表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/98

62 魔導士長の専属レッスン②

 ちなみにレオンは、け者にされたと分かってから、ひと足先にアフタヌーンティーを始めている。とはいえ、腰を下ろすこともなく、視線をこちらへ向けたまま、紅茶を口に含んでいるだけのようだが。


 さらに不思議なことに、使用人であるはずのイザベラやサラは、茶菓子を囲んで楽しげに談笑していた。


 主人を置き去りにして休むなど、常識はずれな行いで、本来はとがめを受ける場面だろう。けれどもレオンは、そんなことを意に介する様子もない。


「ちょっと休憩ね。いっただっきまーす!」


 茶菓子をつまみ上げたマルクスを、レオンはわずかに横目で見てから、私を手招きする。

 慌てて駆け寄ると、彼はこちらの手を引き、一人掛けのソファへと導いた。


 姿を見なくとも、使用人たちがはしゃいでいるのが、ひしひしと伝わってくる。ああ、もう。レオン様って、本当に過保護なのね!


 準備された紅茶に手を伸ばしつつ、ソフィアは魔導士へ語りかける。


「なんだか、ずいぶんと難しいのね。禁術を使ったマルクスは、それまでよりも強くなったということ?」


 休憩中にも関わらず、遮音術は解除されていないようだ。マルクスはクッキーをかじりながら、気楽に答えた。


「うーん。確かに、容量は増えたみたいだね。一ヶ月ぐらい前のことかな? 目を覚ましたら、魔力の限界値が大きく変わっていたんだ。ま、“流星の跡”を見つけたから、理由はすぐに分かったけど」


 一月前といえば、ちょうど私が、この時代へ戻ってきたころだ。


「ただ奇妙なことに、禁術を使うと増えるはずの魔力が、むしろごっそりと減っていた。だから、こう考えたのさ。自分以外のなにかに禁術を行使したことで、魔力を奪われたのでは、と。予想はそれなりに当たってた」


 彼はこちらにティースプーンを突きつけ、にやりと微笑む。


「器に空きがあって、よかったね。もし、魔力量が限界を超えていれば、大変だったろうし」


「まさか、運任せで術をかけたわけじゃないわよね……?」

「さあねぇ。結果的に問題はないんだから、いいじゃないか」


 ソフィアは冷ややかな目で魔導士を見つめる。考えなしに術を使ったわね、これは。


「深くは追及しないであげる。あの時のことは、覚えてないんだろうし」

「ふふ、ご厚情こうじょう痛み入ります」


 慇懃いんぎん無礼ぶれいな態度で、マルクスは目を細めた。


「それにしても、なぜ“流星の禁術”は、禁忌とされているの? 過去に戻った人間が、歴史を自由に変えることができるから?」


「もちろん、それもあるんだけどさ。一番の理由は、術者を守るためなんだ。禁術を使った人間のほとんどは、すぐに死んじゃうからね」


「死ん……!?」


 予想外の返しに、言葉を失ってしまう。


 驚くソフィアの顔を見て、レオンは魔導士に視線を向けたが、マルクスはそれを完全に無視している。


「一昔前はね、己の魔力を増幅させるために、魔導士たちが意欲的に禁術を試していたこともあるんだよ。けれども、命を落とす者があまりに多くて、術の行使すら禁じられてしまった」


「き、禁術を使った人は、なぜ亡くなってしまうの?」


 おどおど尋ねると、マルクスは深刻そうにまぶたを閉じた。


「理由はいくつかあるかな。まず単純に、禁術を扱いきれない場合が多い。術を発動させるためには、自分自身を殺す必要があるけど、技術が足りていなければ、禁術は失敗する。だから、その時点で命が尽きてしまうんだ」


 つまり、単なる自害になるね、と彼は告げた。


「二つ目として推測できるのは、魔力量の限界の問題かな。転生時に獲得した魔力が、自分の容量を超えてしまえば、そこでおしまいだからね。そして、最後の問題。これが少し、厄介なんだけど」


 ぽりぽりと頭をかきながら、マルクスはわずかに言いよどむ。


「流星の禁術を発動するには、強い意志が必要となる。ええと、言い方を変えると、『明確な目的』がなければ、転生できないということになるかな」


「目的?」

「そう、それが発動条件の一つなんだ。この術は、転生すれば終わりというものじゃない。その目的を果たすまで、“流星の跡”は決して消えないんだ」


 ということは、いまだに跡が残っているマルクスは、転生の目的とやらを遂げていないのだろう。


「それなりに急がないとね。本懐ほんかいを遂げることができなければ、“いずれ術者は死に至る”と伝えられているから」


 またしても、不穏ふおんな言葉が飛び出してきた。とことん物騒ぶっそうな魔術ね!


 ソフィアがあわれむような目を向けると、マルクスは意外そうに声を上げる。


「ねえ、他人事ひとごとじゃないよ? ソフィアの体にも、“流星の跡”があるんだから。禁術を他人に使うなんて、前例がないから分からないけどさ。僕が目的を果たさない限り、二人とも長くは生きられないかもしれない」


「なっ……な、なによそれっ!?」


 ソフィアは悲鳴を上げたが、幸いなことにマルクスの遮音術が継続されているため、使用人たちを驚かせることはなかった。

 明らかに動揺するソフィアを、レオンは静かに見つめている。


「なんにせよ、まずは転生目的を明らかにしなくちゃいけないんだけど、心当たりはない?」


「そんなこと言われても、心当たりなんて」


 『ない』と返す前に、ふと思い出す。処刑の直前に、彼が口にした言葉があったことを。


「『絶対に許しません、ステファニー嬢のことを』」


「え?」

「前世のマルクスが、私を殺す前にそう話していたの。あの時は、ステファニー様に告げた言葉だと思い込んでいたけれど」


 魔導士は珍しく神妙な面持ちで、あごに指を当てる。


「僕が、君たちの魔力を見間違えるはずがない。つまりそれは、ソフィアに向けたものだということか」


 背中を丸めたまま押し黙ったあとに、マルクスは勢いよく体を起こした。


「ステファニー・ドゥ・ラ・モンドヴォールを、消すのはどうかな」

「はい!? なんてこと言うのよ!」


「いやあ、そういうメッセージかと」

「んなわけないでしょ! 駄目に決まってるじゃない!?」

「そうかなぁ。どちらにしろ、公爵令嬢を探すのが急務か。よいしょ!」


 マルクスの掛け声に合わせて、「ひいぃ!?」と情けない叫びが響く。


 声の主は、部屋にいきなり現れた、挙動不審な青年だった。華奢な身体に、フードつきの黒いポンチョを羽織った男性は、大量の書類を両腕で抱きしめたまま、すっかり震え上がっている。

 そうなるのも仕方がないだろう。自分の喉元に、レオンの剣を突きつけられているのだから。


「やめてあげてくれないかな? 僕が呼び寄せたんだよ、彼を」


 マルクスが声を投げたところ、護衛騎士は不満げに腕を下ろした。


「やっと術を解除したな、マルクス」

「ありゃ。そういえばずっと、音を消していたかな? すっかり忘れてたや」


 いけしゃあしゃあと、魔導士はうそぶく。


「紹介するね、彼の名はシャリエ。僕の補佐役を務めてくれているんだ」

「は、初めまして、皆さま……」


 彼は私たちの顔をひとしきり眺めたあと、マルクスの背後に素早く身を隠す。


「マ、ママッマーケル魔導士長!? 予告もなしに召喚するなんて、いったい何事です!?」


 ほとんど悲鳴に近い訴えに、直属の上司はおっとりと答えた。


「単なる事務連絡だよ。しばらく忙しくなりそうだから、魔塔の業務を君に一任しようかと思って」


「……はい?」

「おっ、いい返事だねぇ。じゃあ早速、今日からよろしくね!」


「ご冗談はおやめください! ただでさえ、決裁がたまりまくっているのに!」


 慌てる部下を目前にして、なおもマルクスは、気楽に構えている。


「適当に押しちゃっていいよ、ハンコは。後でどうとでもなるし」

「そういう無茶なことをするから、いつも私たちが、事後処理に追われる羽目になるんじゃないですか!?」


「じゃ、なおさらいいじゃないか。はじめから責任を持って、片付けていけるんだから」

「あーもう! いい加減にしてくださいよぉ!?」


 勢いに圧倒されていたソフィアが、ふと視線を横に向けると、同情的な面持ちでやり取りを見守る、レオンの姿が目に映った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ