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双面の贄姫 〜身代わり令嬢はどうにかして悪役を回避したい!〜  作者: okazato.
第二章 第二の人生

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53 二人の同居人①

 静まりかえった室内に、無機質な秒針音が響く。特別室を訪れていた医師らは、簡単な診察を終え、すでに部屋を後にしていた。


 詳しい検査は明日以降になるものの、やはりエリアスには、記憶障害が起こっているという見立てのようだ。


 細かなやりとりに疲れたのか、兄は医師らを見送ってから、すぐ眠りについてしまった。母も疲れた顔をしながら、応接室のソファに深く腰を下ろす。


「母さん。休む前に、ちょっとだけ話を聞いてくれない?」


 娘の頼みに、彼女はやわらかな微笑みを返した。ソフィアはふうっと大きな息を吐いてから、ゆっくり口を開く。


「あのね。私、しばらくの間、レオン様のお屋敷でお世話になろうかと考えてるの」


 首のあざに触れながら、ソフィアは先刻の会話を思い返していた。


「さ、次期子爵様の話でも聞かせてもらおうか」


 沈み込んでいるソフィアとは対照的に、目の前の魔導士は、いかにも気楽そうに言い捨てた。


「申し訳ないのですが、マルクス様は少し、外していただけないでしょうか」


 丁寧に答えたレオンに向かって、マルクスは楽しげに顔を近づける。


「なんでさ。僕に聞かれたら、困ることでもあるの? 救出劇には一役買ったんだから、一緒に聞く権利ぐらいはあると思うんだけど?」

「……おっしゃるとおりでございます」


 異常な距離の近さに、レオンは戸惑いつつ、ふところから手鏡を取り出した。


 驚くべきことに、鏡にはモンドヴォール邸にいるはずの、公爵の姿が映し出されている。

 後で聞かされたマルクスの解説によると、これは魔導具と呼ばれる品で、離れた人物とも連絡をとり合うことのできる、貴重な器具だそうだ。

 これを加工したのも、魔塔の人間らしい。つくづく、魔術とは便利な能力だと感心してしまう。


「では、続きは公爵様からお話しいただきます」


 レオンに促されたモンドヴォール公爵は、誘拐事件にソフィアを巻き込んだことを謝罪したのちに、郊外の別荘でソフィア一家をかくまいたいと提案したのだった。


 今回は、エリアスを狙った誘拐事件も同時に発生していたが、ソフィアの拉致に関しては、モンドヴォールの馬車が襲撃されたことから、自身の家門に対する攻撃だと判断していたらしい。


 身代わりの事実を、ソフィアの家族たちへ正直に打ち明けたうえで、犯人が捕まるまでは、モンドヴォール家の庇護下ひごかに置くのが最善だと考えている様子である。


 それに異を唱えたのが、この人騒がせな魔導士だ。


「いや、そんなことしたって、なんの意味もないでしょう」

「!? レオン。なぜ、人払いをしていないのだ」


 公爵の厳しい目は、マルクスに向けられている。あからさまな態度からも、この魔導士が、ソフィアを拉致した張本人だということは、すでに知っているようだ。


「勘違いしないでよ、モンドヴォール公爵。僕は個人的に、ソフィアと話をするために連れて行っただけで、モンドヴォールに害をなすつもりはないんだ」


「……では、話を変えましょう。彼女たちを保護したところで、なんの意味もないとは、どういうことでしょうか」


 重々しい雰囲気のなかでも、マルクスはからからと笑いながら答える。


「よく考えてみなよ。今日はモンドヴォールの精鋭せいえいたちを、護衛につけてたんだろう? それでどうなった? 手も足も出せなかったじゃないか。どこにソフィアを隠したって、また魔導士に襲われれば、結果は同じだ。大事なのは“誰が守るか”だと思うけどね」


「では、貴殿はどのようにすべきとお考えですか」


 慎重な問いかけに、マルクスはさらりと応じた。


「ソフィアは魔塔で暮らせばいい。他の家族のことは、君たちに任せるよ」


 そこからなぜ、ジラール子爵邸で厄介になる流れへ変わったのか。

 それは、レオンがこう反論してくれたからだった。


「国王直属の組織に、にせの王太子妃候補を預けるわけにはいきません。魔導士への対策は、今後検討するとして、これからは私が、護衛騎士となってソフィア嬢を守ります!」


 意外にも、マルクスはその案をあっさり受け入れる。ただし、条件付きではあったが。


 そして、娘から突拍子とっぴょうしもない提言ていげんを受けた母は、その場で固まってしまっている。


「ほら、狙われてるのは私だけだし、犯人が分かるまでは、隠れていた方がいいのよ。ああでも、あの家に帰ったら、母さんたちも危ないでしょ? だからしばらくは、ケビンやエリアス兄さんを連れて、別のところで暮らしてもらえないかな」


 慌てて付け足すと、ようやく正気に返ったのか、母はまばたきを繰り返しながら、言葉を絞り出した。


「それなら、あなたも一緒にきなさい。見つからなければいいだけだとすれば、私たちと離れて暮らす理由にはならないでしょう」


 すると、隣でじっと構えていたレオンが、会話に割って入った。


「あなた方にとって、娘御むすめごが大切な存在だということは、重々承知しております。それでも、これは家族だけでどうこうできる範疇はんちゅうを、とうに越えています。もちろん、ご家族の皆さまにも、安心して暮らせる家をご用意いたします。ですがソフィア嬢だけは、そばにいてもらわなければ、いざという時に守りきれません」


 彼はずいと身を乗り出し、母の手にそっと触れる。


「これだけ大きな事件に巻き込まれたのです。心労もいかばかりかとお察し申し上げます。兄君にはもちろん静養が必要ですが、あなた様も休息をとるべきだと、ソフィア嬢は以前から心配なさってましたよ」


 確かめるように、母がこちらを見つめる。そういえば、母親の体に不安があるということは、ダンスレッスンの際に雑談の一つとして、彼に伝えていたのだった。


「そもそも、花祭りで不穏分子の種を取り除けなかったのは、私の落ち度です。どうか、挽回する機会をいただけませんでしょうか。みなさまと同じように、私もソフィア嬢の助けになりたいのです」


 戸惑う母親の隣に、今度はマルクスが勢いよく座った。


「安心してよ、お母さま! 僕もそばにいるからさ」


 さらに混乱する母を見守りながら、ソフィアはため息をつく。


 これこそが、マルクスの出した条件だった。

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