マイナス10体目 ゲート
夢を見た。
いつものように、魔塔の頂上へと進む夢を。
ただし登場人物がいつもより鮮明だった。
起きた頃に覚えていた面子には、智恵さんとレイナが居た。
他にも2人ほど仲間が居た気がするが、顔と名前は覚えていない。
きっと身近な人を、夢の中の登場人物に当てはめているだけだろう。
出てきた中にはクマーも居て、敵側らしき立ち位置で登場した。
そして智恵さんは、最上階を目指し塔を昇る最中に……よく覚えていない。
最上階の部屋の前では居なくなっていたから、途中で何かあったのだと思う。
目が覚めから夢の内容を思い出している最中、部屋の扉がノックされた。
「塔也君~。朝ごはんできたってー」
「あーい」
オレは気の抜けた返事をして、ベッドから起き上がった。
ボス戦から1週間経ち、現在は疲れも取れた。
分身いっきに上達して絶好調だ。
負傷していたクマーは実のところ、骨が折れていた。
しかし病院で回復魔法を施され、翌日には退院している。
分身の能力はレベル10にまで上がって成長の勢いが止まった。
残念ながら実体分身は出てこない。
レベル10にするために必要なSPは、初期では3だった。
これまでは1だったのが3に増えていたから、期待していた。
それでもレベル10なっても大きく性能が向上しただけで強いとは言えない。
現在では一応3体まで虚像を生み出せる程度だ。
「塔也君。今日から冒険者活動を再開するんだったよね?」
「ああ。これまで通り、比較的安全な階層でな」
安全というのは、治安的意味合いも含めている。
世界中から血気盛んな冒険者がくるものだから、魔塔内部では血なまぐさい事件が後を絶えない。
特に巻き込まれる確率が高いのは、レベル21から40ぐらいだ。
なので可能な限り、日本保有の階層で活動したい。
調子が良くても慎重になるぐらいが丁度良い――。
そんな風に考えてはいても、その時の認識は甘かったとしか言えない。
翌週の土曜日。
オレたちは現在、17階層に居る。
先週は13層と15層で試し、十分な戦果を上げられた。
17階層でも十分戦えると判断して少し高い階層にしたわけだ。
そして今日の狩りも前半を終了する間近のこと……。
『レベルが1アップしました』
オレのレベルが上がり、やっと23になった。
緊急クエストの幻影たちは、多くの経験値を保有していた。
しかし分身を使っていたからなのか、オレだけ大した経験値を貰えず終い。
現在は全員にレベル2つ3つほど離されている。
「やっと上がったか……」
「おめでとう! 塔也君」
安全マージンよりやや上の階層に来ているため、疲労が大きい。
多少危なくてもこの階層に来た理由は、人が多かったからだ。
11から20階層は活動している冒険者が多い。
そのため狩りがはかどらず、全員の同意を得て上層へ来たのだ。
「おめでとう。少し早いがそろそろ戻るか?」
「そうだな。人が多いのに、魔物も多すぎる気がするし」
清川の提案に沿い、帰宅を決断した。
魔物が多いと感じた場合、ギルドに通知を送る義務がある。
なので冒険者カードを取り出そうと思ったら、先にクマーが動いた。
「ゲートでも開いてるのかな? ボクが通知送っておこうか」
「ああ。よろしく」
今回はクマーが送ってくれるから、パーティーメンバーのオレは送らない。
このギルドへ送られた通知の統計で、ゲートが発生しているかどうかの判断がされる。
発生源が確認され次第、その階層に居る冒険者に一斉に通知が入る。
離脱するパーティーが急増すと、魔物に囲まれる可能性が上がる。
逃げ遅れないように、魔物が増え始めたら早めに避難するのが定石だ。
「狩れる数が少ないから上でも安全だったけど、増える前にさっさと帰るべきだな」
「うむ! 俺もその意見に賛成だ!」
「オッケー! 通知送ったよ」
「……ねえ、アレって救難信号のけむりだよね?」
「送った」というクマーの発言と同時に、のぞみが発煙弾のけむりに気付いた。
音がしないタイプを使ったようで、オレは気付かなかった。
「結構近いな。300メートルといったところか」
「行こう! 助けてあげなきゃ!」
「おい待てのぞみ!」
「でも! 放っておけないよ!」
清川が言った距離を聞いたのぞみは、走り出した。
静止させる声も受け入れる様子はない。
「あーあ……。二次被害にならなきゃいいけど。小並ちゃん、絆地ちゃんが見えなくなるよ。どうするの?」
のぞみが走ったまま返答して、木に隠れて見えなくなってゆく。
どうするもなにも、答えはひとつしかない。
「まったくこれだから……。低レベルが出しゃばる場面じゃないだろうが……。追うぞ!」
「勿論だ!」
「オーケー!」
暴走するのぞみを放って置けるはずもない。
こういうことがあると分かっていたからこそ、オレが一緒に冒険者になったのだから……。
追いついた頃には、発煙弾が発射された地点へ到着した。
その場には20代ほどの男女が居る。
2名の内、男性の方はかなりの重傷だ。
カマキリ型の魔物にやられたようで、片腕が千切れかかって骨が飛び出ている。
「大丈夫! 私たちが絶対助けますから!」
「うぐっ……。た……頼む。彼女だけでも……」
対峙するカマキリの目には、のぞみの矢が刺さっている。
状況から察するに、かなりギリギリのタイミングで救援に入れたようだ。
オレは先端の刃の部分を取った鉄のポールを構えた。
殺傷能力が高い武器は、魔塔の内部で保管するルールがある。
ただし、多少の料金が発生する。
刃の必要性を感じなくなっていたオレは、保管する必要を無くすために外してしまったのだ。
斬撃や突撃は一応使える。
風の魔法を使えばいいのだ。
ポールに纏う形で使えば、攻撃力は十分確保できる。
敵に合わせて、一番有効な攻撃を選択するわけだ。
「こんなことなら、刃の部分捨てなきゃよかったな……っと!」
宣言を終えると同時に、ポールを薙ぎ払う。
オレの攻撃は、カマキリの首を一撃で斬り落とした。
我ながら、威力が凄まじいと感じた。
しかし魔法を使う以上、連続での使用は消耗が激しすぎる。
現在のように周りに何十匹という魔物が存在する状況ではかなり厳しい。
このままでは、あっというまに体力も精神力も枯渇してしまう。
「使うなって言われたけど、緊急事態だし仕方ないよね!」
そう言ってクマーは、いつもとは少し形状の違う釘を投げた。
釘はオレが倒したカマキリが消える前に突き刺さり、頭部のない亡骸が動き出した。