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55 偽者たちの帰邸

 仮眠をすませたソフィアらは、早いうちに病院を出発し、モンドヴォール邸へと向かった。


 これから世話になるレオンの屋敷ではなく、ステファニーの生家へ足を運んだのは、表向きだけでも“誘拐された公爵令嬢が、無事に戻ってきた”という演出をするためになる。


 一行を乗せた馬車が、モンドヴォール邸へ到着した途端に、大勢の使用人たちが我先にと飛び出してきたことには、ソフィアもさすがに仰天ぎょうてんした。


「「おかえりなさいませ、ステファニー様!」」


 たちどころに、人山に囲まれてしまう。慌てるソフィアを眺めながら、マルクスがけらけらと笑う姿が、遠くに見えた。


「気持ちは分かりますが、一度落ち着きなさい!」


 さざめく彼らを叱りつけ、足早にこちらへ歩み寄ってきたのは、公爵令嬢の乳母だった。

 マルゴーは強張こわばった面持ちで、私の手を握りしめる。


「ご無事で何よりです、ステファニーお嬢様」

「ご心配をおかけしましたね、マルゴー」


 ソフィアの返答に、彼女の眉がぴくりと動いた。


「おやめください。お嬢様は、なにも悪くないのですから」


 それからふくよかな体に、“公爵令嬢”を抱き寄せると、こらえきれずにおいおいと泣き出してしまう。


「もう、マルゴーったら。あなたがいちばん大袈裟おおげさなのよ」


 けれども周りを見渡すと、他の使用人たちも、同じように喜びの涙を浮かべていた。


 フリオン邸からの帰路で、離れ離れになっていたあの侍女は、膝をついて顔をおおっている。遠巻きに見守っている大勢の騎士たちも、姿勢は正しているものの、その表情には、安堵あんどの色が見てとれた。


 本当に、みんなから好かれているのね、ステファニーは。


 彼らをあざむいているという事実に、ソフィアは心苦しさを覚えつつ、“ステファニー”として歓待を受け入れたのだった。


 ひとしきり交流を終え、ステファニーの私室へと移動する前に、三人は公爵の書斎を訪れた。ここへ足を踏み入れるのは、転生後に身代わりを引き受けた時以来の、二度目になる。


 モンドヴォール公爵は、私の姿を捉えるや否や、立ち上がって勢いよく頭を下げた。


「ソフィア嬢! このたびは怖い思いをさせてしまい、深くお詫び申し上げます」


「顔を上げてください、モンドヴォール公爵閣下。謝罪の言葉は、すでに十分すぎるほどいただきましたから」


「まあでも、騎士たちの不手際は、間違いなくモンドヴォールの失態だからねぇ」


 マルクスがあおるように返すと、公爵は彼を悔しげににらみ返したのだった。


 険悪な二人をなだめてから、レオンは改めて、騒動の概要を語り始める。


 “公爵令嬢ステファニー”の誘拐騒ぎの裏で、ソフィアを狙った事件が同時に発生していたこと。

 犯人はソフィアをさらったつもりで、彼女の兄を連れ去ってしまったこと。そして、無事救出されたかに見えた兄は、記憶の一部に欠損が見られたこと。


 淡々と語られる事実に耳を傾けつつ、ソフィアは黙って拳を握りしめる。

 心的外傷による記憶喪失である以上、兄が今後ソフィアのことを思い出せるかどうかは、医師であれども分からないというのが、病院側の見解だった。


 レオンの報告に、今度はマルクスが口を挟む。


「僕からもいいかな、モンドヴォール公爵? 僕がソフィアを連れ去った件に関しては、改めて話す機会を設けるとして。ソフィアのお兄さんをさらった犯人は、かつて魔塔で働いていた魔導士なんだ」

「えっ。そうなの!?」


 驚いたソフィアに、彼はうなずいて返す。


「公爵は知ってるだろうけど、僕は最年少で魔導士長の座についたんだ。反発する者も多くて、今回の犯人も、僕の就任時に魔塔を離れた、かつての同僚の一人だった」


 ということは、兄さんを助けるために、マルクスが吹き飛ばしたあの男が、旧知の人物だったの?

 ソフィアが困惑の表情を浮かべていると、マルクスはすこし困ったように、はにかんだ。


「こう見えて、僕も敵が多いんだよ。まあ、特段親しかったわけでもないし、気に病むことはないさ」


 マルクスが続きを語る前に、今度は公爵が、遠慮気味に口を開いた。


「よろしいでしょうか、マーケル魔導士長。魔塔を抜けた人間は、仮に魔導士を続けたとしても、魔塔の管轄外となる認識でいたのですが」


「もちろんそうだよ」

「では今回の犯人を、あなた方が拘束することは、越権行為に当たりませんか?」


 レオンがはっと目を開く。言われてみれば、元同僚をマルクスらが糾弾きゅうだんする権利など、どこにもないように思えた。


 しかし、当の本人はそう問われることを察していたのか、平然と突っ立っている。


「ま、本来であれば、あんな小物のことはほうっておくんだけどね」


 なんとも面倒くさそうに、青年は言い捨てた。


 それにしても、酷い物言いだ。魔塔に所属できていたということは、それなりの実力者であるはずなのに。

 もしかすると、年齢の問題ではなく、こういう生意気な態度が、仲間たちからの反発を招いていたのではないかしら?


 ソフィアからのうたがわしげな視線には、マルクスも気づいたようだが、間抜けな笑顔をこちらへ返すだけで、すぐさま公爵に向き直ってしまう。


「でも、彼らが禁術について調べ回っているなら、僕は魔塔の長として動かなければならない」


 “禁術”という、聞き馴染みのない単語を耳にして、公爵とレオンは同時に顔を見合わせる。


「禁術はその難易度と危険性から、全面的に使用を禁じられている。そもそも、使い方が載っている指南書すら、禁制本として魔塔に収納されているくらいなんだ。仮に彼らの目的が、禁術の入手だとするなら、僕らは見過ごすことができない」


 ずいぶんと、物騒ぶっそうな話になってきた。


 それにしても、昨晩マルクスが語った話が真実ならば、彼は私を転生させるために、前世で“流星の禁術”を使ったことになる。


 なぜ危険を冒してまで、私を生き返らせようとしたのか。

 何度思い返しても、処刑前のマルクスと私の接触は、王城のサロンで会話を交わした、数分程度の出来事でしかなかった。


 もしかすると、私をたすけてほしいと、誰かに依頼されたのだろうか。そうであっても、禁術を使わなければならないほどの大仕事を、快く引き受けたりはしないわよね?


 悶々もんもんとするソフィアを置き去りにしたまま、公爵は質問を重ねた。


「魔導士長。今回の事件と、その禁術とやらの関連性は?」


「ああ、ごめんね。禁術は最高機密の一つなんだ。たとえ一般人であっても、秘密を知られたからには、それなりに対処しなくちゃいけなくなる。だからこれ以上は、聞かないでもらえると助かるな」


 その言葉を聞いて、ソフィアはさらに混乱する。私にはあっさりと、“流星の跡”のことを打ち明けたわよね?


 そろりとのぞき見たところ、魔導士はしたり顔で目を細めてみせた。まるで、共犯者に目配せするかのように。


「とにかく、だ! 魔塔としても、あの男からは、詳しく話を引き出す必要がある。それこそ、拷問をしてでもね」


 なぜだか嬉しそうに、マルクスは言い放ったのだった。


 変わり者の魔導士長と、そんな彼へ白い目を向けている、ソフィアと公爵に気を遣いながら、レオンは語りかけてきた。


「ひとまず、魔塔からの連絡が入るまで、ソフィア嬢はジラール邸で、ごゆるりとお過ごしください。今度は長い滞在になることを、イザベラとサラにも伝えますから」


「ありがとうございます。あのう、レオン様。お伺いしようと思っていたのですが、これからステファニー様の身代わりは、どうなさるおつもりですか?」


「……まさか、こんな目に遭っても、まだステファニーのフリをする気でいたのですか!?」


 疑うような瞳が、こちらに向けられている。レオンにしては珍しいことに、とっさに口をいて出た言葉のようだった。


 青年の叫びを聞き、次いで公爵が、慌てて口を差し挟む。


「そんなことはしなくていい! ソフィア嬢の保護を申し出たのは、これまでの恩を返すためだ。ステファニーの身代わりを続けさせるために、屋敷へ招こうとしたわけではないのだから」


「そういえば、ソフィアはどうして、公爵令嬢のフリなんかしてたの? まあ、見た目は似てたかもしれないけどさ」


 マルクスは思い出し笑いをしつつ、尋ねてくる。


「それは、ええと……どこから話せばいいのかしら」


 返答に困っていると、不思議なことが起こった。公爵の部屋に、ノック音が響いたのだ。


 けれどもそれは、廊下から聞こえてきたものではない。どうやら、屋外から窓枠を叩かれているようだ。

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