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双面の贄姫 〜身代わり令嬢はどうにかして悪役を回避したい!〜  作者: okazato.
第四章 身代わり令嬢の邁進

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92 勝者はどちらか

 黒煙が周囲に立ち込める。大火に襲われた木々は、ぜる音をぱちぱちと放ちながら、炎を上げ続けていた。


「嫌っ! そんな……ステファニー様ぁ!」


 リリーに羽交い締めにされたまま、クロエが泣き叫ぶ。


 王后や衛兵たちは、なんとか天幕のなかへ戻ってこれたようだ。


 ただ、爆発に巻き込まれた二人の安否は、いまだ分からない。


「シャリエ。まだ、魔術は発動できませんか」


 王后は絞り出すように問いかける。


「長らくお待たせいたしました。視界が開きましたら、すぐに術をかけます」


 シャリエは荒い息遣いで、両手を前に突き出す。膜の外に広がっている黒いもやは、次第に薄まりつつあった。


 かすんだ世界の真ん中に、巨大な生物の影が、ぼんやりと映り始める。


「ステファニー様っ! どうか、どうか返事をしてください……!」


 クロエは地面に座り込み、さめざめと泣き崩れる。口にこそ出さないものの、その場にいる全員が、最悪の結末を予想していた。


 魔術の準備も整ったからか、兵らが一人、また一人と銃を下ろしていく。

 諦めの空気が流れ始めた頃、不自然に静まり返った森に、枝葉の折れる音が響いた。


「まさかとは思うけどさ。トカゲ風情ふぜいが、僕の研究を邪魔してくれちゃったわけ?」


 指の鳴る音とともに、暗い靄が霧散むさんする。


「マ、マーケル魔導士長おぉお」


 シャリエの情けない声が響き渡った。


 怪物の前に立ちはだかっているのは、狩猟大会への参加を拒否していたはずの、マルクスだ。

 苛立ちをぶつけるように、足元に広がった落枝を、何度も踏み締めている。


「あ! クロエ様、見てください! お二人ともご無事ですよ!」


 リリーが指した先には、互いを支え合うようにかがみ込んでいる、ソフィアとレオンの姿があった。


「ああっ。よかった……」


 それだけ言い切ると、クロエは両手で顔を覆い、わんわんと泣き始める。


 一方でソフィアはというと、現状を理解できずに混乱していた。


 あの時、確かにレオンとともに、炎に飲み込まれたはずだ。けれども、火が私たちに燃え移ることはなかった。

 爆発は二人を避けるようにして、周りの樹木だけを破壊したことになる。


 そういえば、ものすごい音が左耳の近くから聞こえたわね?

 耳たぶに触れたソフィアは、そこでようやく気がつく。マルクスからもらったピアスが、いつのまにかなくなっていたことに。


「まあ、君も災難だね。僕は今、すこぶる機嫌が悪いんだ」


 マルクスはすたすたと魔獣に近づいていく。相手は口をぽかんと開けたまま、硬直している様子だ。


「せめて、楽にかせてあげるよ」


 魔獣に向けて、マルクスが手をかざす。すると驚くべきことに、たちまちのうちに巨体が爆散した。

 それは、断末魔の叫びをあげる暇さえ与えないほどに、容赦ようしゃのない攻撃だった。


 黒い肉片が、そこらじゅうに飛んでいく。肉塊からは、魔獣が再生する兆しもない。


 おそらくあの一瞬で、マルクスは魔核も破壊し尽くしたのだろう。それは、誰もが言葉を失うほどの、圧倒的に強い力だった。


「で。二人とも怪我はないわけ?」

「あ、ああ。お前のくれた、魔導具のおかげでな」


 レオンに手を引かれたソフィアは、ゆっくり立ち上がる。目を覆いたくなるほどに、周辺には魔獣だっ・・が散乱していた。


 ふらりと近づいてきたマルクスを見て、ソフィアはぎょっとする。久方ぶりに会うマルクスの目元には、深い隈が刻み込まれていたからだ。


「ちょっと、どうしたのよ。ひどい顔じゃない」

「やめろよ!」


 ソフィアが頬に触れようとしたところを、マルクスが雑に叩き落とす。


「僕は……大丈夫だから」


 マルクスは目を逸らしたまま、天幕の方へ歩いていった。


「お久しぶりです、陛下。トカゲはちゃんとやっつけましたので」


「そのようですね。見事でしたわ、魔導士長」


 唖然あぜんとしていた王后が、取り繕うように笑顔で応える。


「大会は中止でしょうし、この二人は連れ帰りますよ。報告書は後日あげますから」

「ちょっと待ちなさい、魔導……」


 王族からの命令を無視したマルクスは、無情にも指を鳴らし、ジラール邸へレオンとソフィアを連れ帰ったのだった。


「みなさま、おかえりなさいませ……ってえええぇえー!? なんですか、その汚れはっ!?」


「汚れ? って、うわあ」


 イザベラの絶叫で、ソフィアは初めて、自分たちも真っ黒な液体に染まっていたことを知った。


「よく洗い流してもらうんだね。どうやら、あまりいい魔力ではなかったようだから」


 マルクスは自分の身を守っていたのか、一滴たりとも体液を浴びていないようだ。


「ねぇ、マルク……」

「もう疲れたから、僕は部屋へ帰るよ。すぐに眠っちゃうし、無理矢理押しかけてきたりしないでね」


 マルクスは自分の話だけをすませると、一つ指を鳴らして、その場から姿を消してしまった。


「なんなのよ、いつもなら無駄話ばっかりするくせに」


 ぶつぶつと不満を漏らすソフィアのそばから、レオンも静かに離れていく。


「サラ、イザベラ。彼女を先に、浴室へ連れていってくれ」


「そんな! 駄目ですよ、レオン様がお先にどうぞ」


 護衛騎士を慌てて引き留めると、彼はくるりと振り返り、薄い目でこちらを見下ろした。


「よろしいですか、ソフィア嬢」

「は、い?」


 瞬きのない瞳に見据えられ、ソフィアはたじろいでしまう。


「湯浴みが終わりましたら、私の部屋へきてください。絶対にです」

「……はい」


 有無を言わせぬ物言いに、大人しく従うことにする。


 サラたちに風呂場まで連行されてからは、流れ作業のように服を脱がされ、湯船に放り込まれ、そしてつるぴかになるまで、二人の手で磨き上げられたのだった。


 身軽な格好に着替えたソフィアは、約束通りにレオンの私室へと向かう。部屋の戸を叩いたのは、ちょうど彼が髪を乾かし始めたところだった。


 護衛騎士は前髪に雫を垂らしたまま、こちらを振り返る。緩く閉じられたシャツの隙間からは、たくましい胸板がのぞいていた。


「ごっ、ごめんなさい! 一度部屋へ戻りましょうか!?」


 ソフィアは慌てて背を向ける。これまで男性の素肌など、家族以外のものは見たことがなかった。


「いいえ、大丈夫です」


 背後から声が届く。熱くなった顔をパタパタとあおぎながら、ソフィアが後ろの様子をうかがうと、タオルで豪快に髪を拭いていくレオンの姿が目に映った。


「お待たせしました。こちらへどうぞ」

「ありがとうございます」


 レオンは首にタオルを下げたまま、引き寄せた椅子にソフィアを招く。そっと腰をかけると、彼は大きなため息をついた。


「どうしてあなたは、こうも無理をなさるのですか?」


 彼はもう一脚の椅子を持ち上げると、ソフィアの正面まで運んでくる。


 そのまま静かに腰を下ろし、厳しい目をソフィアに向けた。


「もう少しで、死ぬところだったんですよ!?」


 丁寧な口調ではあるが、レオンにしては珍しく、本気で怒っているらしい。


「ごめんなさい。さすがに今回は、軽率だったと思います」


「いいえ、今回だけではありません! 誘拐事件の時も、無事に帰ってこれたのが奇跡のようなものですし、こないだの大会だって、自ら危険に首を突っ込んで!」


「それはそうですけど、でも」

「勝手には動かないでください。でないと、あなたを守ることができません」


 レオンの一方的な主張に、ソフィアは引っかかりを覚える。


「じゃあレオン様は、私が大人しく防御膜の中にいればよかったと、そう思っていたのですか?」

「ええ、その通りです!」


 おずおずと尋ねたソフィアに向かって、護衛騎士は強く言い切ったのだった。


 ソフィアは太ももに載せていた手を、ぎゅっと握りしめる。


 いつもなら、素直に謝罪をするところだろう。けれど、ありがたいはずの過保護さが、今はどうにも腹立たしく感じられた。


「申し訳ありませんが、そのお話には承服致しかねます!」


 強い反論に、護衛騎士は目を丸くさせる。


「私……レオン様には色々助けていただいて、本当に感謝してるんです。ほら、私のことだけじゃなくって、家族のことも。でも、守られてばかりは嫌なんです」


 レオンはこちらを制止しようとしていたが、ソフィアが真剣に話しているのが伝わったからか、伸ばした手を引っ込めてくれた。


「せっかく魔術を学んでいるのだから、自分のためだけじゃなくて、みんなを守るために頑張らせてください。それに剣術大会のことなら、私以外の誰が、あの場でレオン様の力になれたって言うんですか? 医務官が到着するまでたなかったかもしれないし、そもそも私が、どれだけ心配していたか分かります!?」


 一気にまくしたてられたレオンは、圧倒されたように頷く。あまりにびっくりした表情を見て、ソフィアは我に返った。


「あ!? すっすみません、生意気な口をきいて!」


「いいえ。おっしゃっていることは、おおむね理解できました」


 レオンはそこで言葉を止めると、顔を下げて黙り込んでしまう。


「な、なに? なんですか、レオン様?」


 びくびくと尋ねる少女に向かって、レオンは顔をほころばせた。


「なんだか新鮮だと思って。あなたに叱られるのは」


「ちょっと。冗談はやめてくださいよ!?」


「冗談ではなく。そういうふうに、もっと気さくに話してください。マルクスとは、そんな感じじゃないですか」


 身を乗り出したソフィアに、護衛騎士は真面目な顔で答えたのだった。


 なんだか今日のレオンは、いつもより饒舌じょうぜつな気がする。


「レオン様と違って、マルクスはふざけすぎだから、怒鳴らざるをえないというか」


 言い訳がましく、ごにょごにょと口ごもるソフィアに対し、彼はこう続けた。


「その『レオン様』というのも、そろそろやめませんか? 私のことも、マルクスのように呼び捨てにしてください」


「それは、いいですけど」


 ソフィアがじっと見つめると、レオンは微笑みながら、不思議そうに首を傾ける。


「レオン様……レオンって、もしかしてマルクスのことを、ものすごく意識されてるんですか?」


 レオンは一瞬だけ、大きく目を見開いたかと思うと、今度はくつくつ笑い始めた。


「えっ。ちょ、なんで笑うんですか!?」


「いえ、なにもないですよ。ふふっ」


 誤魔化そうとしているのか、口元を腕で隠して、顔を背けようとする。


「それ絶対に、なにかあるやつじゃないですか!?」


 ソフィアが必死にのぞき込もうとすると、レオンは片眉を下げて、こちらに向き直った。


「まったくもう、あなたには勝てませんね」


 それはまるで、親が愛子まなごに向けるような、あたたかい眼差しだった。


 初めて見る柔らかな表情に、胸がきゅっと締めつけられる。


 私には勝てないって? そんなわけないじゃない。


 突拍子もない発言に、その大胆な行動に、いつだって振り回されているのは、こっちのほうなんだから。


 ソフィアがレオンを見つめると、きらきらとした赤茶色の瞳が、こちらに向けられた。


「どうかなさいましたか?」

「……レオンはずるいです」


「ずるい? 私が!?」


 面食らった護衛騎士の顔を見て、ソフィアは思わず吹き出す。


「あ、あの! どういうところが、ずるかったですか!?」


「言いませんよ。言うわけないじゃないですか」


 返答を聞いて、レオンは絶望の表情を浮かべる。


 ソフィアは肩を震わせながら、ニヤリと微笑んだ。たまには私と同じように、振り回されてしまえばいいんだわ。

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