マイナス11体目 悪手
≪苦魔≫。
それは自身が受けたダメージの分だけ呪いの威力が上がる能力だ。
これまで使ってきた敵の動きを阻害する呪法と合わせることで、その真価は発揮する。
「ヒィ!」
「平気平気。もうこの子はボクのペットだからね」
『動きを阻害する』――その効果は死体に使うと効果が変わる。
同じ効果の延長線上ではあるが、敵を操作することが可能となったのだ。
先週、クマーは能力を鍛えるために魔物の死骸を酷使していた。
倫理的に許せる範疇を超えていたから、できることなら使わないで欲しいと頼んだ。
その時は明るい表情でオレに賛同して、死体の使用をやめてくれた。
流石のクマーも、死体をもてあそぶのは否定派なようだ。
「シュナイダー! この状況、どうする!?」
「避難優先! 他の救援がくる可能性が高いから……あっちの方角に煙弾撃ってくれ」
「よしきた!」
清川は荷物から発煙弾を素早く取り出し撃つ。
オレはその間、負傷している男性を支えるのに最適な人物を考えた。
「クマー……じゃないな。清川が支えるの手伝ってくれ! クマーは魔物を殿にして壁に! オレとのぞみは進行方向の敵を削る! 囲まれないよう注意しつつ進むぞ!」
「任せろ!」
「うん!」
「……了解」
清川とのぞみからは良い返事が返ってきたが、クマーの声が小さい。
魔物の操作にそれだけ集中力が必要ということだろうか。
重傷者の簡易的な止血を終え移動を開始。
だがやはり、オレたちではレベルが足りない。
数分もしたら魔物に囲まれて、身動きができなくなった。
ギルドに救援の申請もしたから、助けは時期にくる。
オレたちは救援がくるのを信じ、待つこと10分少々。
進行方向の魔物が複数同時に切り裂かれ、その人が現れた。
「お待たせ! 助けに来たよ!」
「「智恵さん!!」」
のぞみとオレの発言が重なった。
救援に来てくれたのは、奇遇なことに智恵さんだ。
ゲート発生時の避難援助は、高レベルの冒険者が行う。
ギルドに登録しておけば、その者のレベルで対処できる範囲で依頼が回るシステムだ。
避難が完了した頃には自衛隊も到着し、魔物の殲滅が開始される。
「こんなところで会うなんて奇遇だね。状況は?」
「重傷者1名。クマーと清川はほぼ戦闘不能。オレとのぞみもかなり消耗してる……!」
状況はかなり悪いように見える。
しかしこの階層の安全マージンはレベル27。
レベル60を超える智恵さんなら、苦もなく倒せるはずだ。
「オーケー、了解! 急いだほうがよさそうだね」
戦闘が開始された。
智恵さんの本気はまさしく縦横無尽。
≪飛翔≫により3次元的な戦闘を可能とし、オレでは動きを捉えるのも難しい。
そのまま周りの魔物を一掃――できなかった。
「……え?」
疑問の声は、誰が発したものだろう。
オレなのか、あるいはこの場に居る全員か……。
空を舞っていた智恵さんは、突如制御を失ったかのように落ちて来た。
「「智恵さん!!」」
「……ごめんね」
悪手だと分かっていても、オレとのぞみは駆け寄った。
智恵さんは着地とも呼べない酷い落ち方をした。
武器を落とし頭を抱えている。
寄っている最中、クマーの謝罪が聞こえた気もする。
なぜ謝罪したのか解からず、疑いの念を持ってしまった。
「あれ……? おかしいな。体が上手く動かないや」
「小並ちゃん!!」
クマーの声に反応して、とっさに身を翻した。
ありったけの魔力を注ぎ、迫ってくる魔物の鎌を斬り裂く。
「危なかっ……!?」
何とか対処はできたが、魔力を使いすぎた。
体力も残り少なく、眩暈にあらがえず跪き地面に手を着く。
「塔――」
「まだだのぞみん! 次がくるぞ!!」
何が起きたのか、よく分からなかった。
頭上で聞こえた音から察するに、のぞみが迎撃した。
しかし魔物を止められなかったのだろう。
オレは眩暈から多少回復し、顔を上げた。
そこには、大型のカマキリの鎌に貫かれた智恵さんが映った……。




