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双面の贄姫 〜身代わり令嬢はどうにかして悪役を回避したい!〜  作者: okazato.
第二章 第二の人生

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52 変事の余波

 ところ変わって、ソフィアたちは王都のはずれにある、民間の病院に身を寄せている。


 無事に“ステファニー”が保護されたと聞いた王室は、外傷の有無に関わらず、彼女をすぐさま王立病院へと移送するように告げた。


 しかしレオンは、なによりも早く医師にせる必要があると主張し、近場の病院に“幼馴染”を連れて行く許可を、半ば強引に取りつけたのだった。


 そしてここは、ジラール家が長年援助してきた施設でもある。

 公爵令嬢への面会の申し入れは、完全に謝絶されていた。厳戒態勢げんかいたいせいを敷かれた特別室で、ソフィアは寝台に横たわる青年の手を、強く握りしめている。


「ソフィア嬢。夜も更けましたし、あちらでお休みになられてはいかがですか? 兄君には、私も付き添いますので」


 いつでも仮眠をとれるよう、レオンの計らいによって、病室にはいくつかのベッドが運び込まれていた。


 彼の申し出を、ソフィアはやんわりと断る。

 もちろん、レオンのことは信頼しているが、兄の意識が戻るまで、そばを離れる気にはなれなかった。


「そろそろ目を覚ましてくれても、いいんだけどね」


 向かいに腰掛ける母は、静かに呟く。


 私たちがこの病院に到着してから、しばらくしたころに、母と弟もこちらを訪れた。

 どうやら、私が“ソフィア”の服装に着替えたタイミングを見計らい、マルクスが家族たちを転送させてくれたらしい。


 とはいえ、なんの説明もせずに魔術を使ったようで、いきなり病室に飛ばされた二人は、すっかり混乱していたのだが。


「私よりも、母さんこそ、少し横になったらどう?」


 娘からの声がけに、母は黙って首を振る。


 救出に向かった際、兄は血だらけの状態で発見されたものの、すぐにマルクスが治癒をほどこしたためか、重篤じゅうとくな状態ではないと医師から告げられていた。とはいえ、拷問を受けていたのは明らかで、目を覚ます気配は感じられない。


「ねえ、ソフィア。もう一度、ちゃんと話してくれない?」


 枕元に立つ母は、兄の髪を優しく整えながら、こちらをじっと見つめた。


「なぜかは分からないけれど、この首のあざが原因で、狙われているみたいなの。今回は私と間違えて、エリアス兄さんが襲われてしまったのだけど」


「そもそも、そんな痣一つで、なぜあなたが狙われなければいけないの」


 母は悔しげに顔をゆがめる。静まった病室には、ケビンの呑気のんきないびきだけが響いていた。


 幼い弟は、兄の目覚めを待つことができず、ずいぶんと前に仮設ベッドで眠りについている。


「そんなの、私が聞きたいくらいよ。でも、しばらく家には戻らないほうがよさそうね」


「あなたまさか、家を出るつもりなの?」

「……これ以上、みんなに迷惑をかけるわけにはいかないわ」


 すると母は、険しい顔でこちらに歩み寄ってきた。


「母さんは反対よ! なんの非もないあなたを、一人で戦わせたりするもんですか!」

「ちょっと母さん、声が大きいわよ」


 慌てるソフィアをよそに、母親はすっかり興奮しきっている。


「私はね、ソフィア。生まれたばかりのあなたを、初めてこの腕に抱いたあの日、なにがあろうとこの小さな命を守り抜くと、固く誓ったのよ! どんな困難が立ちはだかろうとも、みんなで一緒に乗り越えるわ。だって、それが家族じゃない」


 改めて聞く親心は、深い愛に満ちていて、照れ臭くはあれども、純粋に嬉しいものだった。


 もし、前回の時間軸で、母さんが命を落としていなければ。あの大きな謀略ぼうりゃくに面しても、私を必死に助けようとしてくれたかもしれない。


 けれども今回の問題が、家族の力だけでは乗り越えられないことだというのは、すでに明らかである。

 レオンも同じ考えのようで、首を横に振っているのが見えた。


「あのね、母さん」


 ソフィアが口火を切ろうとしたところで、エリアスが小さくうなる。


「兄さん!?」

「エリアス! 痛いところはない?」


 二人が同時に叫ぶと、兄は目を閉じたまま、大きくまゆをしかめた。


「母さん、声、でかすぎだから……」


「あのねえ。息子が突然、病院に運び込まれたと聞かされて、驚かない母親がいるとでも思う!?」


 たしなめるような物言いだが、憎まれ口を叩くだけの元気があることに安心したのか、母の声は穏やかだった。

 ほっとしたのはソフィアも同じで、エリアスの手を強く包み込む。


「よかった。兄さんになにかあったら、私、私……!」

「ここは、どこだ?」


 うつろな瞳で、兄が尋ねてくる。


「病院よ。エリアス兄さん、血だらけの状態で見つかったの、覚えてない?」

「記憶が曖昧で……。あと、それと」


 なぜだか気まずそうに、ソフィアから顔を背ける。


「あなたが、俺のことを助けてくれたのでしょうか? ありがとうございます。もう大丈夫ですので、手を離してもらえませんか?」


 エリアスの耳は、真っ赤に染まっていた。


「もう、エリアスったら。なにを勘違いしてるの! あなたが手を繋いでいるのは、ソフィアじゃない」


 母が軽快に笑い飛ばすなか、兄はゆっくりと、こちらへ体を向ける。


「ソフィアさん……ですか? もしかして、前に会ったことがありましたか?」


 真剣な眼差しが、ソフィアをる。冗談を言っているようには見えなかった。


「すみません。頭がはっきりすれば、思い出せるかもしれないのですが」


 “少女”の反応を見て、兄は取りつくろうように、話を継ぎ足した。


 固まる娘に代わって、今度は母が、慎重に言葉を選ぶ。


「エリアス。そこに寝ているのは、誰だか分かる?」

「ケビンじゃないか。どうしたんだよ、いきなり」


「じゃあ、質問を変えるわ。この子のことは、本当に思い出せないのね?」

「……はい。申し訳ありません」


 それからエリアスは、ソフィアの手を丁寧に押しもどし、深々と頭を下げたのだった。


 患者の意識が戻ったということで、寝室には医師が招かれる。


 診察に立ち会う母親を残し、ソフィアは続き間の応接室で、ソファに身を預けたまま、呆然と虚空こくうを見つめていた。


「お兄さん、意識を取り戻したのか! よかったね」


 顔を上げると、先ほどまで姿をくらませていたマルクスが、目の前で仁王立ちをしながら、満足げにうなずいている。


「マルクス! あなた、どこでなにをしてたのよ!?」


 詰め寄るソフィアと一定の距離を保ちつつ、彼は早口で答えた。


「これでも、色々と忙しくしてたんだよ? あの魔導士が逃げ出したりしないように、魔塔へ閉じ込めてきたし、他の犯人たちも憲兵に引き渡したしさ。まあ、それはいいとして。せっかくお兄さんの目が覚めたっていうのに、ソフィアはどうして、そんなに荒れてるのかな?」


「それは、兄さんが私のことを……すっかり忘れちゃったみたいだから」


 やっとの思いで吐き出すと、マルクスは不思議そうに顔をかたむける。


「記憶喪失? なんで、そんなことになってるの?」


「魔術のせいじゃないの? 私のことだけ忘れちゃうなんて、そんなの、普通だったらありえないでしょう」


「お兄さんは、ソフィアのことだけ思い出せないの? なら、自分で記憶を隠したんじゃないかな」

「どういうこと!?」


 必死の形相ぎょうそうで迫られても、マルクスはのほほんとした調子で続けた。


「実は、魔塔へ連れて行ったついでに、少しだけ、あの魔導士を詰めてみたんだけどね。君のお兄さんは、やっぱり“流星の跡”に関する情報を差し出すよう、おどされていたらしいよ。でも結局、なにも話さなかったみたい」


「分かってるわよ。全部、私のせいだってことぐらい」


 ソフィアは小さく鼻をすする。あの時に触れた兄の血が、今も爪の間に残っていた。


「きっと、最後まで必死に、ソフィアのことを守ろうとしたんだよ。いいお兄さんじゃないか」


 マルクスにしては珍しく、こちらを元気づけるような返答だ。てっきり、ソフィアのひねくれた発言を、そのまま肯定されるとばかりに思っていたのだが。


 しかし、その気遣いが辛くもあった。


 思いがけない二度目の人生を得てから、私は自分の運命を変えるために、一生懸命動いてきたつもりでいた。


 もう二度と、兄弟たちを殺させたりしない。そう心に誓っていた。

 けれども、どうだ。いざふたを開けてみれば、これほどまでに大勢の人々を巻き込み、家族たちも傷つけてしまった。


 兄さんだって、あんな無茶をするくらいなら、私のことを全部話してくれればよかったのに。ソフィアは心の底から、そう感じていた。


「まあ、生命を脅かすほどに強烈な心的外傷トラウマを受けたのだから、変に記憶が飛んでも不思議ではないかな。それか、ソフィアのことを話さぬよう、極限状態で耐え続けた影響で、妹に関する記憶だけがすっぽり抜け落ちてしまったか、だね」


 すっかり肩を落としたソフィアを見て、マルクスは声を張り上げる。


「あの魔導士崩れは、後々僕が口を割らせるさ。とりあえずソフィアは、身の振り方を考え直したほうがいい。ご家族のことも含めてね」

「それは、どういうこと?」


 ソフィアが尋ねると、彼は少しばかりかたい表情で、口を開いた。


「敵が誰かは分からないけれど、自宅まで見つかってるんだ。お兄さんだけでなく、ご両親や弟さんも危ないだろう」


「私が家族と離れるだけじゃ、足りないっていうの!?」


「残念ながら、その通りだね」

「もう、どうしたらいいのよ……」


 ソフィアが頭を抱えていると、病室の外へ出ていたはずのレオンが、真面目な顔つきで戻ってきた。


「おかえりなさい、レオン様」

「ソフィア嬢。今後のことで、私からご提案があります」


「あ、ちょっと待ってよ」


 ソフィアとレオンの間に割って入ったマルクスが、指を一つ鳴らす。


「これで僕らの会話は、周りの人たちには聞こえなくなったよ。さ、次期子爵様の話でも聞かせてもらおうか?」


 マルクスは、大袈裟おおげさに手を叩いても、医師たちが反応を示さないところを披露ひろうして、得意げに胸を張ったのだった。

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