60 心配性な護衛騎士②
「では、私たちも出発しましょうか」
レオンに勧められ、彼の馬へ跨ったソフィアは、体を預けた格好のまま、ジラール邸へと移動した。
出迎えにきた、サラやイザベラたちのにやけ顔が忘れられない。
はたから見れば、ロマンチックな光景に映ったのだろう。こちらは馬から落ちてしまわぬよう、手綱を握るだけで精一杯だったのに。
またしても深いため息をついたソフィアへ、イザベラがそっと耳打ちする。
「そろそろ、坊ちゃまをお呼びしてもよろしいでしょうか?」
いつの間にやら、支度は完了していたらしい。ソファに沈み込みながら、ソフィアはしぶしぶうなずく。
イザベラが鼻歌まじりに戸を開くと、レオンはすぐに中へ入ってきた。そのまま迷うことなく、まっすぐソフィアの元へと進み、真後ろで足を止める。
忠実な青年の様子を見て、使用人たちは満足げに微笑んだ。
ジラール家に仕える人々は、“想い人を心配するあまり、子爵令息は仕事を休んでまで、彼女のそばにいる”と考えているようだった。
もちろん、そんなはずはない。
では、普段なら王城で働いているはずの時間帯に、どうしてレオンは邸宅にいることができるのか。それは、正式に“公爵令嬢ステファニー”の護衛となるよう、王命が下されたためだった。これが、二つ目の大きな変化になる。
本来であれば、王太子妃候補に内定すらしていない、一貴族の娘に近衛兵を付けるなど、あり得ない話だ。
聞くところによると、王太子をはじめとして、第二王子や王后までもが公爵令嬢の身の安全を訴え、国王に掛け合ってくれたらしい。
モンドヴォールを敬遠している国王も、今回は事件を重く受け止めてか、早いうちに提案を受け入れたそうだ。
被害者の幼馴染であり、実力も折り紙つきのレオンが選出されるまでに、そう時間はかからなかった。
晴れて護衛騎士となったレオンは、ステファニーの身代わりを務めるソフィアのそばに、四六時中居座ることになる。
もちろん、彼がそばにいてくれることは、とても心強い。けれども、ここまでぴったりと張りつかれてしまうのは。
「さすがにやりすぎでしょう……」
「今、なにかおっしゃいましたか?」
「いいえ、別に」
遠い目をしながら、ソフィアはぼそりと返した。
そっけない態度をとるソフィアに、イザベラが慌てて口を出す。
「ほ、ほら! 誘拐事件に関与していた? っていう、魔導士の人も近くにいるのですから、坊ちゃまが過保護になるのも仕方ないですよ!」
「呼んだー?」
「うぇ? ひえええぇ!」
イザベラは驚きのあまり、腰を抜かしてしまう。いつのまにか、マルクスが姿を見せていたようだ。
彼女の悲鳴を聞き、女騎士たちは剣を抜く。けれども、それよりも前に、レオンとサラはソフィアの前に立ち塞がり、マルクスを阻んでいた。
「武器を持ってるわけでもないし、そこまで警戒しなくても」
彼はそう言いながら、大きなあくびをしてみせた。
マルクスが自由に動き回っているのは、今日に限ったことではない。数日間部屋を空けたかと思うと、どこからともなく姿を現し、使用人たちに無理難題を押しつけては、彼らを困らせていた。
賓客扱いに戸惑ってばかりのソフィアとしては、その図太さが羨ましくもある。
そんな魔導士から目を離すことなく、レオンはぼそりと漏らす。
「指先一つで、どうとでもなるくせに」
「まあ、それはそうだね」
初めは敬語を使っていたレオンも、最近はずいぶんと、雑にマルクスを扱うようになってきた。
「坊ちゃま。本当にこのお方は、魔導士長様なのですか?」
疑わしげに、サラが呟く。
「わぁお。今更、そんなこと言っちゃう?」
おどけて見せるマルクスに、今度はイザベラが噛みついた。
「だって、ずっと暇そうにしてるし!」
「えー? これでも、魔塔の仕事はちゃんとこなしてるんだけどな」
マルクスの言葉を無視して、サラはレオンに話し続ける。
「このお方を招かれたのは、坊ちゃまなのですよね。ソフィア様には、信頼できる魔導士様をつけてくださればよかったのに」
「心外だな。この国に、僕以上の能力を持った魔導士がいるとでも?」
正論をぶつけられ、さすがのサラも苦い表情を浮かべた。堪えきれなくなったイザベラは、勢いよく立ち上がりつつ、こう叫んだ。
「ああー! 私も魔術を使うことができれば! 自分でソフィア様をお守りできるのに!!」
「使えるようにはなるよ、練習さえすれば」
「「え!?」」
部屋にいるみんなと、ソフィアの声が重なった。続きを促されたマルクスは、流暢に話し始める。
「人はみな、大なり小なり、その身に魔力を宿してる。だから、扱い方さえ理解できれば、簡単に魔術を使えるよ」
「それは私も……ですか!?」
イザベラの食い気味な問いへ、魔導士は楽しげに答えた。
「もちろん」
後方に立つ女騎士が、ほぉ、と感嘆の息を漏らす。おそらく彼女も、魔術は魔導士の専売特許だと思い込んでいたのだろう。
選民扱いされている魔導士の資質が、自分たちにもあると聞かされたのだから、当然の反応だ。
……ちょっと待って。誰でも魔術を扱えるのなら。
ソフィアは、ごくりと唾を飲み込む。
「私が、魔術を覚えればいいんじゃない?」
周りの視線が、一斉にこちらへ注がれた。
「ソフィア嬢。なにをおっしゃるのですか?」
戸惑うレオンに、ソフィアは強い口調で返す。
「だって、自分を守る力を身につけておけば、みなさまも安心できるでしょう!?」
「それはまぁ……い、いいえ! 魔術の恐ろしさは、今回の事件で嫌というほど分かったはずです! それ」
話の途中から、なぜかレオンの声が聞こえなくなった。
「ふっ……ふふふはは! いいねぇ、やっぱり面白いよ、ソフィア!」
大袈裟に拍手をしながら、マルクスはこちらへ歩いてきた。
どうやら彼は、また魔術を使ったらしい。騎士たちもなにかを語り合っているが、それもこちらには届かない。
「ねえ、マルクス。私に、魔術の使い方を教えて」
ソフィアが目前まで歩いて行くと、魔導士は真剣な瞳で応えた。
「いいけど、きちんと対価はもらうからね?」
どうやら他のみんなには、私たちの会話も聞こえていないらしい。眉間にしわを寄せたレオンが、マルクスに向かってなにかを訴えている。
それに対し、にこりと笑顔を返しただけのマルクスは、すぐにこちらへ向き直った。
「対価ってなに? お金?」
身構えるソフィアに、彼は軽く首を振る。
「僕は、禁術の研究材料がほしいんだ。これまでのことを、一つ残らず教えてくれるなら、ソフィアの専属講師になってあげてもいいよ?」
ソフィアはわずかにたじろぐ。はたして、この魔導士に前世の記憶を伝えてもいいのだろうか? にこやかな笑顔が、なんともうさんくさい。
けれども、同じ轍は踏まないと決めたのだ。身代わりという危険な役割を引き受けた以上、対抗する術を得るほうが大切に思えた。
「分かったわ。全て、あなたに話す」
「うん、契約成立だね」
二人が握手を交わしたところで、レオンの「おい、マルクス!」と叫ぶ声がようやく耳に届いた。
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下にリンクを貼っていますので、ご興味がありましたらそちらもご一読いただけますと幸いです。




