11体目 強制クエスト
≪強制クエスト≫というのが存在するのは知っている。
こちらの了承を得ずに突然始まるわけだが、前例は少ない。
報告に上がってるだけでも、100件に届くかどうかなはずだ。
「ちょっと待てよ……!」
ボス戦に備え、爆弾以外にも武器などは持ってきてある。
それでも、≪天使と悪魔の共演≫というタイトルは不味い。
2箇所に魔素が集まっているのを確認したオレは、部屋を脱出すべく走った。
「――っ!? 開かない!?」
ボス戦中でも中から開けることは可能なのに、開かない。
強制と言うだけあって、逃がす気はないということか。
「ゴアアアァァ――ッ!!」
「キュリュリリリ」
「やるしかないのか……」
振り向いたそこには、60階層と70階層のボスが居た……。
戦闘を開始してからどれだけ時間が経過したか分からない。
体感では30分ほどにも感じるが、実際は5分か、あるいは10分か。
オレは分身を囮にして逃げに徹した。
まずは行動パターンを調べる。
そして可能なら、同士討ちさせようとした。
60階層のボスは、大斧を持った羊のような赤い悪魔。
70階層のボスは、羽を武器とする2対の翼を持った天使。
両者共に3メートルと少しぐらいの大きさだ。
「こんなのどうやって倒せっていうんだよ……!」
なんとか戦闘速度には追いつける。
悪魔の攻撃は回避可能で、天使の羽は分身なら多少無視しても問題ない。
それでも連携は上手く、同士討ちは望めない。
さらに、耐久力が異常なまでに高い。
「このままじゃジリ貧だよな……」
天使や悪魔は、一定以下の威力の物理や魔法を無効化する。
無効化可能な威力は実力の6から8割ほどとされているから、本気でやれば届くはずだ。
オレの分身は現状、本体の8割ほどの性能しか発揮できない。
つい先日≪気力操作≫を修得したが、まだまだ修練不足だ。
実体具現もレベルを1つ上げた。
レベル8になった時点で、分身が分身を生み出せるようにもなった。
しかし≪気力操作≫が甘いため、性能を本体の6割も発揮できない。
現状出す分身の数は、2体がベストだ。
その2体に戦わせていたが、少しずつ消耗させられる。
「本体も出るしかないな……。行くぞ!!」
敵の攻撃は見極めた。
悪魔の攻撃は威力が高いだけで、分身を1体囮にすれば問題ない。
問題は天使。
天子は数多くの羽を操作して、四方八方からの攻撃が可能。
威力は低めだが、回避や防御は楽ではない。
『盾!!』
「りょーかいっ!」
魔力を言霊として口にしたから、短い言葉でも意思を伝えきれる。
分身は意思を汲み取り、オレと協力して風魔法を発動。
風のバリアを球体状に張りつつ移動する。
羽を弾き飛ばすも、その音は恐怖を駆り立てる。
ただの羽だというのに、金属のような硬質な音が聞こえてきた。
「……いまだ!」
オレは分身を踏み台にして高く跳躍。
分身は武器をこちらに投げさせてから解除。
本体は落下に合わせ装備している刀を振り抜いた。
分身を消して高めた魔力を纏った、落下の威力を乗せた一撃だ。
その攻撃は天使の翼の付け根に当たり――刀が折れた……。
「――なっ!?」
ダメージが無いのは予想外。
反撃に回し蹴りをされ、予定していた着地地点からもズレてしまった。
「ぐっ……!」
「グォアアァァ!!」
「やばいな……」
悪魔が斧を振りかぶりながら突進してきた。
オレは咄嗟に分身をありったけ出して守りに使う。
しかし、着地地点がずれたために武器を回収できていない。
身1つ……この場合身5つと言うべきか。
魔法使い型であるオレの分身4体では、高威力の攻撃は防ぎきれなかった。
本体に命中こそしなかったが、風圧のみで5メートルほど転がされた。
ダメージこそ少ないが、体力を一気に消耗したのが原因だ。
「うぐっ……がっ!?」
急いで起き上がったところで、背中に羽が突き刺さる。
歯を食いしばり、頭を下げつつ耐える。
――こんな時、みんなが居たら庇ってくれたんだろうな
そんな、思いがけない言葉が頭の中を過った。
こんな時でも――こんな時だからこそ、仲間に頼りたい気持ちが表に出てきた。
とうの昔に無くなったはずなのに、仲間へ期待する気持ちは消えていなかった……。
「はは………………っ。ふざけんな……!」
気付いた時には失笑していた。
そして魔力が噴出す。
怒りは、自分自身への甘えに対しての感情だ。
オレは後続の羽を全て吹き飛ばし、胸の前でボールを掴むような位置に両手を構える。
「ゴアアァァ……アッ……!?」
すぐ傍にまで来ていた悪魔は、大斧を振り上げている。
しかし振り落とすことは叶わない。
これだけ近ければ、分身を背後に出現させることも可能だ。
分身にしがみ付かせ、攻撃を強引に止めた。
オレはありったけの魔力を両手のあいだに集中させた。
極限まで圧縮された魔力は制御しきれず、オレの手まで凍らせ始める。
「たとえ独りだろうと、負けてられるか……!!」
限界まで溜めた終え次第、両手を前に突き出し魔法を発射。
ほとんどゼロ距離で放たれた氷の魔法は、容易く悪魔の深部まで到達した。
「グオォ……アッ……ガ……」
「…………っ!」
深部まで届いた氷魔法は、表皮から凍らせるのとはわけが違う。
体内で暴走する魔力は、あっけなく対象の体温を奪い取る。
完全に凍りついたところで、オレは力を込めた。
悪魔は粉々に砕け散り、その破片は光を乱射させフロアを照らす。
『レベルが1アップしました』
オレは息を切らせながら振り返る。
そこには羽を準備万端に整列させた天使が構えていた。
「キュララララ――!」
一斉射撃で飛んでくる羽を、オレは見ることしかできない。
体力も心の力も使い切ってしまった。
レベルが上がっていなければ、立っているのも難しい。
数秒で回復するようなものでもない。
ここまでか――そう思った時。
『クエストを終了します』
魔塔からのシステム音と同時に、オレの周りに薄緑色のバリアが現れた。
羽を防ぎ終わると、70階層ボスの天使も消える。
『結果を判定……61階層から70階層の挑戦権を獲得しました』
「それだけ……かよ……」
天使から受けた傷は決して浅くはない。
背後では扉の開く音が聞こえてくる。
「結局……勝てなかったか……」
精根尽き果てたオレは、そのまま倒れて眠ることにした。




