表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/98

57 大きな選択②

 自分の発言の重さを、マルクスは理解できているのかしら? 陽気に楽しむ姿に、ソフィアはえも言われぬ異質さを覚える。


 公爵やレオンは、声こそ上げなかったものの、青白い顔で魔導士を見つめていた。


「今はまだ、令嬢も元気そうじゃないか。だからこそ、犯人の誘いには乗らずに、あらがってみるのもありじゃないかな」


「マルクス様には、なにか策がおありなのですか?」


 レオンが不安げに尋ねる。質問を受けた魔導士長は、平然と胸を張った。


「魔術は物を介在すると、手がかりが残りやすい。このまま入れ替わりを続ければ、おそらくまた、魔導士を通して連絡が入るだろう。そこが狙い目だよ」


「『狙い目』なんて、そんなふざけた言い方はやめなさいよ。今回は、その『手がかり』すら得られなかったじゃない!?」


 ソフィアが噛みつくと、マルクスは照れ笑いを浮かべてみせる。


「痛いところを突くなあ」

「あなたに人の心はないの? 公爵閣下は、今この瞬間も、家族の命をおびやかされているのよ!?」


 レオンが、興奮するソフィアをなだめようとしてきたが、構わずに想いをぶちあけていく。


「家族を失うことが、どれほど辛いか。私だって、少しでも到着が遅れていれば、兄さんとはもう二度と、話をすることすらできなかったかもしれない! 確かにあなたを見ていれば、魔導士がすごいのは分かるわよ? けど、『狙い目』とか『拷問』だとか……あなたたち、人をなんだと思ってるの!?」

「ソフィア!」


 耳元で叫ばれて、はっと正気に返る。

 私の両肩を、背後から抱きとめるように押さえつけていたレオンは、とても悲しげに、こちらを見ていた。


「お願いですから、もうそれ以上、涙を流さないでください」

「え……?」


 気づけば大粒のしずくが、ぼろぼろと頬を伝っている。


「あれ? すみません、すぐに泣き止みますから」


 けれども、次から次へと涙があふれ出るものだから、目の前の騎士は、焦り顔で固まってしまう。


 ソフィアは両手に顔をうずめつつ、それでいて冷静に、自身の感情と向き合っていた。

 なぜかしら。転生してからこれまで、泣いたことなんてなかったのに。


 この事態は、マルクスにとっても予想外だったようで、あたふたしながらこちらへ駆けてきた。


「ごめんよ、ソフィア。悪気があったわけじゃないんだ」


 魔導士は、ゆったりとした袖元をソフィアに近づけると、豪快に顔全体をぬぐってくる。


「僕も、言い方がよくなかったかもしれない。ねえ、許してくれない?」


 なぜだかマルクスまでもが、泣き出しそうな顔をしていて、ソフィアは目元をこすりながら、軽く吹き出してしまった。


 ああ、そうか。私、自分で思っていたよりも、ずっと不安だったのね。


 訳もわからないまま、首を切り落とされてしまった、一度目の人生。

 そして、いきなり与えられた十五歳の体に加えて、経験したことのない事件ばかりが襲ってくる、二度目の暮らし。


 今世こそは生き延びよう、家族を死なせるわけにはいかないと、気を張り詰めていたところもあった。

 自分を救うことができるのは、結局のところ、過去を知る己だけだと思い込んでいたのだから。


 でも、一人で抱え込む必要なんて、なかったのかもしれない。


 ソフィアの表情が和らいだことに気がついたマルクスは、ほっと一息つき、丁寧な口調で続ける。


「色々話したけど、これは全部、ソフィアが“公爵令嬢のフリ”をする場合のことだから。もし君が辞めるって言っても、僕は止めたりしないよ」


 曇りのない瞳は、まっすぐにソフィアをとらえていた。


「でも、ソフィアが頑張るってんなら、僕も力になるし、子爵令息だってそばで守ってくれるさ。そうだろ? ジラールの長男坊さん」


 突然話を振られたレオンは、苦しげにこう漏らす。


「私は、身代わりを続けることは、危険すぎると思います。ですが、ソフィア嬢がこれからも、“ステファニー”として行動するおつもりなら、身命しんめいしてお守りするだけです」


「ふふ、模範解答って感じだね。じゃあ、モンドヴォール公爵はどうかな?」


 魔導士は満面の笑みをたたえつつ、公爵のほうへ向き直る。

 娘の所在すら分からぬ父親は、ひどく苦々しい顔つきで答えた。


「いくらステファニーの命がかかっているとはいえ、そのためにソフィア嬢を危険にさらすなど、あってはならぬこと。尊重すべきは、ソフィア嬢の意思でしょう」


「ふーむ。それじゃあ、君の気持ちを聞かせてもらおうか? ソフィア」


 全員の視線が、こちらに移る。ソフィアは乱れた髪を素早く整え、大きく息を吸った。


「正直に言うと、もともと私は、ステファニー様に対して、あまりいい印象を抱いてはおりませんでした。ですが……」


 ソフィアはこの場にいない、ステファニーを想った。


 私にそっくりで、私とは何もかもが違う、特別な星のもとに生まれた少女。


 私の一度目の人生を、あっけなく終わらせた“前世のステファニー”には、恨みすら抱いていた。さらに、こちらの世界にきてからは、貴族としての責任すら放棄する、身勝手なところに辟易へきえきしたものだ。


 けれども、彼女と再び出会い、まだ幼いステファニーと交流を重ねるうちに、いつしかこちらの気持ちにも、変化があった。


「ステファニー様のお考えに触れ、文通を続けていくうちに、いろいろな面を知ることができました。純粋なまでのひたむきさに、分け隔てなく接する情け深い心。彼女自身が重ねてきた努力の数々が、多くの人から信頼される結果に繋がっているのだと、今ではよく分かります」


 それからソフィアは、モンドヴォール公爵の前へ進み、穏やかに語った。


「この失踪が、誰かの策略によるものならば、私はステファニー様の頑張りを無駄にしたくはありません。これからしばらくは、子爵邸でお世話になりますし、その間だけでも、身代わりをしてみます。あ、もちろん、ずっとは無理ですけどね!」


 ソフィアが微笑みかけると、公爵はしずしずとこうべを垂れる。再びこちらへ向けられた彼の瞳は、わずかに揺らめいてみえた。


「感謝いたします、ソフィア嬢。では私は、引き続き、神殿について調べていきますね」


 すると、それまで満足げに見守っていたマルクスが、頭を大きく傾ける。


「なんでいきなり、神殿が出てくるの?」

「そういえば、マルクスには話してなかったわよね。ステファニー様は失踪する直前に、神官たちと会っていたらしいのよ。だから閣下は、この家出騒動と神殿に、なんらかの関係があるとお考えなの」


「へえ……。じゃあそちら側は、公爵に任せるとしよう」


 魔導士は頭上で腕を組み、大きく伸びをした。くつろぐマルクスに、レオンは敬礼を向ける。


「マルクス様。ソフィア嬢の警備体制について、お話をさせていただきたいのですが」

「ああ、いいよ!」


「私も聞かせてもらおう、レオン。しばらくは、ジラール領とこちらの土地を、行き来することになるだろうから」


 顔を突き合わせる三人を見つめながら、その意外な組み合わせに、ソフィアは不思議な感情をいだいていた。

 あの面々が一堂に会するなんて。前世の私が耳にすれば、きっと驚くだろう。


 転生を果たしてからというものの、ここまでは一人で、がむしゃらに走り抜けてきたつもりだった。


 けれども今、私の周りには、これほど親身しんみになってくれる人たちがいる。

 いや、これまでも気づけなかっただけで、きっとたくさんの人が、私を見守ってくれていたのだろう。


 思い込みはよくないと、つくづく考えさせられる。


 公爵はステファニーから聞かされていたような、家族をないがしろにする人物ではないし、マルクスも想い人を好んであやめる、狂人ではなかった。


 そして、レオンはどうかと思い返したところ、彼に関しては、転生前の印象と異なる点が、ほとんどないことに気がつく。


 違うことばかりの二度目の人生で、変わらないものもあるのだと思うと、ほんのり心が温かくなった。

第二章本編は、こちらで完結となります。

次話は番外編の更新を予定しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ