16体目 天の試しへの挑戦
能力の進化とは凄まじいものだ。
まさしく格が違うのだと、実感させられた。
『レベルが1アップしました』
まだ≪生体具現≫へ至ってから1週間。
それでもこの短期間で、もうレベル110にまで上がった。
生体になったことで得た効果は甚大だ。
確固たる肉体を得たことが大きい。
作り出すために使用するエネルギーは大きく増えた。
しかし分身でも食事を摂ることが可能になったのだ。
活動するためのエネルギーを自前で補給できるのは大きい。
数多く、長い時間活動させることが容易になった。
だが分身を解除した際、色々と残留物が出てくるのは勘弁願いたい。
オレは文句を言われないために、木崎えもんに頼んだ。
すぐに処理できる場を用意してもらえ、この件は直ちに解決。
ついでに素材などを保管できる倉庫探しも協力してもらった。
これから必要になるであろう大量の食料庫を含め、2箇所だ。
それでも置きに行ったり回収するのは面倒だ。
ここはSPを多少使ってでも、対応できるようになった方が効率的になる。
生体具現をレベル2にした際、増強必要SPが10から20に跳ね上がった。
こうなっては簡単にはレベルを上げられない。
ならば長い目で見て、効率が良くなりそうな道を選ぶ。
8月下旬に入った頃。
ようやく準備は整った。
オレが選んだ物資移動の手段は、≪転移魔法≫を利用した方法だ。
転移魔法は難易度が高い。
失敗すると転移物が潰れたり、バラバラになったり……。
戦闘中に使えるような高度な魔法は、一朝一夕には修得できない。
オレが修得したのは、地点交換。
まずはAという位置と、Bという位置、両方に魔法文字で陣を描く。
その補助ありきで、AとBの空間を交換する形で転移させる方法だ。
こういう場合は魔法と言うより、魔術と言うのが正しいだろう。
繊細な魔術であり、生物を送ろうとすると座標がミリからセンチ単位でズレ酷いことになる。
レベルを上げれば、あるいは攻撃に転用可能かもしれない。
そこまでする必要があるかは疑問が残るが……。
転移を組み合わせた攻撃は強いが、強者ならば簡単に対応するはずだ。
消費魔力もそれなりに多いので、この物資移動を仕事にして稼ぐのも非効率。
それでも個人で使う分には便利だ。
なのでオレは、この手段を取った。
修得に時間は掛からなかった。
元々魔法が得意なのもある。
それに加え本体だけでなく、実体たちにも修行させることで効率化を図った。
魔法を使えるだけの余力を残す必要はあったが、それでも十分効率的だ。
体感では5倍ほどの速度で修得に漕ぎ着けたと思える。
1週間修行するだけでも、1ヶ月以上修行した経験が得られるわけだ。
次はとうとう、天の試しに向けての準備を開始する。
レベルを上げて、今の内にSPを使っておきたい。
転移魔法を安定化させるのも必要だ。
天の試しはこちらのステータスや戦歴に合わせて内容を作ってくる。
難易度はギリギリかつ壮大で、半数は脱落するよう調整されているらしい。
なので準備は意味がないとも言える。
しかしクリアした頃には、大きく成長していることが多い。
何かしらの報酬が貰えることもあると聞く。
なので準備はしておいた方が良い。
天の試しは大抵、挑む者の得意とする能力やステータスを伸ばす方針で作成される。
得意分野で成長する余地がある状態で挑戦しては、その成長分だけで終わってしまうかもしれない。
オレの場合、魔法関連か生体具現辺りだろう。
どうせ上を目指すなら、限界を超えてこそ意味がある。
オレはレベル115にして、SPを転移魔法に使い切ってから挑むことにした。
9月初週。
魔塔の1つの頂点とされる、100階層の頂上へとやって来た。
この階層も、事前に予約を取る必要は無い。
連絡を入れておいた方が都合が良いということなので、オレは連絡しておいた。
それにしたって人が多い。
日に挑戦する人数は10人前後居るはず。
なのに、門兵らしき人物以外にも多くの人が居る。
20人以上居る人たちは、国籍はバラバラのようだ。
地下入りする可能性のある冒険者を把握するための人員なのだろう。
「確認しました。では扉の奥へどうぞ」
天の試しには1人ずつしか挑めない。
部屋の中心にある台座に触れることで、能力やこれまでの戦歴を仔細に調べられる。
そして5分から15分前後待つと、挑む者が転移される。
個人に合わせた空間を作られ、その場で試しを受けるらしい。
数時間で試しが終わる者も居るが、1週間近く掛かる者も居る。
再起不能の傷を負う者も後を絶たないから覚悟が必要だ。
オレは数年前までは、こんな試練など受けたくなかった。
だが、現在では心境が変化している。
良い見方をすれば上を目指していると言える。
悪い意味で言えば、自暴自棄と言えなくもない……。
「……始めるか」
自棄とは言っても普段は隠れている。
本体を自宅で活動させるぐらいには安全重視だ。
しかし必要になれば、命を平然と賭けられる精神を持ち合わせていると自覚している。
命を投げ出したいわけではない。
ただ条件が揃うと、感情の制御が利かなくなるだけだ。
その条件下では理屈を無視して感情で動いてしまう。
『戦歴を確認しました。≪在りし日の現実≫を作成しました。≪天の試し≫を開始します』
「早いなおい」
一瞬だけだが驚いた。
台座に手を置くと、10秒もしない内に転移を開始した。
ありえないことだが、事前に用意されていたと思えるほどの速度だ。
思考が変なところに跳びそうになった。
開始された速さは気になるが、余計なことを考える暇はない。
≪在りし日の現実≫とやらの突破を考えねば、命取りになりかねない。
もうじき転移も終わる。
天の試しはもう始まるのだから、油断はできない。




