21体目 覚悟の証
嫌な予感がする。
3年前のあの時、のぞみはクマーに相談したと言ってた。
オレが拗れた原因はのぞみにあると思っていたが、違うのかもしれない。
「あの時ボクは絆地ちゃんに、どうにか小並ちゃんに分身を鍛えさせたいって相談されてたんだ。でもその相談をするように誘導したのも、ボクなんだ」
「……どうやって」
信じたくない。
心の底でそう思ったからこそ、否定できる部分を引き出すために言葉が出た。
「未来人って言ったけど、ボクは別の世界線って言えばいいかな。そこで何度も同じ時間を繰り返してたんだ。どう言えばどういう反応が返ってくるか、大まかには分かってるんだ。そういうことだから許してあげてよ。絆地ちゃんのことは個人的に嫌いだけど」
「……」
――のぞみのことが嫌い。
だから、そんなことをしたのだろうか。
それを聞こうとしたら、レイナが金属の盾をクマーの顔面にぶつけた。
爽快感のある音が部屋に響き、クマーは仰向けに倒れる。
「すいません。こんなことを言ってますけど、指示したのは私なんです」
「え? いや……え? なんで殴った……」
発言と行動が合致していない。
おもわずスルーしたが、レイナは自分が指示したと言った。
様々な情報が入り混乱して、意味も無い質問をしてしまった。
「放置しておくと、憎まれ口を挟みつつ延々と話し続ける人なので……」
「それは分かる」
最初はレイナが説明するはずだったのに、クマーはすぐに会話に入り始めた。
そしてそのまま嫌われ役を請け負うのが、久野真冬という男だ。
「指示した理由ですが…………」
「……言えないようなことなのか?」
「いいえ。今言っても良いのか考えてました」
今の反応で、この状態が計画されたことではないのが分かった。
オレがそう判断することまで計算尽くでなければだが。
そこも考慮し、現在は半信半疑といったところだ。
「理由は、のぞみさんが死ぬからです。たとえ手を打っても生半可な対応では死にます。だから先輩には、生半可ではないぐらい強くなってもらう必要がありました」
「…………わけがわからない。オレが強くなることと、のぞみの死になんの関係があるんだ」
「本当は分かってるんじゃないの? 小並ちゃん」
倒れていたクマーが喋り始めた。
出ている鼻血を服で拭き取り、そのまま起き上がることなく続ける。
「絆地ちゃんは自己犠牲精神が旺盛だからね。仮に人類を滅ぼす存在が居て、それが敵わない相手だからって逃げる子じゃないだろう? 本当に迷惑だよ、周りがいくら説得しても逃げないんだから。その度に周りの人が犠牲になる」
「…………」
思い当たるところはある。
のぞみは助けを求めている人がいたら、己の何を犠牲にしても助けに行く人物だ。
「つまり、人類を脅かす存在が近い未来やって来て、のぞみは無謀な行動をとって死に至る。それを回避させるために繰り返してるってことか」
「少し違うね。ボクが回避させたいのは、キミが不幸になることだよ、小並ちゃん」
聞き間違えだろうか。
逆に不幸にさせるようなことをした人物の発言とは思えない。
「ボクは絆地ちゃんのことが嫌いだ。それでもキミが幸せならと思って、これまでの繰り返しではキミが望む方法を取っていた。結果的にボクは、繰り返す時間の中から出ることを諦めてたんだけどね」
「そこに私が横槍を入れて、前提から壊しました。途中でどんな地獄が待ち受けていても、最終的にはハッピーエンドを迎えられるように……」
クマーとレイナのあいだで複雑に事情が絡んでいるのは分かった。
そしてクマーがオレのために繰り返していたというのも……。
だが、それを信じられるはずもない。
「信じられると思うか? 裏で引っ掻き回して、結果智恵さんを死に追いやって、これまで何食わぬ顔で傍に居た人の言葉なんて……」
「信じてくれなくてもいいよ。その時は遠くない内にくるから、否が応でも巻き込まれる」
「…………話はそれで終わりか?」
もっと深くまで事情を知りたい気持ちはある。
だが、それ以上に知りたくないと想った。
聞けば相応の覚悟を求められる。
逃げるわけにはいかなくても、そんな重いものを背負いたくない。
そもそも1度に聞く情報としても、オレの許容量をとうに超えている。
「今は、味方だということだけでも分かって貰えたら……」
「何か証明できるのか?」
言葉だけでは頷けない。
だが確固たる証拠があれば、聞き入れることだけはできる。
「……地下に入った冒険者には、様々なものに制約を付与できるシステムが追加されます。制限を与えることでより力を発揮させる使い方などができて……厳密にはそのシステムとは別物なんですが、これが、私の覚悟の証です」
レイナは冒険者カードを渡してきた。
その画面には、こう書かれていた。
________________________
―能力―
・最も愛する人の下へ:--【成長限界】
・死亡時、小並塔也が存在する時間・場所の、裕福な家庭の二卵性双生児として生まれ変わる
制約:①能力発動時、小並塔也が関わること以外の全ての記憶を失う
制約:②最も愛する対象が変わった際、魂が砕かれ死亡する
________________________
どういう反応をすればいいか分からない。
両親へ「自分の子ではない」的な負担を掛けまいとする気概は感じる。
しかしこれが証明になるかと聞かれると、否だ。
冒険者カードは専用の機器などで読み取らない限り、改ざん隠蔽は容易にできる。
魔塔の管理人なら、なおさら証明にはならない。
「…………」
だが、それを口にするのはあまりにも酷い。
好きな人から否定される辛さは知っている。
ゆえに言葉に詰まり、何も言えなくなった。
「信用、できませんよね……。でも、それでいいんです。先輩の信用を勝ち取る役目は、私じゃありませんから……」
レイナの宣言を聞いて、深く考えてみた。
まずは、2人がオレを罠にはめている可能性。
絶対無いとは言えないが、考えから外していい。
2人はオレよりレベルが上だし、管理者だというなら好き放題できるはず。
現にこの場に居るのだから、この2人が本物ならそこに嘘はない。
幻影なのか本人なのかは、塔から出た後に確認すればいい。
「……分かった。ひとまず罠じゃないことだけは信じる」
全てを信じるわけではない。
疑いつつも、これまでの話は頭に入れておく。
天の試しの方に考えを戻す。
これ以上は1度に事情を聞いても、あまり意味を成さない。
内容を忘れそうだし、信用しきれないのだから。
「1つ聞くけど、天の試しはどこまで仕組んでた?」
この回答次第で、オレの対応は変わる。
もし一切仕組んでないなどと言ったら、これまでの発言すら信じれなくなる。
仕組んでいないのなら、この場にこの2人が居ること事態がおかしい。
この質問には、上体を起こし胡坐を組んだクマーが答えた。
「1つ目は大体予想通りかな? 作ったのもボクらだよ。2つ目は……フォーマットに良さそうなのがあったから、半分ぐらい? 3つ目はノータッチだよ。多分天使長は、僕らの上司みたいな人がやったことじゃないかな。詳しくは知らないけど」
「上司……? いやまあ、そこは今度でいいか」
聞きたかったことは聞けた。
もし3つ目の試練も2人が仕組んだものなら、意地でも協力は仰がなかった。
この試練のテーマは克己……欲望や邪念に打ち勝つこと。
2人に協力を頼むのは欲だと言えなくもない。
しかしオレの場合、頼むのを嫌い進んで単独で挑むのが正常。
そこは邪念とも言えるし、≪楽≫を欲する欲望とも言える。
ならば、人に頼るのが正解だ。
「……先に、本当は凄く嫌なことだって言っておくぞ。それでも仕方ないから頼む。天使長を倒すのに力を貸してくれないか」
「「……喜んで!!」」
2人は顔を合わせ、同時に了承した。
最後の意地は張らせてもらったが未来のことを考えると、これから先は克己して変わっていかねばならないのかもしれない。
それでも、すぐに変わることはできない。
だが克服することができたなら、その時は……。
これにて第2章完結です。
幕間とキャラ紹介(キャラの追加あり)を挟んでから第3章へ入ります。
ひとつの区切りということで
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