表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
双面の贄姫 〜身代わり令嬢はどうにかして悪役を回避したい!〜  作者: okazato.
第三章 身代わり令嬢の奮闘

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

74/98

73 紛れ込んだ悪意②

 モンドヴォール公爵は、なにも聞かずにソフィアの願いを承諾した。


 毒物中毒の応急手当は、一通ひととおり頭に叩き込んでいる。ソフィアはドレスの袖口を引き上げ、大きく深呼吸をした。


「すみません、清潔なお水をたくさん持ってきてください! それと、蓋のついた小瓶を一つ、いただきたいです」


 ソフィアに依頼された憲兵は、すぐに部屋を飛び出していく。


 まずは毒性物質の付着した傷口を、大量の水で洗い流す必要がある。


 もしここにマルクスがいたら、魔術を使って、簡単に水を生み出していただろう。けれども、ソフィアはそこまでの技術を身につけていなかった。


 専門的な治療は医師に任せるとして、あの憲兵が戻ってくるまでに、私ができることをしなくちゃ。


 仮にこのまま、身体中に毒が広がってしまえば、彼の命までもがおびやかされてしまう。


 だからこそ、ソフィアは賭けに出ることにした。


 レオンのそばに膝をつき、傷口の上に手をかざす。そんな“公爵令嬢”の動きを、周囲の面々が注視しているのが、痛いほどに伝わってくる。


 ああもう、これ以上緊張させないでほしいのに! 雑念を振り払うように、ソフィアは目を閉じた。


 落ち着くのよ。魔力操作は、散々練習してきたじゃない。


 呼吸を整えたソフィアは、指先から細い糸を下ろすイメージで、魔力を放出する。


 ジラール邸で行った魔術訓練で、最初に与えられた課題は、『自分の魔力を検知できるようにすること』だった。


 ソフィアは感覚を掴めるようになるまで、マルクスの教えに沿って、何度も練習を重ねた。


 それこそ、彼のやり方とまったく同じとおりに、第三者の体を借りて、魔力を動かす訓練を続けてきたのだ。


 その過程で、警護担当をしていたレオンにも、何度か協力してもらった。だから彼の身体のことも、ある程度は把握できている。


 ソフィアはレオンの傷口を凝視した。一瞬でも気を抜けば、魔力干渉ができなくなるだろう。


 レオン様の体力的にも、私の能力的にも、試せるのは一度きりのようね。


 ソフィアは切創せっそうに向かって、魔力を放った。


 ちょうどその頃、遣いを終えて戻った憲兵が、大量の荷物を抱えて戻ってくる。


 彼が令嬢に声をかける前に、モンドヴォール公爵はそれを制止した。


「あの子に呼ばれるまで、少し待っていてくれないか」


 公爵自身も、ソフィアがなにをしているのかは理解していない。けれども、本気でレオンを救おうとしている気持ちだけは、伝わってきていた。


 レオンは顔を歪めながらも、弱音ひとつ吐かず、苦痛に耐えている。


「頑張れ、二人とも」


 小さな声で、“令嬢の父親”はエールを送った。


 レオンの体内に魔力を注いだソフィアは、不気味な気配に身を震わせる。


 なによこれ!? いつもと違う感覚に、戸惑いを隠しきれない。


 まるで、氷塊ひょうかいを抱え込んだ時のような寒さが、腕をつたって全身をむしばんでくる。


 これ・・がなんなのかは分からないけれど、『よくないもの』だってことは、間違いなさそうね!


 ソフィアは両足をすり合わせながら、気合いを入れ直す。凍えてしまう前に、早く方をつけなくちゃ。


 異様な暗影あんえいを、ソフィアは慎重に辿っていく。やはり傷口を起点にして、全身に異常が広がっているようだ。


 彼の拍動が、こちらにまで響いてきた。だんだんと心の臓が近づいているらしい。


 ここで食い止めないと、大変なことになるだろう。ソフィアは意を決して、両手の指を大きく開いた。


 細かく広がる毒へ、できるだけ慎重に、それでいて素早く魔力をまとわせていく。

 それなのに、陰鬱いんうつな闇は強欲に、彼の心臓部へ触手を伸ばそうとしている。


 ちょっとだって逃しはしないんだから!

 ソフィアは魔力を一気に注いで、固く手を握りしめた。


 よし! これで、全部掴めたはずよ。あとは体外に、毒を排出するだけだ。


 とはいえ、方々ほうぼうに広がる毒を捕らえながら、傷口まで引き戻すのは、骨の折れる作業になる。


 ソフィアは荒い息を抑えもせずに、全神経を集中させて、魔力を操作し続けた。熱のこもった頬が、赤く上気していく。

 その場に居合わせた全員が、固唾かたずんで成り行きを見守っていた。


「あとちょっとですからね、しっかりしてくださいね……」


 必死の形相ぎょうそうのまま、絞り出すように呟く。黒い気配は、ほとんど右腕に集まってきていた。


「あっあれはなんだ!?」


 不意に護衛の一人が声を上げる。


 彼が目をむいたのは、レオンの傷口から、どす黒い液体が浮き上がってきたためだ。


 気味の悪い流体は、つぷつぷと泡立ったかと思うと、少しずつ宙に浮かび始める。まるで、公爵令嬢の手のひらに吸い寄せられるかのように。


 誰も口を開こうとはしなかった。その奇妙な光景は、さながら邪術に傾倒する魔女のそれに見えたからだ。


 有毒物質を出し切ったソフィアは、必死に手を掲げながら吠えた。


「瓶を! 急いで!!」


 声がけにハッとした憲兵は、慌てて空瓶の蓋を開ける。


 ソフィアは彼に近づきながら、その手元に向けて、注意深く液体を飛ばす。


 一滴残らず中に注ぎ入れたあと、ようやく下ろした腕は、ぶるぶると震えていた。


 憲兵が蓋を閉じたことを確認し、ソフィアはゆっくり口を開く。


「気をつけて。それが毒で……」


 けれども、言い終わる前に視界が揺らぐ。

 これはまずい。少しだけ、無理をしすぎてしまったわ。


「ステファニー!」


 公爵の叫ぶ声が、遠くに聞こえる。


 大丈夫ですよ、閣下。ちょっと休めば、元通りになりますから。


 ぼんやりとそんなことを考えながら、ソフィアは目を閉じた。


 膝から崩れ落ちそうになっていた公爵令嬢を、すんでのところで力強い腕が抱きとめる。


 クレモンティーヌのような、瑞々しい甘い香りが、ソフィアの鼻をかすめた。


「ルイスさま……?」


 うつろな瞳で見上げると、王太子は不機嫌そうに舌打ちする。


「なにがあったのか、後でちゃんと話してもらうからな」


 彼は白銀の髪をかき上げ、憲兵を強くにらみつけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ