29体目 悟りの扉
錬斗の権利書を渡されたのと時を同じくして、奴隷のカタログを頂いた。
人身売買のカタログなど胸糞悪いが仕方ない。
奮起したところで他国の制度を変えれるものでもない。
それに奴隷の存在自体が消えるとも思えない。
ちゃんとルールが整備されているだけ良い方だ。
せめて自身が権利を有する奴隷には、幸福でいて貰えるよう努力すればいい考えることにした。
こんな風に強く考えるようになった要因は、レイナから貰った資料にある。
先兵がまさかの境遇の持ち主だった。
オレが知りえる中で彼女以下の境遇の者は知らない。
傲慢なことに、助けてあげられたらと思ってしまう。
世の中にはもっと酷い境遇の者だっていくらでも居るはず。
それにできるはずがないという言い訳まで考える。
余計な情報を取られるわけにもいかず、助けるにしても相手が強大すぎると……。
「それでも、のぞみなら助けるために動くんだろうな……」
のぞみなら、知ったら手を引く選択肢は無くなる。
オレはどうするべきかと、助言を貰うためにレイナに訊ねた。
しかし返答は、好きにしてくださいというものだった。
それからは考えた。
何日も掛けてひたすらに考えた。
誰々ならどうする。
どう動けばどういう結果をもたらすか。
それは奇しくも、≪役割演技≫の能力に大きく関わった。
役割演技――それは現実に起こる場面を想定して、複数の人がそれぞれどう動くかを想定。
その疑似体験を通じて、ある事柄が実際に起こったときに適切に対応できるようにする行為。
そしてこの能力は――本心から想えば新たな心を生み出し、なりたい自分になれる。
オレは悟った。
好きな人をいつまでも嫌いになれない理由を……。
「やっぱ……そういうことなんだろうな」
未来のことを考え、逃げ出す選択肢も何百回と考えた。
しかしその先に待つのは、空虚な人生でしかないと解かった。
昔から分かっていたことだった。
オレは、自己を犠牲にし傷を負ってでも誰かを助けようとする人の影でいたかったのだ。
気付いた時には、生体具現が進化していた。
結局のところ、オレは世界のどこで誰が死のうと気にはしない性質なのだ。
その人が誰かを助けようとするから、オレも助けることに協力する。
最終的に行きつくところは、正義の味方でいたいという願望だ。
自己犠牲をいとわない人物を傷つけさせたくない。
汚れさせたくない。
だから代わりに、オレがその役目を背負わせて貰う――などと、そんな高潔な理由などではない。
損をするのに善行を積める感情が理解できない。
気持ち悪さすら感じる大嫌いな行動だ。
中には満足感を得るために人助けに励む者も居るのは理解している。
だがそういう人物に限ってボロボロになるまで利用され捨てられる。
その理不尽をわからせ、利得を求めるようにさせたい。
そして英雄や勇者と呼ばれるような人たちを世の中から消し去りたい。
あるいはそれらの欲も跳ね除け行動できる、本物を近くで見たいのかもしれない。
「それにしても、生体模写か……」
生体模写は生体具現が進化したことで得た能力だ。
以前までは進化ではなく増強だった。
だが己の真理を理解した結果、真価を発揮したと考えるべきだろう。
オレは冒険者カードに目を落とし思案する。
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―能力―
・生体模写レベル1【増強必要SP97】
・限界分身数:1272体
・限界生体数:256体
・限界同時操作数:512体
・限界生体模写数:0体
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どういう技術かは理解できる。
この能力が行きつく先も分かった。
まだ不完全であるがゆえに、模写できる人物が0体なのだろう。
現状では一定の条件を満たさなければ模写できそうにない。
生体を出せる数が増えたのは、能力の完成形が近づいたからだろう。
これまでも不思議ではあった。
なぜ具現化された分身が、さらなる分身を生み出せるのか。
その時は多重人格として生み出しているからと判断していた。
しかしより正確には、魂そのものを作り出していたのだと理解した。
これまでは不完全で断片的な魂の創造であるがゆえに、性能には限界があった。
だが完成が近づいた今、遠くない未来では体力が持つ限り分身を生み出せると解かった。
そして魂の創造は、他者にまで及ぶ。
能力が完成したその暁には、オレは人間の域を逸脱するのではないか。
手を出してはいけない領域に手を出そうとしているのではないか。
そんな一抹の不安を抱えるも、レイナの言っていた意味も分かった。
この能力があれば、生半可ではないぐらい強くなることも可能となるだろう。
望んでいた誰にも頼らないで済む万能性を備えた強さを手に入れられるだろう。
だが今では、本当に望んでいるのはそれだけではないと分かった。
「……買うしかないか。奴隷」
レイナやクマーの思うつぼなのは癪だが、オレが道を踏み外さないためにも必要なことだ。
道を誤れば、オレは空虚な人生を送るか、あるいは死に急ぐと理解したから……。
この時オレは、また気づいていなかった。
気付けていないふりをしていた。
開けた悟りの扉はまだ半分。
残り半分は、自身では決して開かない扉だと……。




