27体目 感謝の気持ち
レイナに聞いてみたところ、0017号とやらの資料を作ってくれるという。
後で送るから確認してくれとのことだ。
オレは電話を終えると、錬斗が居るであろう部屋へと足を運んだ。
「あっ。塔也さん!」
「ムギはこっちに来てたか。調子どうだ?」
「大丈夫だ、問題ない」
兄が倒れたのだから来ているのも当然か。
治療は施されたようで細かい傷も無い。
処置は全て済んだのか、錬斗やムギの他には誰も居ない。
立ちこそしないが、上半身は起き上がれる辺り問題なさそうだ。
思った以上に元気そうでなによりだ。
むしろ被害で言うなら、支給された武器を23本も壊したオレの方が大きいかもしれない。
「失礼します。お時間よろしいですかな?」
「……どちら様ですか」
スーツを着た老齢の男性が入室して来た。
見たところ50歳に届くかどうかぐらいだろうか。
一般客は入れないエリアだから関係者なはず。
「申し遅れました。わたくしこういう者です」
「……奴隷商がなんの用ですか」
「ど、奴隷商……!?」
50年近く前にゲートを開かれ大きなダメージを負った国の者らしい。
復興するためにやもなく奴隷制度を押し進めている国だ。
ムギは警戒してオレの後ろに隠れた。
「失礼ながら本日の試合で賭けているものを聞かせていただきました。なんでも天取様は、トウヤ様に生涯の服従を誓うとか……。ならば力をお貸しできるのではないかと思い、はせ参じた次第でございます」
「遠慮します」
甘い汁を吸いに来ましたと言われても困る。
力を貸すと言いつつも、どう考えても売り込みとして来たとしか考えられない。
それにそもそも、奴隷が欲しいとも思わない。
法律面や犯罪面での警戒が面倒だ。
「ふむ……。天取様には前もって、敗北時に奴隷紋を刻むことを了承いただたのですが……」
「了承するなよ、そんなこと」
「てっきりお前が手配したものかと……」
「手配したのは私よ。適当なところには頼めないし、放置してても色々寄ってくるでしょうから、先手を打ったの」
部屋の外から木崎さんが入ってきた。
奴隷商にまでコネがあるとは驚きだ。
確かパーティーメンバーにこの奴隷商と同じ国の者が居たのだったか。
もしかしたらその伝手なのかもしれない。
それでも奴隷……というより錬斗は要らない。
「こんなの要らないからキャンセルで」
「こんなの!?」
こんなの扱いをされた錬斗が声を上げたが、こんなので十分だ。
シスコン自体を咎める気はないが、それで暴走して他人に迷惑を掛けるのはいただけない。
「ダメよ。この権利を放棄するようなことをしたら、あちこちから付け入られるわよ、『こいつは踏み倒せる奴だ』って。使う使わないは別にしても、信頼できる場所で処置をしたって事実は作っておきなさい。悪い連中も寄り難くなるわ」
一般人にはともかく、冒険者関連の仕事に就く者にはオレの名が知れ渡ったはず。
トップクラスの才能を秘めた者を倒すだけならまだしも、それを下僕にしたとあっては虫が寄ってくるのも必然か。
放棄したらしたで、余計面倒なことになり得る。
木崎さんは多くの者と取引を重ねているから、きっと間違いではないのだろう。
こういった部分に気を利かせてくれるから助かる。
「ってことだから、小並君はこれから法律のお勉強ね」
「面倒だな……痛っ! 何すんだよ!?」
近づいてきた木崎さんが、オレの髪の毛の摘まんで毟り取った。
20本前後も持っていかれた。
そして掴まれた手に問答無用で短剣を突きつけられた。
「血もちょっともらうわよ」
「ちょ、ちょっと待った!!」
「動くと酷いことになるわよ」
怖い。
脅しではないという気迫に飲まれ、オレは動きを硬直させる。
木崎さんは器にオレの血液を数滴垂らし、奴隷商に手渡した。
「後は任せるわね」
「畏まりました」
そしてオレは首根っこを掴まれ、部屋の外へと引きずられる。
抗えば腹目掛けて拳が飛んでくることだろう。
抵抗するほどの理由もないからそのまま連れて行かれる。
「あっ、あたしも行きます!」
ムギも付いてきた。
そのまま駐車場にあるハイエースに連れ込まれ会場を後にした。
運ばれた先は木崎さんが所有している別荘。
ここで奴隷の扱いや扱う上での注意点などを勉強していくわけだ。
まず、奴隷が死ぬと調査が入るらしい。
目に余る虐待を受けていると発覚した場合なども同じだ。
奴隷の健康状態は保障せねばならない。
あくまで魔塔の攻略や経済発展のための奴隷だ。
自身の欲のためだけに利用するのはダメだという。
欲のため使ってはいけないというわけではない。
奴隷を使うなら、世のため人のためになると証明しろということだ。
「あなたは地下に入ってる冒険者だし、奴隷を所持する上での証明は問題ないわね」
審査対象は安定した年収やレベル、活動している階層など。
地上の冒険者でも真面目に活動している上層の者なら奴隷の所持を許される。
地下に入っている者ならほぼ確認もされずに許されるらしい。
クマーなど、巨乳の美女を囲っているとレイナから聞かされた。
嫌悪感を隠すこともなく罵っていたのは記憶に新しい。
もしかしたらクマーを嫌っている理由はその辺りなのではないか。
「とはいえ、色々と手続きが面倒だな」
「そう言うと思って、代理人を立てる同意書も持って来てるわ。こっちの書類に記入して頂戴。後は私がやってあげるから」
ここまでの準備がよすぎる。
オレが奴隷を面倒がると予想されていたようだ。
問答無用で髪の毛や血液を持っていたのも、口にすれば拒否すると解かっていたのだろう。
まさかレイナやクマーと同じで、転生者やら逆行者だというわけではあるまいか……。
「…………」
「……? 何? 分からないところでもある?」
思えば木崎さんにはかなり面倒を見てもらっている。
この程度を予測するのは、特異な者でなくとも可能だ。
「……いいや。助かるよ」
「ええ。どういたしまして」
オレは感謝の言葉を口にした。
だがそれでも、気持ちをこめていなかった。
これでは今までと変わらない。
少しずつでも対人関係を改善しようと決めたのだから、これではダメだ。
「……はぁ。いや……本当に色々助けられてるな。いつもありがとうな」
「……ええ。日頃からもっと感謝してよね」
「今度からはそうするよ」
しばらく見詰め合った後、勝利祝いに御馳走してくれると木崎さんが提案した。
これまで見たことが無いぐらい上機嫌だったのはなぜだろう。
考えれば理由は解かるが、オレは自身に考えないように言い聞かせた……。




