02. 放課後の出来事
2話目です。どうぞ!
化学授業の班が一緒になったことをきっかけに、なんだかんだとこの4人で話す機会が増え、1ヶ月も経つと日向が柊亮達と共に過ごすのは当たり前になってきていた。その為、昼食や班行動、放課後等も時間やタイミングが合えば一緒に過ごす事が多くなっていた。
今日は放課後、駅前の学生の味方価格なファーストフード店で4人で雑談をしていた。話題は学校の話から始まり地元の話に変わり、日向の話題へと移行していっていた。
「へぇー、ひなちゃんって鈴塚第一高校の近所に住んでるんだね」
「うん、むしろ近所だから受けたんだよね、ここ」
「俺らは東町からだから、毎日バス登校なんだよね」
現在通う鈴塚第一高校は鈴塚町に建っており、柊亮達の住む東町の隣町にあたる。自転車通学を行う者もいるが、バス停の近さや体力面を考えるとバスに乗った方が格段に楽な為、柊亮達はバスを利用していた。
「バス登校ってどんな感じ?」
「毎朝バス混んでる、同じ学校の連中やら社会人やらで」
「座るとこもないよ、大体毎朝ぎゅうぎゅう詰めだもん」
「早い時間のに乗れればまだ空いてるんだけどね」
「でもなんでこの学校にしたの? ひなちゃん学力、絶対ここより高いとこでも余裕で受かるでしょ」
恵の疑問はもっともで、日向の学力は学年内でもトップクラスに常に入る実力を持っていた。鈴塚第一高校は、柊亮の様に学業があまり得意ではなくてもそこそこの成績さえあれば入れる学校だ。その為、学力に合った高校を選んでいた場合、同じ鈴塚第一高校になる事は間違いなくない。
問いに対し、日向は言葉を選びながら返す。
「あー……うん。まあ確かに中学の担任には他の学校を勧められてたんだけれど、家の事とか考えると近所の学校にしたかったんだよね」
「それで一番近い所がこの高校だったと。でも家の事って?」
「うーん。うち、お母さん亡くなっててお父さんも海外赴任中だし多忙で家にいない人なんだよね。それもあって、4人きょうだいで一番上の兄が私たちのこと面倒見てくれてるんだけど、家のこと位手伝いたくって」
「そうだったんだ、なんかごめんね。軽々しく聞いちゃって」
「ううん、全然だよ。そんな重たい話じゃないし」
「それで部活もやってなかったんだね」
「うん、スーパーのタイムセールがあるからね」
『あそこにあるスーパーは火曜日がお肉が特売で、木曜日が卵の特売で』等と語り出す日向は楽しげで、柊亮はその姿を想像するだけでクスっと笑ってしまう。
こういう放課後の雑談や昼食中の会話等では、クラス内では会話の内容的に見えない意外な一面が自分たちとの会話の場では見えてきて、他では見せない日向の一面を知れた。
家族想いで優しく家庭的な面もあり、美人特有の近寄りがたい雰囲気はなく人懐っこさもあり、いつもは落ち着いているのにたまに年頃の女の子らしい表情を浮かべる。たまにふにゃりと笑う姿は"ヒナタ"を思い起こさせる事もある。そんな姿に、柊亮は益々日向の事を意識するようになっていた。
「それにうちの弟、今年中学生になったばっかりでさ。去年までは小学生だったから、1人で留守番させるのもなって思っちゃって、なるべく早く帰って家に居てあげたかったんだよね」
「え、弟くん中1ってこと? お姉ちゃんしてるね、ひなちゃん」
「留守番が心配なら今度弟くんも誘って、一緒にお出かけしようよ。俺たちも面倒見てあげられるし。な、柊亮?」
「ああ、そうだな」
「気遣ってくれてありがと。誘ってみるね」
日向が嬉しそうに感謝を伝える姿に、可愛いやつだなと思わずにやつきそうになるのをぐっと堪え、柊亮は平常心を維持する。
――――――なんで俺今可愛いって思ったんだ? 日向は"ヒナタ"じゃないのに。
疑問を抱きながらもその後もくだらない話で盛り上がりる透達の話を相槌を打ちながら、たまに返事をしたりし、柊亮はその空間を楽しんだ。
◇
その日の放課後は柊亮と恵の2人きりという珍しい状況だった。透は部活で居残り、日向は別の友人と約束があると急いで帰って行った為、残された2人でバス停へと向かっていた。
「ねぇ、柊亮。あのさ、えーっと」
「なんだよ」
何かを言いたげな様子の恵に、柊亮はぶっきらぼうに聞き返す。
「もうそろそろ結目神社で結目祭あるじゃん? だからさ、良かったら一緒に行かない?」
「いや…………わりぃけど……」
柊亮は言い淀む。この日だけはもう何年も柊亮は誰とも一緒に出掛けていない事を、恵は知っていて誘っていた。
「毎年さ、"あの年"から中学生になってからもずっとこのお祭りだけは、透ともあたしとも一緒に行ってくれないじゃん」
「それは……」
「私知ってるんだよ、ずっと"ヒナタくん"を探してるの。でも、もう9年だよ? もう来ないよ」
「そんなことねえ」
「……ねえ、もう諦めたら? そもそも柊亮の夢か思い込みかも知れないじゃん。だから良いじゃんもう昔の約束なんか。いい加減さ、今を楽しもうよ。きっとそのヒナタくんって子もさ、忘れちゃって――――――」
「なんか、じゃねえんだよ! あの約束は!!」
恵の言葉が深く心に刺さり、思わず柊亮は感情任せに口調を荒げる。怯えた様子の恵を見て、我に返り柊亮は手で口を押える。
――――――恵の言い分も分かる。分かるから腹が立つんだ。俺だけがその約束や思い出を大切にしているのかも知れなくて、もう"ヒナタ"にとってはどうでも良い約束なのかも知れないという事を。
「…………っ」
「………………ごめん」
「いや……こっちこそ悪い。怒鳴ったりして」
「ううん。あたしが無遠慮に言っちゃったのも悪いし。でも考えてはみてよ」
「……考えとく。悪いけど、先帰ってくれ。俺寄り道して帰るわ」
「柊亮っ!」
このまま一緒に居ればまた声を荒げる事になりかねないと思った柊亮は、恵に引き留められるもバス停とは別の方向へと足早に立ち去った。
行く当てもなくただ足を動かし歩いていると、ショッピングモールが目に入り何気なく立ち寄った。3階建てのショッピングモールをフラフラと何を見るわけでもなく歩く。見たいものがあるわけではない、ただの恵と会わない為の時間つぶしであり、感情の整理の為であった。
「あれ、柊亮くん。どうしたの?」
「そっちこそ、なんでここに?」
無気力に歩いていると、突然見知った声に話しかけられる。声の方を見るとそこには驚いた顔をした制服姿の日向が立っていた。
「私は買い物だよ、友達と一緒に」
「あー、そういえば言ってたな」
柊亮は今日の放課後、日向が一緒に帰らなかったのは他校の友人と会うからと言っていたことを思い出す。
「その友達は?」
「今はその子のレジ待ちだよ。柊亮くんこそ珍しいね、鈴塚のショッピングモールに来るなんて」
「……まあな」
「何かあった?」
柊亮の歯切れの悪さに、日向は心配そうに尋ねる。その真っ直ぐな瞳で見つめられているとまるで自分の心を覗かれているかの様で、柊亮は顔を背けたくなった。だがその真剣にこちらを見つめる瞳から柊亮は何故か目を離せなかった。
今の自分の心理状態を覗かれたくない反面、柊亮は"ヒナタ"と同じ名前で何処か似ている彼女の意見を聞いてみたくなった。
「…………友達といるのにこんな頼みするのもなんだけどさ。10分位で終わると思うんだけど、話聞いてくれね?」
「わかった、ちょっとだけそこで待っててっ」
申し訳なさから尻つぼみになっていった言葉に優しく微笑んで答えた日向は、友人が並ぶレジへと小走りで向かった。事情を説明し戻ってくると日向は柊亮に移動を提案する。
「とりあえず場所を変えて話そっか、あっちにベンチあるから」
「ああ」
二人は近場の空いているベンチへと向かい、横に並んで座る。帰り道一緒に帰る事はあっても雑談程度の会話しかしておらず悩みを相談するのは初めてで、柊亮は今更ながら何故あんな事を言ってしまったんだろうと、少し後悔し始めていた。
――――――気まずい。なんで俺は最近友達になった、しかも女子に相談してるんだろうか。いやでも聞いてって言ったの俺だし……。
「ほんと、すまん。友達といるのに」
「大丈夫だって、気にしないで。友達には後で説明するから。それでどうしたの?」
改めて自分の過去の話をしようと思うと気恥ずかしいし、全てを語ると長い話になってしまう。柊亮は考えた末、要点だけを話すことにした。
「あのさ、お前ならさ……。昔した約束ってどう思う?」
「どう思うって?」
「叶うと思うか、それとももう昔の約束で時効なのか、とか。自分ならどう思うかっていうの聞きたくって……」
その質問に日向はわずかに沈黙し考えた後、丁寧に言葉を紡ぐ。それははぐらかす為の言葉や、適当な慰めの言葉でもなく、自分だったらと真剣に考えて選ばれた言葉だった。
「うーん。そうだなぁ……私は昔の約束でも約束は約束って思っている、かな」
「相手が忘れてたり、もうどうでも良いって思われてるかもしれなくてもか?」
「うん。もし相手が忘れちゃってても、それでも私は大事にしたいなって思う。私はその約束をした時の事を、その思い出自体を大切にしたいって思う。だから叶わなくても、自分はそれでも大事にしたいと思うし、昔の約束でも時効じゃないと思う派かな」
「なんでそこまで言い切れるんだ?」
「私もね、叶わないかもしれない約束を昔したことがあるの。実際色々あってもう何年も昔の約束になっちゃったんだけど、それでも私はその約束を忘れた事は無いんだよね。もう相手に忘れられちゃってるかもだけど、今後どうしたいかもどう思うかも私次第かなとは思ってる。途中でその約束自体なかったみたいに思うの、私は嫌だから」
――――――確かにそうだ。結局俺は約束がなかったことになるのも、俺自身が約束を諦めるのも嫌なんだ。だから恵に否定されたのがあんなに腹が立ったんだ。
「成程、確かに今更全て無かったことになるのは俺も嫌だわ」
「でしょ? ならやれる事なんて自分が思った通りに行動したり信じ続けるしかないかなっと」
「叶えば良いな、その昔の約束ってやつ」
「ふふっ、ありがとう。柊亮くんも叶うといいね、その約束」
ふにゃりとした笑顔で笑う日向に、柊亮の顔が緩む。あっという間に時間は15分も経過していた様で、日向のスマートフォンから通知音が鳴る。
「あっ、ごめん。そろそろ行かなきゃ。待たせるのも悪いし」
「いや、こっちこそ本当に悪かったな。友達と居たのに」
「大丈夫だよ、これくらい。少しは悩み解決した?」
「ああ。解決はしてないけど、モヤモヤは少し消えたわ。ありがと」
「どういたしまして。それじゃ、また学校で」
手を振り立ち去る日向の後ろ姿を見えなくなるまでぼーっと眺める。
――――――自分次第か。
日向の言葉が柊亮の心に優しく透き通る様にじんわりと沁みわたってくる。今まで肯定された事のない話を肯定してくれたからなのか、同じように昔の約束を大切にしている者からの言葉だったからだろうか。誰かとの約束を大切そうに紡ぐ日向の言葉は、柊亮にはほんのり暖かくすら感じた。
――――――もう一回思い出して考えてみよう、あの"約束の事"を。
とりあえず帰ろうと柊亮はベンチから立ち上がり、ショッピングモールの出口へと歩き出す。来た時とは違い、軽くなった足取りで帰路に就いた。
2話は放課後の話がメインの回でした。
何故柊亮は恵に怒ったのか、柊亮がした約束とは一体なんなのか、ヒナタとは誰なのか……謎が深まる回でしたね。
次回に柊亮の過去の話へと続きます、3話目をお楽しみに!