25体目 試合という名の決闘
決闘当日。
予想外の事態が発生した。
「なんだこの人数……」
観客は集める気だったから多く集まると思っていた。
しかし実際には、想像の100倍は多く集まった。
「あの藤嶺……天取錬斗の戦いだからな。こうもなるだろう。あそこを見てみろ。テレビ局も来ているぞ」
清川に促がされ見てみると、確かにテレビクルーらしき人物が数人居る。
錬斗は有名人なのかとは思ったが、テレビ局が動くほどとは思わなかった。
しないが、気分的には今すぐ撮影機材を破壊したい。
「そんなに有名なのか?」
「4月に冒険者になり、半年もしないうちに天の試しに届きそうなところに来たそうだ。類を見ない才能の持ち主であることは間違いない」
半年で天の試しというと、現在トップに居座る冒険者並みかそれ以上の速度だ。
注目を浴びるのも無理はない。
「だからってテレビは嫌だな……。分身の内臓ぶちまけて放送事故にしてやろうか」
「それは……自身に色々跳ね返ってくるんじゃないか?」
「…………そうだな」
魔塔関連などでの多少のグロテスクを許容する有料の局番や動画配信サイトは存在する。
それでも人体の内臓まで飛び出してしまえば炎上しそうだ。
生配信でなければモザイクは掛かるだろうが、精神攻撃は極力控えるか。
「お待たせー」
「遅いぞ愛香よ。もう試合が始まってしまうぞ」
「じゃあオレは行くから」
バカップルだと噂されていた≪清川≫と≪赤城 愛香≫さんだが、2人はいまだに付き合っていない。
彼女は出店に行っていたのだが、帰ってきた時にはのぞみが居た。
どちらが呼んだのかは分からないが、早々に立ち去らせてもらう。
「あっ。塔也君……!」
以前までなら、のぞみが何か言いかけてもその場を離れた。
だが天の試しの時の一件が頭を過り立ち止まってしまう。
「…………なに?」
オレが破局したのはクマーの仕込だというから、のぞみのことはもう憎んではいない。
それでも、またお近づきになりたいとも思わない。
「えっと……。怪我しないよう気をつけてね」
返事はせず立ち去らせてもらう。
そのまま人込みに紛れ、購入したチケットの席に移動した。
周りからは見られない作りの特等席だ。
「お帰りなさい。清川君はどうだった?」
すぐ隣の席は木崎さん。
この会場などの手配をしたのも彼女だ。
「いつも通りって感じだったよ」
この会場の収容可能な人数は2万を超えるというから驚きだ。
よくこの短期間で手配が間に合ったものだ。
チケット販売や売店の準備まで済ませる手腕は流石の一言につきる。
「それにしても、分身だけで相手取るなんて酷くない?」
「能力的に正面から戦わせる方が酷いだろ。気付けるチャンスは作ったってアピールしとけば、対等な条件だったって印象付けられるよ。多分」
帰宅後に天取錬斗のことを調べてみた。
すると物理特化の前衛方だということが分かった。
特別な能力は確認されていない。
とにかく筋力と敏捷が高いという。
ただし、レベル差をものともしない攻撃力と防御力を持ち合わせているらしい。
おそらく≪気力操作≫のレベルが高いのだ。
地下入り冒険者に物怖じしないのも頷ける実力者だ。
もうじき試合が始まる。
分身に意識を集中させて、控え室からコロッセオのような円形闘技場に出た。
「よく逃げずに来たな」
「こっちのセリフだ。地下にも入ってない新人が付け上がれるのも、ここまでだ」
この試合は【若き鬼才VS地下入りを果したベテラン冒険者】と銘打たれている。
評判を見る限り、大衆は錬斗が勝利することを望んでいる。
分かってはいたが、匿名なのを良いことに誹謗中傷まで飛び交う始末だ。
やる気は削がれるし、観客には嫌な想いをして帰ってほしいと思った。
天界の者たちが世界を滅ぼすと言うなら、滅ぼされてもいいとすら……。
だが……。
「塔也さん! 絶対勝ってくださいね!!」
「「ムギ……」」
「「ハモるな(んなよ)!」」
「ちっ……」
「ふん……」
少なくとも、オレの勝利を願ってる人も居る。
ならばその人のために頑張るのが……という考えをして、思考は止まった。
誰かを想うことはできる。
誰かのために頑張ることはできる。
だがどうしても、その気持ちは冷め切ってしまう。
オレが氷魔法――より正確には冷気魔法を得意としはじめたのも、3年と少し前の一件からだ。
魔法は心の影響を強く受ける。
現在のオレは、氷のように冷え切った人間ということだろう。
「それでは試合を開始します。ルールはアリアリの無制限」
審判の人が説明を始めた。
離れた場所には実況や解説まで居る。
可能な限り実力は隠したいが、上手くいくかどうか……。
「致命傷を与えた場合は試合を止めます。勝敗は降参またはドクターストップ、あるいは逃亡した場合に決します。制限時間は3時間。よろしいですね?」
お互いに審判に頷き、武器を構えた。
今回使うのは杖。
致命傷を与えるわけにはいかないから、窃盗丸はお留守番だ。
この杖も改良され、耐久はかなり良くなった。
まだ魔法の触媒にこそできないが、持ちながら魔法の使用が可能だ。
「それでは10カウントで開始します! 9……8……7」
錬斗の防具は軽さ重視のようだ。
黒を基調とした青や白色の皮や布製の防具で固めている。
武器は片手剣を2つ――だが。
「2本使わないのか? 多数を相手する時は二刀流だって聞いたぞ」
「必要もないのに使いはしない」
もう1本の剣は鞘にしまっている状態だ。
オレを舐めているというより、1撃の精度上げるためだろう。
「3……! 2……! ……1! 試合開始!!」
開始直後、オレは後方に跳んだ。
相手は速攻を得意とする人物だから、距離を取りつつ魔法で牽制。
そこから分身を展開しようとする。
しかし錬斗は、想像以上に早かった。
オレは杖を左手で持ち右手で魔法を放とうとしていた。
それに反応したのか、錬斗は杖側に潜り込むように姿勢を下げている。
迎撃しようにも回避されカウンターを貰いそうだ。
やもなく杖を伸ばし防御に使う。
そして、武器ごと腕を切断された。
「――っ!」
攻撃力が想像以上だ。
凄まじい検圧で体制も崩れた。
一旦距離を取らねば不味い。
オレは右手の魔力を冷気から突風に変化させ、地面に打ちつける。
そのタイミングで大声を発したようで、実況の声も届いた。
あちこちで小さな悲鳴も上がっている気がする。
『あああぁぁっ!! トウヤの腕が飛んだああぁぁ!! これは開始早々、いきなり決まったかぁ!?』
切断された腕は宙に飛ばされ、錬斗との距離も10メートルは取れた。
腕は魔法ではじき回収させてもらう。
「もう終わりか?」
「いけるか?」
錬斗が追撃してくる様子はない。
審判もストップを掛けるか悩んでる。
「まさか。実体を具現化できるんだぞ。腕や足が吹き飛ぼうが、心臓が潰されようが、いくらでも補える」
オレは分身の切断部分を近づけ、傷を修復した。
分身ならいくら損傷しようと復元が可能。
本体でも脳以外なら、応急処置の手段として同じ手段を取れる。
腕を回収した理由は、分身であることを感づかれないためだ。
「……化け物が」
手始めに分身を9体に増やす。
現在オレ能力で生み出せる限界生体数は、64体だ。
そのまま次々と訂正のセリフを言わせてもらう。
「化け物?」
「違うな」
「オレは分身だ」
魔法陣を書いてある布を懐から取り出し上空へ放る。
そのまま位置を安定させ、転移魔法で予備の杖を人数分取り出した。
戦いの本番はこれからだ。
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―能力―
・生体具現レベル9【増強必要SP50】(残りSP5)
・限界分身数:318体
・限界生体数:64体(性能は本体と比べ、ムラはあるがあえて調整しなければほぼ100%)
・限界同時操作数:128体
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