マイナス12体目 約束
「智恵……さん……?」
「……っ、ああぁぁ――っ!!」
のぞみが呆然と呟き、智恵さんは貫かれたにも関わらず反撃した。
魔物を拳で吹き飛ばし、しかし貫いていた鎌まで抜けてしまう。
傷口から血が溢れ、落ちている武器を拾おうとしてそのまま膝をついた。
武器を杖代わりにして立ち上がろうとするも、動かない。
このままではダメだと悟ったのか、智恵さんはお腹の傷に手を当てて魔法で治療を開始した。
しかし出血量は減っているが、簡単には治せないようだ。
「しくじちゃったなぁ……。結構まずいかも……」
――どうする。
そればかりがオレの頭の中を埋め尽くした。
だが答えは出ない。
「シュナイダー!! 今のうちに避難するぞ!!」
「え……? あ、ああ……! のぞみ! 智恵さんを……!」
「う、うん!」
清川の声で我に返り、両側から智恵さんを引き上げる。
止血したいが、現状では対応中に魔物に襲われてしまう。
多少の出血は我慢してもらい、急いで進む。
後方から魔物が何匹も追ってくるのが解かる。
しかしそれらは、クマーが対処してくれた。
しばらく進み、最初に力尽きたのは智恵さんだった。
「……ごめんね。もう限界みたい」
力が抜け、疲労しているオレたちでは支えきれなかった。
共に地面に伏し、動けなくなった。
「……少し距離ができた。のぞみ、智恵さんの止血をしてくれ」
オレは智恵さんをのぞみに任せ、懐から冒険者カードを取り出した。
そして2つ余っているSPを、≪体力≫と≪魔力≫の強化に使用する。
「もういいよ……。私のことは置いて逃げて……」
「そんなことできません!! 絶対みんなで生きて帰るんだから……!」
「そういうこと。このぐらいの出血、耐えられない智恵さんじゃないでしょう」
気力と体力が一般人1人分増え、再び動けるようになった。
のぞみの励ましに同調して、武器を構える。
「シュナイダー。大丈夫なのか」
「ああ。先を急ごう」
正面からくる蜂の魔物は横に払い、再び智恵さんを支えた。
街のある方角に向かっているため、魔物が現れる回数は減っている。
後方には溜まっているが、これなら間に合うはずだ。
「最後まで一緒に行きたかった……な。今度こそって思ったけど、やっぱりダメだった……」
「……?」
智恵さんは意識が朦朧としているようだ。
よく分からないことを言い出した。
「……塔也君、きっと頂上にたどり着いて、願いを叶えてね……」
「……願い? 智恵さん気をしっかり持って! もう少しだから!」
遠くに街が見えて来た。
自衛隊らしき人溜まりも見える。
「もう目もよく見えないけど、この辺りだよね……。塔也君」
「智恵さん……?」
智恵さんが突如、のぞみの支えから逃れた。
そのままオレの背中に、やさしく腕を回してくる。
「……また……ね」
最後の力を振り絞った智恵さんは、膝から崩れ落ちた。
オレの初めてのキスを奪っていってから……。
救援は、智恵さんが崩れ落ちてからすぐに来た。
だが、間に合わなかった。
レベル60もの人間なら、しばらくは耐えられそうな傷だった。
しかし死亡した原因は、外傷によるものではなかった。
治療中に判明したのだが、遠くから狙撃されていたらしい。
弾が体内に残っていて、そこから魔力操作すらも阻害する猛毒が検出されたそうだ。
その時は、少しでもクマーのことを疑った自身を呪いたい気分になった。
狙撃した人物はまだ逮捕されていない。
なぜ攻撃してきたのかは、いまだに不明だ。
後日、オレは学校の屋上に呼び出された。
この場には、他にはのぞみしか居ない。
「塔也君……ごめんね」
「のぞみの責任じゃないだろ」
悪いのは人の命を食い物にする奴等だ。
自分が上手くいかないからといって、他人の足を引っ張ろうとする者も少なくない。
そんな連中に邪魔をされたくない。
だがのぞみが望むなら、冒険者をやめるのもひとつの道だ
「のぞみはまだ、上を目指したいって思ってるか? 良いことばかりじゃないぞ」
「……うん。私なんかじゃ上手くできないかもしれないけど、それでも人の役に立てるなら……」
強くなれば、賛辞を受けるだけでなく悪意も受ける。
それを見せつけられても、のぞみの意志に変化はないようだ。
「なら、もっと知らなくちゃな。この先はレベルを上げるだけじゃダメだ」
「……塔也君も、一緒に来てくれる?」
答えは最初から決まっている。
冒険者になった理由も、それが始まりなのだから。
「のぞみが人助けを望むなら、どこまでだって一緒に行くよ。放っておけないしな」
「えへへ。なら約束だよ? これからもずっと一緒だって」
「……ああ。約束するよ」
この約束がオレの心を砕く原因になることは、この時は欠片も思っていなかった。
そして分身に関しても、智恵さんの件が強く影響した。
この事件を切っ掛けに実体を修得し辛くなっていたことに気づけたのは、遥か先のことであった……。




