マイナス1体目 活動開始
これはまだ、冒険者になる前の話になる。
夢を見た……。
雲の上まで果てしなく伸び、頂点が見えぬ巨大な塔があった。
塔の様々な魔物と戦い、最上層の最上階へと進む夢。
仲間と共に辿り着いたその先で、世界が光に包まれ目が覚める。
時々見る夢なのだが、この日はやけに鮮明だった。
その夢を見た前後の日には、記憶の齟齬を感じることが多い。
違和感を感じる多くのケースは、隣を歩く小学5年生の頃に転校してきた女の子――≪絆地 のぞみ≫と一緒に居た時だ。
この世界の方が夢で、本当の自分は別の世界の住民なのではないかと錯覚させられる。
事の発端は、オレが中学1年生の頃から始まる。
まず、家族が謎の失踪をした。
しばらくすると、絆地家へと居候させてもらうことになる。
しかし時間が経ったある日、人間関係に嫌気が差し学校へ行かなくなった。
思い当たる原因はいくつかある。
家族が失踪したのは原因のひとつだ。
その上、周りの人物全てが作り物のように感じてしまい、気持ち悪くなることが時々あった。
コミュニケーション能力が高いとは言えないオレは、それを機に家に引きこもったのだ。
のぞみは毎日部屋にやってきた。
途中経過は省くが、オレの心を開こうと自身の夢を語り始めた。
要約すると、"人助けをしたい"だ。
のぞみは自己評価が低い。
「取り柄のない自分でも誰かの役に立てたら、自信を持てる」、ということらしい。
自身を蔑ろにするアンバランスな姿には、不気味さすら感じた。
それでも、嫌いにはなれない。
「それで、冒険者になろうかなって思ってるの」
「危ないし、2人とも許してくれないだろ」
冒険者の活動は、人助けになる面は多い。
しかし命を失う可能性が多少なりある職業だ。
両親が許すはずがない。
だが、それは想定内だったらしい。
「だからね、塔也君にも一緒になって欲しいの。塔也君、将来は冒険者になりたいって言ってたよね。パパやママも、一緒になるなら良いよって言ってくれたの」
「…………放って置いたら死にそうだもんな」
勿論、オレを外に連れ出すための口実でもあるのだろう。
だがのぞみも冒険者に興味がないわけではない。
ここで拒否してもいずれは冒険者になるはず。
仮にオレが拒否しても、また毎日部屋にくる日々に戻るだけだ。
それを面倒に感じ、渋々といった感じに冒険者になることを了承するのであった……。
駅から徒歩5分の場所に、魔物退治を生業とする者達が集う建物がある。
隣にのぞみも居る。
「塔也君! ≪冒険者ギルド≫が見えてきたよ!」
現在は5月下旬。
冒険者登録をするには少々時期外れだ。
「少し緊張してくるな……。書類は持ってきた?」
「うん! 大丈夫……!」
日本の法律では、中学生から冒険者になれる。
しかし義務教育の終わっていない年齢だ。
保護者の同意は必要になる。
中学2年生のオレたちは、入学早々に登録する人より遅れていることになる。
時期も、新人が多い4月からそれなりに経過している。
新規のパーティーを組み易い時期を逃してしまったのだ。
「受付、空いてたね」
「時期外れだからな……。2人で進むには丁度良いけど」
「冒険者になれたら、一緒に頑張ろうね!」
日本で冒険者の資格を得るには、軽いテストや面接を受ける必要がある。
武器を持つわけだから、ある程度の選別をするんだとか。
知識や良識面で落ちるというのはあまり聞かないが、実技で落とされる人は結構いるらしい。
お金を払い事前に講習を受けることも可能だ。
時期が良いのか悪いのか、オレたちはマンツーマンに近い形の講習を受けた。
講習中に動物型の魔物にトドメを刺す訓練がある。
攻撃するのに抵抗はあったが、なんとかなった。
多少の罪悪感は残る。
今後は見た目が動物なのと戦うのは、可能な限り控えたいものだ。
講習のお陰で試験は楽に通過した。
書類を出し終えれば、冒険者の仲間入りだ。
中学生には活動制限がある。
平日は訓練以外の冒険者活動は禁止。
土日は担当の先輩に付き従う。
晴れてレベル21に至れば、1人前として独立可能となる。
21になっても1年間の期間内なら、そのまま先輩に付き従うのも自由だ。
時刻は土曜日の午前。
武器は用意してあるので、早速狩りを始める予定だ。
「今日からあなたたちの指導を任されている≪東 智恵≫です。よろしくね」
担当を任されるのは、5年以上の活動期間を経たレベル40以上のベテランのみ。
オレたちの担当してくれるのは、今年高校生を卒業した女性。
レベル57の、薔薇色の髪を伸ばしている綺麗な人だ。
レベル21まではSPを使えないので上げるのに苦労する。
稼いだ20のSPも、上限解除に使う。
そのためレベル21以降もレベル上げは大変だ。
レベル40はひとつの壁になっているらしい。
「ええと、武器は小並塔也君が短剣と槍。絆地のぞみさんが弓と短杖ね」
オレの槍は、メタルラックのポールのような何かだ。
冒険者用に加工されていて、安くて軽くて丈夫。
ネジのようになっていて、先端を変えることで槍やハンマーとしても使える逸品だ。
本格的な武器に比べると脆くはある。
だがメンテナンスが楽で、消耗品扱いとして何度も購入することを想定されている。
初心者や低階層の冒険者が好んで使う品らしい。
「先生は、剣……細剣ですか?」
「軽めの片手剣ってところかな。突きより斬りが主体で、速度が欲しいから細くしてるの。じゃあ説明はそこそこにして、早速行こうか!」
こうして、オレたちの冒険者としての活動が開始した。