19体目 克己克服
『規定の数値を突破を確認しました。≪限界突破サバイバー≫を終了します』
「やっと……終わったか……」
『レベルが1アップしました』
周りに居た魔物が消えたのを確認後、分身を消した。
途中休憩は|挟«はさ»んだが、それでも48時間近く通しての戦闘はきつい。
今すぐ意識を飛ばして眠りたいぐらいだ。
指輪の体力自動回復のお陰で体力は持つ。
それでも細かい傷を多く作り、汗もずっと掻いている。
冒険者用の回復薬などで対応こそしているが、肉体的にも精神的にも限界だ。
『準備が完了しました。第3試練、≪克己克服≫を開始します』
「……休憩も取らせてくれないのか」
敵らしき者が空中に現れた。
3対の翼を広げ、巨大なランスを持っている天使だ。
武器を構えてこちらの様子を伺っている。
「あれを倒せってことか?」
オレは気を取り直し武器を構える。
すると、敵であろう天使の姿が消えた。
――否。
消えたのではなく、高速移動によりオレの横まで移動していたのだ。
気付いた時には、ランスによる薙ぎ払いを食らった。
斬ることにできないタイプのため切断はされていない。
しかし威力は凄まじく、腕や肋骨を砕かれた。
「――っ!?」
打ち上げられ宙を舞うオレに対し、天使は上空に移動。
串刺しにしようとランスを構え、急降下してきた。
僅かコンマ数秒で起きた出来事だ。
ダメージもあり、この一瞬では分身を生み出せない。
オレはそのまま貫かれ、目の前が真っ暗になった。
気が付けば、ベッドに寝かされていた。
先ほどの戦いで死んだとさえ思ったが、生きているようだ。
「ぐっ……」
起き上がろうとしたら、腹部に激痛が走った。
傷は残っていない。
精神的な部分で感覚が残っていて、脳が痛みの信号を誤信したのだろう。
これなら、痛みはすぐに治まるはず。
「おお、小並塔也よ、死んでしまうとは情けない。なんちゃって。大丈夫ですか、先輩」
「……天の試しは?」
レイナがこちらを覗き込みながら、冗談を言ってきた。
ただのシステムが質問に回答できるかは不明だが、訊ねてみた。
負けた以上、天の試しが失敗扱いになっていてもおかしくない。
その場合、再挑戦は100日以上開けねばならない。
「失敗かって意味なら、まだ続いてます。あの天使長に勝つまで続くようです」
「そっか。時間は……丸1日経ってるか」
日時を確認してみると、20時間近くも気絶していたのが分かった。
何があったのか思い出そうとするが、肝心のタイトルを忘れてしまった。
試練のタイトルは攻略のヒントにもなる。
忘れたまま放置するのは不味い。
「この試練のタイトルって、なんだっけ」
「……克己克服です。何度でも挑戦できるらしいので、休むならこちらの家を使ってください。他の人も入って来ませんので。邪魔になると悪いので、失礼しますね。何かあれば呼んでください」
克己は、自身の邪念や欲望の感情に打ち勝つという意味だったか。
それらに打ち勝ち、困難――あの天使長を越えろという意味だろう。
レイナが部屋を出て行ってから起き上がり、オレは準備を始めた。
外されていた装備を着けて、家を出る。
そして出た先にはクマーが居た。
「やあ小並ちゃん。天の試しに挑んだは良いけど、死にかけちゃったみたいだね。胴体に風穴が開いてて驚いたよ。防具はダメになってたから捨てておいたよ。どうせ修復できそうになかったからいいよね」
「……防具がダメになったって?」
言葉をそのまま意味で受け取るなら、あの戦闘でのダメージが本物だったということになる。
ならばなぜ、あの状況から生き延びているのか分からない。
それに現在着ている防具はなんなのか。
「防具は予備が1着だけあったんだ。補充はされないみたいだから、また挑む気なら武具には注意しなよ。それと傷の方だけど、西寺ちゃんが塞いだんだ。あの傷を塞ぐなんて凄いよね。なんというか、あの執念は恐ろしいぐらいだよ」
レイナはそこまで高等な回復魔法か能力を使えたのだろうか。
以前聞いた時は、自分のことを魔法付与士だと言っていた。
その系統の魔法には≪自己治癒力の強化≫の付与などもある。
だが、損傷した内臓を復元するほどの力は発揮できないはず。
「……まあ、いいか」
よく考えてみれば、魔塔が作り出したシステム的存在だ。
本人とは違う能力でもおかしくはない。
それよりも今は、あの天使をどう倒すかだ。
「そうそう、≪観察眼≫であの天使長を見たけど、レベル800だってさ。どうする? 倒すの手伝ってあげようか」
「8……」
オレのレベルは現在153。
天使長とやらの800とは6倍差ということになる。
高レベル同士の戦いは、どんな高等な能力を持っていても、4倍以上の差ができると絶対に勝てないとされている。
現在のオレ単体で倒せない設計にされているのだろう。
「ありがたい申し出だけど、遠慮しておく」
だが、クマーの申し出は克己に含まれそうだ。
甘言に乗れば、天の試しが失敗に終わってしまう。
それに、「手伝ってあげようか」の発言時、クマーのあざ笑うかのような笑みが少々癪に障った。
昔からクマーがよくする表情だが、こちらに向けられるのは嫌なものだ。
オレは出口へ向かうが、無策で勝てる相手ではない。
武具は転移で倉庫に移し、空手で挑む。
当然敗北するが、1手でも相手の動きを見極められたら上出来だ。
何も分からず1手目でやられたが……。
次に目を覚ますと、30分ほど時間が過ぎていた。
もの凄く痛い目にあったが、覚悟していれば耐えられないほどではない。
「やれやれ。勝てるわけないじゃないか。なんで1人で挑むのさ。頼れば簡単に勝てるのにさ」
「それで勝っても、失敗になったら意味ないだろ」
これは試練なのだから、楽な道を選んではいけない。
クマーの甘言も、受け取ると失格扱いになるかもしれない。
「にしても服がやばいな……」
「そうだね。その辺の家から貰っちゃえば?」
服に大きな穴が開き、血まみれだ。
3度目の挑戦をする前に着替えねばなるまい。
倉庫にもストックはあるから、転移魔法で呼び寄せることにした。




