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双面の贄姫 〜身代わり令嬢はどうにかして悪役を回避したい!〜  作者: okazato.
第四章 身代わり令嬢の邁進

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89 怪異との対面

 国王に仕える騎士や魔導士たちは、主君らの隠れている天幕を守るべく、周囲に厳戒態勢を敷いている。


「あれはいったい、なんですの?」


 ソフィアの腕にしがみつきながら、クロエがこそりと囁いた。

 リリーも二人の背中にへばりつき、体を震わせている。


 突如現れた謎の生物は、森林を破壊しながらも、一つところにとどまり続けていた。襲撃主の全貌ぜんぼうは把握できないものの、とがった黒い翼が特徴的だ。


「元来この森に生息している生き物でないことは、明らかですね」


 王后は魔導士の作った防御膜の内側から、慎重に外の様子をのぞき見る。


 大会に参加していた者たちが、前線では戦っているのか、銃声が絶え間なく鳴り響いていた。


「なんにせよ、そなたが無事でよかった」


 国王は妻に近づき、優しく腰を抱く。けれども、隣に寄り添う夫に向かって、彼女は毅然とした態度で告げた。


「陛下。シャリエが戻りましたら、真っ先にここからお逃げくださいね」


「ならん。そなたが先に、城へ戻るのだ!」

「なにをおっしゃいますか」


 王后は静かに首を振るう。


「御身お大切になさってください。私の代わりはいれど、陛下の代わりとなる人間は、この世に存在しないのですから」


 そして、夫が肩にさげている猟銃へ、そっと指を伸ばす。


「もしや、私が銃の扱いに長けていることを、お忘れになられました?」

「まさか……あれと戦う気か!?」


 蒼白な顔で、国王は武器を抱えた。


「いざという時は、です。私だって、陛下を残して死ぬつもりはありませんから」


 猟銃を半ば強引に受けとった王后は、無邪気な笑みをこぼしている。


「たしか王后陛下は、狩猟がお得意であられると耳にしたことがあります。それも、国王陛下を凌ぐ実力だとか」


 ソフィアの耳元で、クロエが呟く。


 とても穏やかな、女性らしいお方だと思い込んでいただけに、それは意外な話だった。


「そなたの才能を、疑っているわけではないのだが……」


 国王は難しい顔をしながら、こちらへ向き直る。


「ステファニー。そなた、多少は魔術が使えるのだな?」

「さっ左様さようでございます、陛下!」


 逡巡しゅんじゅんを巡らせていた国王は、苦々にがにがしげに「ええい」とこぼしてから、高らかに宣言した。


「ステファニー・ドゥ・ラ・モンドヴォールに命ずる。我が后が無事に退避するまで、危険が及ばぬよう、そばで見守っていてくれ」


「陛下! なんてことを頼むのですか。ステファニーはまだ幼い子どもですよ!?」

「そなたは黙っておれ!」


 険しい顔で、国王は妻をにらみつけた。耳を傾けていた衛兵らも、戸惑いの表情を隠しきれない。


 それもそうだろう。魔術を学び始めた公爵令嬢でなくとも、腕利きの魔導士たちが、会場には大勢控えているのだから。


 魔塔は国王直属の組織。彼が指示を出せば、命を賭けてでも王后を救う義務がある。


 けれども、魔導士たちでは王后の行動を制限することまではできない。おそらく、国王が最も恐れているのは、王后が自ら戦線に立とうとする未来のはずだ。


 月白のひたむきな眼が、ただ、ソフィアだけに向けられている。“ステファニー”は、彼が恨んでやまない、モンドヴォールの娘だというのに。


 私の考えが正しければ、国王が“公爵令嬢”に求めているのは、護衛としての役割ではない。


 災厄が近づいてきた際、もしも“ステファニー”がそばにいれば、王后は彼女を巻き込まないようにするため、己の行動を制限せざるをえなくなる。だからこその人選だろう。


 ならば、答えは一つだった。


「ご用命しかと承りました」


 先生シャリエが戻ってくるまでの間、“ステファニー”として、見習い魔導士として、王后様に張りついておくしかないわ!


 決まりが悪そうに、王は頭を下げる。それから彼は、多くを語ることもなく、城から戻ったシャリエと姿をくらませたのだった。


「あれ? でもマルクスは、三人同時に私たちを転移させてなかった? 一人ずつ運ぶより、ずっと効率的だと思うんだけど……っていたたたた!?」


 砕けた言葉遣いをするリリーを、クロエは盛大につねりあげる。


「ああーっと! あれができたのは、マルク……魔導士長だからですよ!」


 暴れる二人を背中で隠しつつ、ソフィアが大袈裟にわめく。


「魔導士が物体を転移させる場合、対象物が大きければ大きいほど、移動距離が遠ければ遠いほど、より高濃度な魔力が必要となります。ですから、たいていの魔導士は、自分一人を動かすだけでも精一杯だと、講義で教わりました」


「あら、そういうものなのね?」


 ソフィアの解説に、王后は感心の声を上げた。


「はい。魔導士長は別格ですが、シャリエ先生が大人二人分の質量を転移できるのも、とてもすごいことだと思います」


 そして、超人的な魔術を扱うマルクスはというと、ソフィアのクロスネックレスを受け取ったあの日から、部屋に閉じこもって“流星の禁術”の分析に勤しんでいる。


 おそらく、狩猟大会の警備を担当するよう打診があったはずだが、またいつもの調子で、軽々しく断りを入れたのだろう。


 ああ。こんなことになるなら、無理矢理にでもマルクスを連れてきておけばよかったわ!


「ふふっ。あなたもすっかり、魔導士の一員ね」


 猟銃を携えたまま、王后はしとやかに微笑む。


「まさか! 私なんて、魔力を動かすことができるようになったばかりの、初心者ですよ」


「それでもすごいじゃない。魔術を扱える人間は、そう多くはないのだから。ねえ、ステファニー? このシールドについて、あなたが知っている知識を教えてくれない?」


 王后が指したのは、シャリエたちが天幕の周りにほどこした、防御膜のことだった。


「原理としては、剣術大会の際に参加者たちを守っていたものと、全く同じです。今も衛兵たちが出入りしていますが、おそらく許可された人間以外は内部に侵入できないよう、細かく魔術が組まれていると思います」


「つまり、あの怪物もここには入れないということ?」

「その通りでございます」


 そう、この天幕の中にいれば、ある程度は安全が確保されているはずなのだ。


 なのになぜ、こんなにも胸騒ぎがするのだろう? 地鳴りに似た、空気を揺さぶる鈍い音は、天幕にまで届いていた。


「ステファニー? どうかしましたか?」

「あっ、いいえ! 話を戻しますね。この魔力の壁は、内外からの攻撃を防ぎます。ですから、あの生物が私たちに手を出すことはできないはずです」


「そんなにお詳しいだなんて。さすがステファニー様です!」


 リリーの背中をバシバシと叩きながら、クロエが興奮する。それとは対照的に、王后の表情は曇っていた。


「内側からも、攻撃ができないのですか」


 彼女があからさまに残念がっているところで、天幕の入り口が大きく開かれる。


「国王陛下はおられますか!?」


 中に飛び込んできたのは、大会に参加していたはずのレオンだった。モンドヴォール公爵と同じ、赤の狩猟服がよく似合っている。


 レオンは額に流れる滝のような汗を拭いつつ、忙しなく目を動かす。

 なんとなく、ソフィアと視線が合った時にだけ、ふっと口元が緩んだような気がした。


「レオン・ジラール大尉ですね。陛下はすでに、王城へ戻られましたよ」


 王后の返答に、レオンは敬礼で応じる。


「承知しました。では、王后陛下。すぐに王城へお戻りください」


「ええ。シャリエ補佐官がきましたら、ここを後にする予定ですから」


「残念ですが、そうも悠長なことを言っていられる状況ではないかもしれません」


「レオン! この天幕には、魔術がかけられています。無策でここを飛び出すよりも、シャリエ先生を待つほうが安全だと思いますが?」


 ソフィアの声がけに、護衛騎士は黙って首を振るう。


「いくら魔術で防いでいるとしても、限界というものがあります。もし仮に、あの生き物がここだけを集中的に攻撃すれば、あの膜も破壊されてしまうでしょう?」


「まさかそんな。あの生き物が的を絞って、意図的に攻撃してくるとでも?」


 口ではそう言い返しながらも、ソフィアの鼓動は早くなっていた。

 重みのある布袋を引きずるかのような、不気味な連続音が、次第に近づいてきている。


「この天幕を狙いにくるかどうかは、まだ分かりません。ただ、現状ではっきりとお伝えできるのは」


 レオンの合図で、幕の入り口が開かれる。そして中にいた全員が、同時に息をのんだ。


「あの化け物は、他のものには目もくれず、こちらへ向かってきている……という事実だけです」


 巨大な黒の生物は、ちょうど真正面の位置にいた。


 歩みこそ遅いものの、盛大に木々を押し倒しながら、全身を引きずったままで近づいてくる。その暗い眼は、まっすぐこちらを捉えているように感じられた。

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