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双面の贄姫 〜身代わり令嬢はどうにかして悪役を回避したい!〜  作者: okazato.
第二章 第二の人生

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51 それは愛ゆえに

 一行いっこうが次に移動した先は、ソフィアの生家だった。

 ジラールは急な出来事に驚きながらも、これはマルクスの魔術による瞬間移動だと察しているようだ。


「少し遅かったみたいだね。連れ去られた跡がある」


 マルクスは部屋を眺めつつ、きっぱりと言い放つ。一目見た限りでは、自宅に異常は見られないのだが。


「じゃあエリアス兄さんは、どこへ行ったっていうの!?」


 興奮するソフィアを支えながら、今度はレオンが口を開いた。


「マーケル様がお探しなのは、ソフィア嬢の兄君ということになりますでしょうか?」


「マルクスでいいよ。あと敬語はむずがゆいし、普通に話してくれない?」


「では、マルクス様。ソフィア嬢の兄君を助け出すために、私の力が必要だという理解でよろしいですか」


「堅苦しいねぇ!? まあいいか、そんなところだよ。幸いなことに、後を追うのは簡単そうだし、すぐにでも向かおうか」

「承知しました」


 マルクスはローブの袖をたくし上げながら、にこにこと話し続ける。


「お兄さん以外は、みんな敵だと思ってくれればいい。魔導士は僕が相手するから、他を適当にやっつけてね。ああそれと、君はソフィアっていうのか! とりあえずソフィアは、僕たちの足手まといにならないように、近くでひっそり隠れておくんだよ」

「……はぁ!?」


 ソフィアが反論する前に、マルクスは再び指を鳴らしたのだった。


 その一方で、三人が追いかけているエリアスはというと、仮面をつけたフード姿の男と対峙たいじしていた。


「いったい、なんだってんだよ!」


 謎の男へ語りかけても、こちらからの問いかけには、反応すら示さない。


 エリアスは内心焦っていた。

 つい先ほど、来訪者を確認すべく、自宅の戸に手をかけたところまでは覚えている。けれども、次に目を開いた時には、この殺風景さっぷうけい廃墟はいきょに捕らえられていた。


 状況から察するに、自分は誘拐されたのだろう。麻紐を使い、全身が古びた椅子にくくりつけられていて、その場に立ち上がることすらできない。


 あの時、他の家族が家にいなかった点だけは、不幸中の幸いと言うべきか。


 目の前に立つフード姿の男が、どうやら主犯のようだ。建物の中には、他にも数名、同じ仮面をかぶる者たちが控えているが、整列したままこちらの様子をうかがうだけだった。


 それにしても、なぜ俺を誘拐したのか。金も持っていなければ、大した利用価値もないのに。


 男をめつけていると、強い力で頭を押さえつけられた。


「いてっ!?」

『なぜ“流星の跡”が消えている?』


 不気味な声が脳内に響き、背筋がぞわりとする。


 目の前の男が、口を開いたわけではない。しかし、彼から発せられた言葉ではあるようだ。


『この数日間で、転生目的を果たしたというのか。そもそもお前は、なぜ生きながらえている?』


 周囲のお付きたちに、彼の“声”は届いていないらしい。緊迫きんぱくした空気を感じてか、こちらを怪訝けげんそうに見ている。


 エリアスにも、彼の話はほとんど理解できなかった。しかし、星型のあざについてだけは、心当たりがある。


 先ほどこの男は、俺のうなじを確認していた。エリアスの頭には、ちょうど数日前、首元に謎の跡をこさえたばかりの妹の顔が浮かんでいた。

 おそらく、花祭りで男装していたソフィアのことを、俺だと思い込んでいるのだろう。


『見たところ、魔力量はそこまで多くないようだが……まさか、跡を消す方法でもあるのか?』

「魔力量? 転生? さっきからなに言ってんだよ」


『あくまでしらを切るなら、こちらにも考えがある』


 そう言いながら、男の手がエリアスの肩に置かれた瞬間。


「!?」


 体中に強い衝撃を覚える。それはまるで、内臓が内側から爆発したかのような、激しい痛みだった。

 こらえきれずにむせ込むと、口元から勢いよく鮮血が溢れ出す。


 こいつ、なにをしたっていうんだ!?


『苦しいよな。大人しく話すなら、手加減してやってもいいぞ』


 温情的な声がけとは裏腹に、その声色はとても冷酷なものだった。


 苦痛からの解放と引き換えに、ソフィアを差し出せというのか。


 たとえ全てを話してしまったとしても、あいつは俺のことを、恨んだりはしないだろう。

 純真無垢じゅんしんむくな妹の、屈託くったくのない笑みが目に浮かぶようだった。


「……話すわけないだろう」

『なんだと?』


 彼の声に、初めて動揺が感じられた。


「跡なんて、ちっとも知らねぇよ。他を当たらないと、時間の無駄だと思うがな」

『……そちらがそのつもりなら、徹底的にやらせてもらおう』


 そしてすぐに、先ほどとは比べ物にならないほどの痛苦つうくに襲われる。


『安心しろ、死なない程度には治してやる。だが、口を割らない限り、拷問は終わらないぞ』


 その言葉通り、男はエリアスの体を治癒ちゆしては、凶悪な術を繰り返した。


 声にならない叫びを上げながら、青年は悶絶もんぜつする。ついには椅子ごと倒れ込み、痛みを逃すためか、自身の体を床へ打ちつけ始めた。

 あまりに壮絶な有り様に、遠巻きに見守っていた仮面男たちも、たまらず顔を背けていく。


 エリアスは必死に意識を保ちながら、本来の標的であったはずの、ソフィアに思いをせていた。


 こんな痛みに、あいつが耐えられるわけもない。俺でよかったよ、本当に。


 それからどれほどの時が経ったろうか。


 気を失いかけては、四肢ししが引き裂かれるような激痛を与えられ、強引に意識を戻される。

 もはやエリアスに、抵抗する力は残っていなかった。


『そろそろ、話す気になったか?』

「知らない。俺はなにも知らない……」


 それはある意味、本心だった。


 かたくなな青年の態度にごうを煮やしたのか、男はついに、エリアスへ直接手をかけようとする。けれども、次の攻撃が届くことはなかった。


「魔導士様!?」


 周囲の男たちがざわめく裏で、エリアスの呼吸が急に楽になる。フード姿の男はというと、気づけば壁際まで吹き飛ばされていた。


「なっ、なんだ、こいつらは?」

「どうして、ここが分かったんだ!?」


 うすぼんやりした視界の端に、周りを囲んでいた仮面男たちが、次々と倒れていく姿が映り込む。

 彼らと相対あいたいする人物は、先日妹が連れ帰った、若い近衛兵に見えた。


 なんでまた、こんなところにあいつがいるんだ。さてはこの男も、性懲しょうこりもなくソフィアに付きまとっていたのか?


「エリアス兄さん! 大丈夫!?」


 突然、耳元で金切り声が響く。柔らかく巻かれた黒髪が、エリアスの頬をふわりとかすめた。


 馬鹿野郎。なんでここへきたんだ!

 あいつらの狙いは、俺じゃなくてお前なんだぞ!?


 そう伝えたいのに、口を動かすことすらできない。 


 突如現れた妹は、兄を縛りつけるロープを解こうとしている。しかし、べったりと血がこびりついているせいか、どうにもうまくいかないようだ。


 しばらくしてから、仮面男を片付けたレオンがこちらへ駆け寄り、麻紐を切り落とした。


「兄さん、分かる? 私よ。ソフィアよ!」


 ようやく解放されたエリアスの体を、ソフィアは優しく抱きとめる。


 改めて妹を眺めると、なぜだか見たこともない豪華なドレスをまとっていた。化粧のせいか、いつもより顔色も明るく見える。


 もしかすると、これは都合のいい夢なのだろうか。あまりのつらさに耐えきれず、幻覚でも見ているのかもしれない。


 それならば、とびきりの笑顔でいてくれればいいものを。

 貴族と見まごうほどに華やかな容姿だというのに、ソフィアは顔をくしゃくしゃにしながら、大粒の涙をこぼしている。


 また泣いてるのか、こいつは。

 俺に手を引かれながら、ぼろぼろと涙を流す幼姿おさなすがたを思い出す。


 まったく、人騒がせな妹だよ。すぐにこうやって、めそめそするんだから。


 エリアスは、震える指でソフィアの頭を撫で、それから完全に意識を失った。

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