ったら幻滅されるよな、それか嫌われるか。いや同性なら友達にワンチャンなってくれるか……? いやいや、俺が"友達"で満足できんのか? 俺、"ヒナタ"の事が好きかも知れないんだぞ、多分」
あの少年を好きな場合、自分が好きなのは女なのか男なのかも、はっきりさせなければいけなくなる。
柊亮がヒナタに向けているこの鮮烈な感情を言葉にするなら、それは"恋慕"辺りなのだろうと本人は認識している。確証など無い。ただ、どれだけ時間が立っても何故か特別な存在で、性別の隔たりさえも感じない愛しさと特別な感情がそこにはある。この気持ちをはっきり自覚したのは思春期を迎えた頃だった。
中学時代には自分のヒナタへの気持ちを確認する作業として、他の男は好きになれるのかと考えた事はあるが、透や他の男子に特別な感情を抱く事は一切なかった。女であっても今まで特に感情を動かされる相手と会ったことはない。最近一人だけ気になる存在は出来たが、ヒナタと同じ名前だからではないかと自分自身を疑っている最中でその答えはまだ出ていない。
「"日向"、か……」
何処かヒナタに似ている存在。一瞬、彼女が自分の探している"ヒナタ"ではないかとの考えも過ったが、性別が違うという理由ですぐに脳内で否定した。
例え柊亮自身が"ヒナタ"であればどちらの性別でも気にせず好きだとして、ヒナタはどうだろうか?
自身が"女"であれば成立するかもしれないこの感情が、同性となっただけでハードルが上がる所ではない。
「くそっ……どうすりゃいいんだよっ…………!」
頭を両手でかきむしり、カレンダーを眺めながらボソリと呟く。
――――――でもそろそろ会いに行くなら会いに行くで覚悟決めないとな……。『自分が思った通りに行動したり信じ続けるしかない』って日向も言ってたしな。ヘタレてたらこの気持ちを確認する事も出来ねぇじゃん。
日向の言葉が柊亮の背中を押す。9年も経ってしまったのだ、もう立ち止まってはいられない。
もうすぐ約束のあの夏の日がやってくる。
4話は過去編、柊亮とヒナタの出逢い編でした。
子供の頃ってどこか怖いもの知らずで無鉄砲な所ってありますよね。無邪気とも言うのでしょうが。
かくれんぼしていた時代が懐かしいです。
次回物語のもう一人の主人公の話です、5話目をお楽しみに!
5/9 一部誤字・表現を修正しました。