マイナス15体目 決別
鬱注意
それは一日の授業が終わり、放課後になった時のこと。
「今日は予定も入ってないし、このまま帰るか」
「ごめんね。今日はクマ君たちとの約束があるの」
「クマーと? なんの?」
パーティーを組んだり抜けたりするのは、書類をギルドに提出する必要がある。
クマーと清川とは、昨日契約を解除した。
しかしのぞみとは、まだ組んだままだ。
解散して即日会う約束をしたとあっては、あまり良い用事だとは思えない。
「絆地ちゃんとパーティーを組むためだよ、小並ちゃん。居ない場所で話そうと思ってたんだけど、隠せるようなことでもないし、ここで言っちゃおうか」
「…………」
のぞみが答える前に、クマーが後ろからやってきた。
オレに気を使おうとしたのだろうが、結局はこの場で話すつもりのようだ。
「友達だからこそはっきり言うけど、小並ちゃんはこのままじゃ足手まといなんだ。それは絆地ちゃんにとっても同じだよ。このまま2人でパーティーを続けようだなんて間違ってる」
図星を指された。
確かにのぞみの才能を伸ばすなら、オレと共に居るべきではないのだろう。
クマーからの追及は、棘は有るが間違っていない。
「絆地ちゃんだってまだまだ上に昇れるだけの才能があるんだ。それを潰すなんて、キミだって望むところじゃないだろう? それとも小並ちゃんは、私情を優先して稀有な才能を潰す気かい?」
「クマ君、なにもそこまで言わなくたって……!」
のぞみには才能がある。
しかしオレは、2年前に約束した通り一緒に活動を続けたいと思っている。
身勝手な考えなのは分かっている。
それでも……。
のぞみの才能を潰すことになっても、一緒に居たかった。
だがそのことを口に出せば、これまでの関係ではいられなくなるかもしれない。
もし断られたらと思うと、口には出せなくなった。
「悪いけど言わせてもらうよ。小並ちゃんは仮にここから別の道に進んでも、結局は中途半端だ。≪実体分身≫を得られたなら十分に伸びるんだろうけど、まだ芽すら出ないじゃないか。余ってるSPを≪分身≫つぎ込めとは言わないけど、けじめは付けるべきじゃないかな」
「けじめか……」
クマーが言うように、魔法に進んでも今からでは遅い。
大きく出遅れている状態では、他の才能のある者の劣化になる。
そろそろ力の差を誤魔化すのも、限界なのかもしれない。
のぞみとの関係も、けじめを付けないといけない時期だ。
中途半端な状態で居られる期間は、もう終わり。
0か100か、はたまた別の答えが返ってくるのかは分からない。
それでものぞみには、オレの居ないパーティーで活動して欲しくない。
「のぞみは――。オレはのぞみとは目指してる場所が違う。智恵さんには悪いけど、天の試しなんて受けたくない。それでものぞみと一緒に、冒険者を続けたい。それがオレの答えだ……」
これがオレの出せる、精一杯の告白だ。
最初はのぞみに回答を丸投げしてしまおうと、口に出しそうになった。
しかし逃げの選択は呑み込んで、オレの気持ちを伝えた――はずだ。
のぞみが上を目指さないなら、適当な階層で一緒に活動するのも良い。
もし望まれるのであれば、時間を掛けてでも一緒に上を目指しても良い。
だが、オレの望む答えは返ってこなかった……。
「……ごめんね。私も塔也君と一緒に続けたいけれど、頂上を目指したいの。智恵さんが何を想ってたのかは分からない。でも、だからこそ諦めたくない」
「……そっか。ならパーティーを組むのも、ここまでだな」
オレと活動を続けたいとは言ってくれている。
だがそれは二の次だ。
のぞみには優先したい想いがあるのだろう。
相反する活動方針を掲げているなら、どちらかが譲るしかない。
しかしオレは、譲れるだけの実力を持ち合わせていない。
のぞみが時間を妥協して、共に頑張ろうと言うならオレも諦めない。
だが、「オレと続けたい」と「頂上を目指したい」は、別の括りにされている。
ならば引き止めるのではなく、背中を押すべきだ。
「オレは1人でも戦えるから、のぞみも頑張れよ。助けになれることがあるなら、その時は協力するから……」
オレは帰宅するために歩行を開始した。
後方から何か言われていた気もするが、内容は頭に入ってこなかった。
自室に着き次第ベッドに倒れこみ、冒険者カードを取り出した。
オレは今日、冒険者としての活動などどうでもよくなった。
上に行けるだけの実力がないのなら、目標など有って無いようなものだ。
溜め込んでいたSPも、投げやりに分身の強化に使用した。
まずは10ポイント使う。
能力レベル30の、残りSP15となる。
性能は大きく向上しても、能力は進化しない。
レベル40。
性能は向上しても、実体分身の芽すら出ない。
そしてレベル45。
強化に必要なSPは相変わらず1のまま、当然のように性能すらも変化しなくなった。
「くそっ……! どの道、ダメだったのかよ……」
たとえ早い内にSPをつぎ込んでいても、同じ結末だったと思い知らされた。
これだけならまだ、諦めも付いたことだろう。
しかしオレの心を壊す出来事が起きるのは、ここからだった。
夜中の遅い時間、のぞみと2人きりになった。
これで諦めも付くと思い、オレはSPを使ったことを告げた。
「――ってわけで、結局ダメだった。性能が上がる気配すらなくなったし、頭打ちなんだろうな……」
「きっと大丈夫だよ! レベル50になれば実体だって……。私も手伝うから、もう一度頑張ろ!」
手伝うとは言ってくれるが、もう十分頑張った。
これ以上時間を費やすのは不毛にしか思えない。
「オレはもう良いよ。のぞみこそ頂上を目指すんだろ? なら、足踏みしてる暇はないはずだ」
「それは……ごめんなさい。私、嘘をついてたの」
「嘘……って、何が……」
理解が及ばず、訊ねてしまった。
あんなことになると分かっていたなら、聞くべきではなかったと後悔することになる。
「頂上を目指したいのは本当だけど、塔也君と一緒に行きたいの。塔也君に、智恵さんが言ってた、「頂上にたどり着いて」ってお願いを、聞き届けて欲しいかったの」
「なんだよ……それ…………」
結局のところ、オレの都合より智恵さんの遺言かどうかも怪しいお願いを優先している。
死者からの頼み事を大切にするのはいい。
しかし、なぜもっと早く言ってくれなかったのだ。
のぞみからの頼みであるなら、オレは喜んで頂上だろうがなんだろうが、目指すというのに……。
怒りよりも、悲しさばかりが積もってゆく。
「なんで嘘なんて吐くんだよ。あんな大事な場面で……!」
「どうすれば実体分身を覚えさせられるのか、クマ君に相談したら……ううん。クマ君の責任じゃないよね。私が塔也君に、智恵さんの想いに答えて欲しかったの……。そのためには、他の人には無い特別な力が必要だって思ったから……!」
のぞみは、真っ直ぐ真剣な眼で見てくる。
しかしオレには、最悪な気分しか与えられなかった。
どこまで行っても智恵さんのことばかりだ。
オレのことを、想っていないわけではないのだろう。
しかし「智恵さんの想いに答えて欲しい」とは、つまるところオレに対して恋愛感情を抱いていないと宣言されているようなものだ。
何より、大切な気持ちを嘘で否定された。
さらには自己満足のために利用しようとまでしている。
あろうことか、否定していたのを無しにして、もう一度頑張ろうとまで言うではないか。
深く聞けば、ただのすれ違いや誤解なのかもしれない。
だが当時考える余裕など無かったオレは、オレの想いへの否定として受け取った。
「ふざけんなよ……」
悪意はないのだろう。
それでもオレの心は、打ち砕かれた。
この世で最も信じていた人に信用も信頼もされず、挙句の果てには人生を左右するような場面で嘘を吐かれた。
もうオレは、何を信じれば良いのか解からない……。
「失せろ……」
「塔也君?」
「この場からさっさと消えろって言ってんだよ!! こんな想いをさせられるなら、お前とも、他の誰とだって組むんじゃなかった! もう二度と、パーティーなんて組むもんか……!」