マイナス16体目 新たな芽生え
オレが何に対し怒っているのか、きっとのぞみは理解が及んでいない。
それが分かっていても、もう話したくなかった。
今の精神状態ではたとえ何を言われても、逆効果でしかないと自分でも解かっているからだ。
オレは財布や冒険者カードだけを持ち家を飛び出した。
玄関まで追って来たのぞみは風の魔法で跳ね飛ばし、付いて来るなら容赦しないと宣言した。
だがのぞみのことだ。
時間が経てば覚悟を決めて、また追って来てしまう。
オレが見つからなければ、次は知り合いに片っ端から電話を掛けるはずだ。
これからどうするか思案して、思考を投げ出しくなった。
だが嫌でもやらねば、余計嫌な目に遭う。
意を決し、まずはお世話になっている現在の保護者に連絡を入れた。
知り合いに泊めてもらうと伝え、のぞみを引き留めるよう頼んだ。
次に清川に連絡を入れるも、留守電になっていた。
この件に絡んでいるクマーに連絡を取ろうと思えるはずもなく、木崎さんに電話を掛ける。
『もしもし小並君? こんな時間にどうしたの?』
「もう遅い時間だけど、今って時間ある?」
『ええ、平気よ』
本当は頼みたくはない。
1人で居たいが、今後のことを考えれば仕方ない。
「家を飛び出しちゃってさ。これから会って話せない? 今日泊まる場所もないんだけど……」
『はぁ!? 家をって……。あなたねぇ……。まあいいわ。迎えに行くから、場所を教えてちょうだい』
気を使うような間柄でもないため、遠慮なく頼める。
そのまま迎えの車がやってきて、乗り込んだオレは市外へと離れてゆく。
そして、のぞみと居合わせるタイミングでは二度と帰宅することはなかった。
到着後は使用人を退出させてから、理由を訊ねられた。
オレはこれまでの経緯を話す。
しかし、のぞみとの会話の内容や心情は言わない。
「――で、家を出てきたんだ」
「…………酷い顔してる。何か隠してることがあるでしょう」
「……」
流石は小学生の頃、一番迷惑を掛けたであろう人物だ。
オレが自棄になっているのを容易く見抜かれた。
「話したくないなら別に良いけど、これからどうする気なの?」
「……今は1人になりたい。もう誰とも関わりたくない」
正直、小学生の頃のように拳が飛んでくるのではないかと思った。
他者との喧嘩などで不貞腐れると、問答無用で殴られたものだ。
ところが木崎さんに動きはなかった。
「………………良いわ。部屋に案内させるから、そこで休んで頂戴」
長いこと沈黙した後、オレの気が楽になる対応をしてくれた。
その後も、何も聞かずに何日も滞在させてくれる。
オレは落ち着いてから、今後どうするかを考えた。
帰宅するのは論外。
学校に行くのも、のぞみとまた会ってしまう。
着信を拒否しているのに、直接会ってしまえば意味がない。
なので退学して、1人暮らししようと思っていると伝えた。
だが返答は、「高校は卒業した方が良い」だった。
会いたくないなら、自衛隊の特別な学部に転属したらどうかと提案される。
校舎も別で住み込みもあるから、基本的に会わずに済むらしい。
少し思うところはあったが、提案を受け入れた。
まず、思ったより気軽な内容だったからだ。
決め手は、本当に嫌になれば、その時は遠慮せずやめれば良いと言われたから。
それに1人暮らしをするにしても、失踪した両親の財産に手を付けたくなかった。
学費などが免除される待遇は、今のオレには魅力的だった。
耐えられそうになければすぐに辞めてやろうと思っていた。
ところが良い意味での切っ掛けができるまで、滞在することになる。
編入のタイミングは本来の時期からややズレているが、問題はなかった。
スカウト組みと言われる場所は、ほとんどは高校2年から入る場所なのだ。
別の学年の者も一定数在籍している。
18歳になるまで正式な入隊はできない。
編入後は、基礎訓練や勉強の期間だ。
ここはいわゆる一般応募では辿り着けない、41階層以降の挑戦権を持つ者たちが集まる場だ。
40階層のボスは霊体系のボスであり、物理攻撃を無効化する。
30階層までは兵器が通用するが、その先のボスは兵器だけでは厳しくなるのだ。
スカウト組みは、一般応募と違い魔塔自衛隊の幹部候補といった扱いだ。
高校1年から本格的に活動が開始されるため、この1年間で41階層以降に辿り着いた者は大体スカウトされる。
2年生が多いのもそのためだ。
オレも過去に誘われた覚えがある。
本来は自衛隊入隊後に行われる3ヶ月間の基礎訓練は、在学中に終わらせる。
これにより、卒業後早々に配属されるわけだ。
残りの期間で、適性や本人の希望に会わせ訓練や勉強を重ねる。
卒業後は≪入隊≫を希望するか、≪就職≫を希望するかを選べる。
就職を希望する場合は冒険者ギルドへの推薦など、支援してもらうことが可能だ。
オレは当然、就職を希望する。
寮の部屋は2人1組で、狼の獣人と同室。
名はビデオだかDVDだか、そんな名前だったと思う。
卒業後早い段階で忘れてしまった。
卒業後就職を選んだ理由は2つある。
1つは、やはり性に合わないと思ったから。
もう1つは、オレに新たな能力が現れていたからだ。