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双面の贄姫 〜身代わり令嬢はどうにかして悪役を回避したい!〜  作者: okazato.
第三章 身代わり令嬢の奮闘

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66 聖女、ついに現れる

 ひとしきりクロエの作品を眺めたあと、二人は作業の手を止め、今は茶菓子を囲んでいる。


 なぜか、マルクスを交えた三人で。


「ええと、『マルクス様』? こういう時は、きちんと扉から入ってきていただけませんか。いきなりあなたが現れて、クロエ様はどれほど驚かれたか」


 そばに立つレオンも、無言でそれに同意する。


 お茶会の道具をたずさえたマルクスは、例のごとく魔術を使い、前触れもなくソフィアの部屋へやってきたのだった。


 おそらく、この部屋へ立ち入ることのできないサラ達から、差し入れを持っていってほしいと頼まれたのだろう。

 さすがに『一緒に茶会を楽しんでこい』とまでは、言われていないと思うのだが。


「えー、面倒だなぁ。次からは気をつけるよ」


 真横に腰掛けたマルクスは、そう言いながら、口いっぱいにお菓子を頬張ほおばっている。


 大量の甘味品は、働き詰めのレオンが手にとることを想定し、ここへ持ち込まれたはずだ。

 けれども、当の本人は涼しい顔で突っ立っているうえに、この勢いだとお騒がせな魔導士長が、一人で食べ尽くしてしまうかもしれない。


 その様子を見つめるクロエは、笑顔を保っているものの、いくらか緊張しているようだ。

 ティーカップを掴む指先が、細かく震えている。


 ふざけた態度のせいで、うっかり忘れてしまっていたが、マルクスは国一番の魔導士だった。おそらく、これが正常な反応なのだろう。


「ところで、ステファニー様」


 クロエがおずおずと口を開く。


「以前お話いただいた、聖女様の件で。家の者に調べさせているのですが、今のところ、本人を探し出すことはできていません」


「えっ。フリオン家の方々が、“聖女”の捜索に当たっているのですか?」


 ソフィアが驚いた声を漏らすと、クロエは得意げに微笑んでみせた。


 確かに、リリーの話を出したこともあれば、『王太子よりも早くに出会うことで、何かしらの対策をほどこすことができるかもしれない』と告げた記憶もある。


 けれども、それからクロエが“聖女”を探していたというのは、ソフィアも初耳だった。


「よく分からないんだけどさ。フリオン家が“聖女”を探すことに、なんのメリットがあるんだい?」


 それまで菓子に夢中だったマルクスが、いきなり口を挟む。


 前の時間軸で、王太子が“聖女”を妃に望んだことは、マルクスにも伝えていた。

 先ほどのやりとりの中に、なにか思うところがあったのかもしれない。


「そのような、損得勘定そんとくかんじょうで動いていたわけではなく! 単にステファニー様のお力になりたかったのと、あとはただ、聖女様を見定めたいと思ったからです」


「一貴族の娘程度が、王太子妃候補を『見定める』と?」


 流し目を送られたクロエは、身を震わせつつも、しっかりとした声で答えた。


「不敬な発言であることは、重々承知しております。おっしゃる通り、私はしがない侯爵家の一人娘ですし、王太子妃候補に選ばれた立場とはいえ、私に適性がないことは理解しているつもりです」


「それでも平民の娘に比べれば、自分のほうがマシだって? それはさすがに、傲慢ごうまんじゃない?」


「違います! 私はステファニー様を王太子妃にしようとしない、この国の行先ゆきさきうれいているだけです!」


 彼女が高らかに宣言すると、魔導士長は目をぱちくりさせながら、ゆっくりとこちらに向き直る。


「君たち、仲が悪いんじゃないの?」

「色々とありまして。今の関係は良好です」


「ステファニー様の寛容なお心には、ただただ敬服けいふくするばかりです……!」


 祈るように指を組む侯爵令嬢を眺めながら、マルクスはうすら笑いを浮かべた。


「これ、良好って言える?」

「お話の途中で失礼いたします」


 それまでこちらの様子を伺っていたレオンが、魔導士長にそっと近づいていく。


 なにかを耳打ちされたあとで、マルクスは盛大に吹き出した。


「そっかそっか、君は“聖女様”のことを知らないもんね! 王太子の『未来の恋人』の話だよ!」

「は?」


 ぽかんとするレオンをよそに、マルクスは笑顔でクロエに語りかける。


「モンドヴォール公爵令嬢から聞いたという“聖女”の話を、僕にも聞かせてもらえるかい?」

「もちろんでございます!」


 緊張がほぐれてきたのか、彼女は勢いよく口火を切った。


「聖女様の情報ですが、ホワイトブロンドの頭髪に紺色の瞳を持つ、リリーという名の少女だそうです」

「……ほぉ?」


 なぜだか魔導士長は、首をかしげてクロエを見つめている。


「年のころは私と同じくらいか、少し若いらしいです。そうでしたよね、ステファニー様?」


「ええ。正確な年齢は分かりませんが、私よりも幼い顔立ちをしているはずです」

「んー?」


 マルクスは変な声を上げながら、ソファでのけぞった。


「それで、その子は庶民なんだよね?」


 今度はマルクスの目が、こちらへ向けられる。そういえばこれまで、まともに“聖女”の話をしたことはなかったかもしれない。


「ええ、そう聞いています」

「だよね。ううーん……僕、ちょっと席を外そうかな」


 そうこぼした次の瞬間に、魔導士長の姿は忽然こつぜんと消えてしまう。

 目の前で魔術を目撃したクロエは、彼のいなくなったソファを穴のあくほどに見つめ、詠嘆えいたんの息を漏らしたのだった。


 マルクスが帰ってきたのは、ソフィアらが作業に戻った直後のことになる。


「ただいまぁ」

「おかえりなさ……っ!?」


 返事をしようとしていたソフィアは、言葉を詰まらせてしまう。


 それは、マルクスが言いつけを守り、きちんと扉から入ってきたためではない。小柄な彼の後ろに、さらに小さな人影が見えたからだ。


「どうしたの、マルクス? ここはどこなの?」


 その少女は、魔導士長の背中に張りつくようにして、こちらをのぞき見ていた。


 短く整えられた金髪は、窓から差し込んだ陽の光に照らされて、きらりと輝いている。

 丸々とした深い青の瞳は、こぼれ落ちそうなぐらいに大きい。


「もしかして、あなたが『リリー』!?」


 クロエが声を荒げてしまうほどに、その娘の外見は、“聖女”の特徴と合致していた。


 まだ幼い娘子だが、その面影には見覚えがある。おそらく、彼女がリリーで間違いないだろう。


「一応確認してほしいんだけど、この子で合ってるよね?」


 目の前に“聖女”を突き出され、ソフィアは慌てて口を開いた。


「ええ! 驚いたわ、二人が知り合いだなんて」


「遠縁とでも言えばいいのかな。リリーのことは、生まれた時から知っているよ」

「なんなの? ちゃんと説明してよ、マルクス!?」


 見知らぬ豪邸にいきなり連れていかれ、“聖女”もさぞかし混乱しているだろう。

 さらに近づいていくと、彼女はびくりと体を揺らした。


「驚かせてごめんなさい、リリーさん。私の名前は『ステファニー・ドゥ・ラ・モンドヴォール』。王太子の婚約者に内定している、公爵家の娘です」


 ソフィアが“公爵令嬢”の名を告げると、リリーは目を白黒させる。


「えっ、公爵家のお嬢様? ってことは、いま私がいるのは、お貴族様のお屋敷なの?」

「ええ。ここはモンドヴォールの邸宅ですよ」


 状況を全く理解できていない少女に向かって、深い話を始めることには躊躇ためらいもあるが、ソフィアは言葉を続けた。


「こんなことを言われても信じられないとは思いますが、王太子殿下はこの先、私ではなく、あなたを妃に望まれることとなります」


「ソフィ……ステファニー様! 一体なにをおっしゃっているのですか」


 不安げなレオンの瞳が、こちらをのぞき込む。彼にもきちんと説明をするべきなのだが、今はまず、リリーとの対話を優先しなければならない。


 ソフィアは護衛騎士に目配せをしてから、再び“聖女”に向き直った。


「王太子妃の座につく。それはつまり、あなたが将来、国母となることを意味しています。そのうえで、リリーさんにたずねます。あなたに、ルイス王太子殿下の妃となる覚悟はおありですか」


 その問いかけに、室内はしんと静まり返る。


生半可なまはんかな気持ちで、王太子妃は務まりません。ただでさえ覚えなければいけないことが多いというのに、平民育ちのあなたの場合は、立ち居振る舞いから身につけていく必要があります」


 少女はうつむいたまま、ソフィアの言葉に耳を傾けているようだ。


「ちょっと、リリーさん? ステファニー様に対して、返事の一つもないのですか!?」


 硬直こうちょくしている聖女に向かって、クロエがいらついた声を投げる。


「あの、ですね……」


 ぼそぼそと話す“聖女”の言葉を聞き取ろうと、全員が顔を寄せた。


「嬉しいんです。やっぱり私が、王太子様と結ばれる運命だったんだなって!」


「……はぁっ!?」


 とびきり大きなクロエの怒号が、部屋に響き渡る。


「ずっと待っていたの。白馬に乗った王子様が、迎えにきてくれるその日を! ああ私、王子様の恋人になれるなら、なんだって頑張ります!」


「え……っと。それは良かったです?」


 ものすごい圧で迫られたソフィアは、たじろぎながらもなんとか返事をした。


 もしかすると“聖女”は、少し夢見がちな、変わった子なのかもしれないわね。


 しばらく呆気あっけに取られていたクロエは、それ以上我慢ができなくなったのか、二人を裂くように割って入った。


「仮にも婚約者候補であらせられるステファニー様に向かって、なんという口のき方ですかっ! リリーさん、そこに座りなさい!」

「はいっ!?」


 ぺたりと床に座り込んだ“聖女”の前に、仁王立ちをしたクロエが立ちはだかる。


「私は今も、ステファニー様に国母になっていただきたいと願っております。ですが、他ならぬステファニー様が、王太子のお相手はあなただとおっしゃるから、仕方なく受け入れようとしているのですよ。だというのに、なんですかあなたは!?」


 怒りが収まらないクロエは、人差し指を“聖女”に向け、不平を並べ立てていく。


「『王子様の恋人になりたい』? 軽い気持ちで務まるものではないと、先ほど知らされたばかりでしょう!? 平民上がりだからといって、甘く見てもらえると思っているなら大間違いですよ!」


 リリーは肩をすぼめて、完全に萎縮いしゅくしきっている。


 クロエの主張は正しいのだが、一方的に責め立てられる“聖女”の姿は、まるで飼い主に叱りつけられている子犬のようで、だんだんとかわいそうに見えてきた。


「クロエ様、そのくらいにしておきませんか。彼女も悪気があったわけではなさそうですし」


「ステファニー様はぁ、優しすぎるのです……っ!」


 なぜだか悔しげに叫んだあと、彼女は両手を腰に当て、高らかに宣言する。


「とにかく、逃げるつもりはないと分かりました。あなたのことは、フリオン家へ連れて帰ります! 徹底的にマナーを叩き込みますから、覚悟なさい!」


 クロエは刺繍道具を慌ただしく片付け、そのまま“聖女”を引き連れて行ったのだった。

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