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59 心配性な護衛騎士①

 ジラール邸の一室に、長いため息が響く。その声は、先ほどからコルセットを締め上げられている、ソフィアより発せられたものだった。


「ソフィア様!? すみません、きつかったですか!?」


 イザベラは反射的に声をあげたものの、その手をゆるめる気配はない。それはサラも同じようで、紐を引くイザベラの体を、無表情のまま全力で引き寄せている。


「コルセット、は! だいじょう、ぶ、ですけど! さすがに監視が厳しすぎやしませんか……」


 ソフィアは出入り口付近に控える、女騎士たちを見つめながら、声を振り絞った。


「あー。それは、まぁ……?」


 目を泳がせながら同意を求めた、イザベラの声をかき消すように、サラはきっぱりと言い放つ。


「仕方ありませんね! ソフィア様と瓜二つのステファニー様が誘拐されて、そのうえ、犯人たちはまだ一部しか捕まっていないのですよ? 坊ちゃまも大切なソフィア様を、人目から隠しておきたいのだと思います」


 ようやく解放されたソフィアは、よろよろと鏡台きょうだいに手をつく。

 いくら否定したところで、二人はレオンに恋愛感情があるといって譲らないものだから、近ごろはこういった話題が出ても、聞き流すようになってきていた。


 “公爵令嬢”の誘拐事件が発生し、ジラール邸でかくまってもらうことが決まったのが、数日前。それからというものの、ソフィアを取り巻く環境は大きく変化した。


 第一に、身代わりを知る人物が増えたことが挙げられる。


 もともと入れ替わりの事実を知っていたのは、お見合い騒動の際に世話になったモンドヴォール公爵にレオン、ジラール家の女主人と家令に加え、身代わりを見破ったマルクスと、現在失踪中のステファニーだけだった。


 この度、身代わりの継続が決まり、さらに二人の人物に対し、ソフィアの状況が伝えられる。


 一人目はジラール子爵。謎の娘が邸宅に長期滞在するのだから、素性を明かすのは当然の流れだろう。


 挨拶も兼ねて、一度だけ顔を合わせたが、穏やかな目元がレオンにそっくりで、精悍せいかん風貌ふうぼうの男性だった。

 歳のころは中年のはずだが、口ひげを剃れば、ずいぶんと若返って見えるかもしれない。


 父さんと子爵には、仕事上の交流があると聞かされていたので、父の名も伝えてはみたが、心当たりはないようだった。

 まあ、一平民のことなど、記憶になくて当然だろう。


 一方、側付きのサラやイザベラ、ジラール家の騎士の面々には、あくまで“公爵令嬢に瓜二つなソフィア”の保護のみが命ぜられ、入れ替わりの事実は、引き続き伏せられることとなった。


 では、真相を明かされたもう一人の人物は誰かというと、公爵邸に勤めるステファニーの乳母、マルゴーになる。


 今回、“ステファニー”のフリをしたソフィアが、円滑にモンドヴォール邸を離れるためには、彼女の協力が必要不可欠だった。

 

 まずステファニー、もといソフィアが屋敷に帰還してから、使用人たちと“公爵令嬢”は気軽に接触できぬよう、徹底的に隔離政策がとられた。

 それは、可能性は低いものの、邸宅のなかに裏切り者が潜んでいることも考えられたためだ。


 その上で、ソフィアが邸宅を離れるまでの身の回りの世話をしつつ、ステファニーを慕う大勢の使用人たちを止めることができるのは、マルゴーただ一人だと判断が下される。

 まあ、あそこまで令嬢を溺愛している乳母を、いつまでも騙すことはできなかっただろう。


 公爵から真実を打ち明けられた際、乳母は半狂乱になったが、『ソフィアこそがステファニー救出の糸口』と聞かされ、必死に冷静さを取り戻したようだった。


「ソフィア様。どうか、ご無理なさらずに。みなさまの計画が上手くいくよう、マルゴーは遠くから祈っております」


 ジラール邸で別れを告げた際、一人の乳母は涙を浮かべながら、ソフィアの頬をそっと包み込んだ。まるで、長年仕えた“公爵令嬢”をいつくしむかのように。


「レオン坊ちゃま。しっかりとお守りくださいね」


 ひそりと囁きかけられた青年は、ゆっくりうなずいた。


「もちろんだとも」


 ソフィアがモンドヴォール邸を離れる理由は、表向きには『都の喧騒けんそうから離れて静養するため』と広められていた。


 実際のところは、隣の領地へ移動し、ソフィアとして大人しく暮らすだけなのだが、さすがにお付きを連れずに屋敷を後にするのは、モンドヴォールの面々からもいぶかしまれる。


 そのため、数名の騎士とマルゴーだけを連れて、ソフィアは公爵邸を後にした。


 ジラール領に入った時点で、出迎えにきたレオンへ警護が託されたため、モンドヴォールの騎士たちはすでにこの場を後にしている。


 ここにくるまでの間、マルゴーは馬車の中で、ずっと手を握ってくれていた。自身の仕える令嬢と同年代の、うら若き娘へ期待を託すことに、心苦しい気持ちもあったのかもしれない。


 心配そうな顔をした彼女は、ソフィアとレオンを思い切り抱きしめてから、馬車ごと夜の闇に呑まれていったのだった。

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