49 流れる星の跡②
「これはね、とある禁術を使った痕跡なんだ」
マルクス・マーケルは身なりを整え、改めてソフィアに向き直る。
「魔導士たちは、この痣のことを“流星の跡”と呼んでいる。僕の予想では、これと同じものが君の体にも残ってると思うんだけど……隠しているものを、見せてもらってもいいかな?」
ソフィアは急いで壁に背をつけ、後ろへ回りこもうとする彼を、ぎりぎりのところで阻んだ。
「い、嫌に決まってるじゃない! 似ている跡があったとしても、きっと別物よ。だって私、魔術なんて使えないもの!」
「そうだね。あんなに難しい術を、君が扱えるとは考えてないよ。それに、禁術を施したのは、僕だろうしね」
……この人、涼しい顔でさらりと、ものすごいことを言わなかった!?
「どういうこと? 禁術って、いったいなんなの?」
「流星の禁術は、いわば転生術だよ。本来は自分自身の余命と引き換えに、時を遡ることで、記憶を保持したまま過去に戻ることが可能だと伝えられている。けれども、僕には術を使った跡があるだけで、過去の記憶は残っていなかった。だから考えたんだ。自分以外の誰かに、術をかけたんじゃないかって」
そこまで一息で言い終えたかと思うと、彼は楽しげに、こちらへ駆け寄ってくる。
「禁術の対価は人の命。理論上は、殺人と同時に術を施せば、過去の世界へ他人を戻すこともできるはず。この仮説が正しいとするなら、君は前世の記憶を持っていると思うんだけど、違うかな!?」
ずり落ちた眼鏡を整えながら、嬉々として語りかけてきた。
あまりの高揚ぶりに、頭が痛くなる。もしマルクスが転生術を施したとするなら、その目的はやはり、愛するステファニーを処刑から救い出すためかしら。
「あなたには、過去の記憶がないのでしょう? なぜ私に、禁術をかけたと断言できるの?」
「それは簡単な話さ。君の体に、僕の魔力が混ざっているからだ」
「魔力が……混ざる?」
怪訝な顔をするソフィアに、彼は得意げに語りかける。
「よく勘違いされるけど、魔力っていうものは、特別な人間だけに与えられた能力ではないんだよ。容量に差はあれど、生きとし生けるものは全て、体内に魔力を秘めている。君にも、生まれた時から備わっている魔力があるんだけど、ここまでは理解できるかな?」
彼の語る話は、どれも初めて聞くことばかりだった。
そもそも、魔力を持つ貴重な人材は、国王に召し上げられるというのが通説なのだから、ソフィアが驚いたのも無理はない。
まさか私の中にも、魔力があるだなんて。そんなの、考えたこともなかったわ!
「僕くらいになるとね、見えるんだよ。相手の魔力量であったり、その質がどうかってことが。だからね、僕が持っていたはずの魔力が、君の体に入り込んでしまっているのには、すぐに気がついた。おそらくだけど、本来は自分にしか行えない禁術を、別人に施した影響で、力を一部持っていかれたんだろう。とても珍しい現象だ!」
なぜだか興奮気味に、彼はしゃべり続ける。
「魔力が人に移るなんて、聞いたこともない! 僕としては、そのへんを詳しく調べたいんだけど、協力してもらえないかな? ええと、本当の名前を教えてよ」
勢いよく差し出された右腕を、ソフィアは迷わずに叩いた。
「いきなり誘拐してくるような相手を、簡単に信用できると思う!?」
彼はしばらく硬直していたが、ようやく言葉の意味が理解できたのか、頭をかきながら姿勢を崩した。
「それもそうか。多少、やり方は悪かったかもしれない。ごめんね?」
「もっと謝るべきことがあるんじゃないの!? 私の首を切り落としたこととか!」
「わーお。僕、そんなことしちゃったの? 申し訳ないけど、術を使った記憶はないから、もしも思い出せたら、その時はちゃんと謝るね」
「はあ……もういいわよ。でもどうして、私がステファニー・ドゥ・ラ・モンドヴォールではないと断言できたわけ?」
「ああ。それは君の魔力の色が、ステファニー嬢のそれとは全く違うからだよ。ひと目で分かるさ」
「嘘よ。だってあの時、あなたは私のことを、ステファニー様だと思い込んで……」
「あの時? それ、いつのことだい。ねえ?」
隣で騒ぐマルクスを無視して、ソフィアは考える。
処刑の際、彼はステファニーへの恨みを口にしながら、私を手にかけた。
前世の“ソフィア”は、“ステファニー”だと勘違いされたまま、命を奪われたと思い込んでいたが、もしかすると、マルクスは私を転生させるために、意図的に処刑人として現れたのかもしれない。
でも、なんのために? 私とこの人は、たった一度、対話をしただけの関係なのに。
「なぜあなたは、私に術を使ったの? それも“禁術”なんて呼ばれている、いかにも怪しい魔術を!」
「なにも覚えてないからなぁ。強いて言うなら、謎の多い流星の禁術を、興味本位で試したような気はするけど」
「そんな理由で、私を殺そうとしたの!? やっぱり最低ね!」
「逆に考えてみない? 君は死ぬはずだったのに、こうやって人生をやり直せてる。むしろラッキーだよね」
ソフィアが噛みついても、マルクスは飄々とはぐらかしてくる。
「そこまで前向きに捉えられるはずがないでしょう! どれだけ怖かったと思ってるのよ!」
「許してよ! 今の僕が、君を殺そうとしているわけじゃないんだからさ」
けらけら笑う相手を見て、こちらもなんだか気が抜けてしまった。
「私は『ステファニー様』ではないって、そんなにすぐ見破られるのなら、ここまで頑張ってきたのが馬鹿みたいだわ。兄さんのフリをしたのも、全く意味がなかったのね」
「どういうこと? 君は、モンドヴォールのお嬢さん以外にも扮していたの?」
意地悪な微笑みに、ついカチンときてしまう。
「なによ。花祭りの日に、兄さんの格好をしていた私のことを、捕まえようとしてきたくせに! あの時襲ってきた魔導士たちは、きっとあなたのお仲間でしょう? 流星の跡がなんだのって、そう話していたし」
「ちょっと待って。その魔導士たちは、魔塔の人間だったの?」
彼は珍しく真面目な顔をして、ソフィアに問いかける。
「ええ。レオン様も、そうおっしゃっていたわ。てっきりあの魔導士たちから、私の存在が知られてしまったと思っていたのだけれども……違うの?」
突然考え込んだマルクスを見て、なんだか不安になってしまう。
彼はしばらく押し黙っていたが、ようやく重い口を開いた。
「色々と思うところがあるのは分かるけど、一時休戦にしてもらえないかな」
そう告げたかと思うと、今度はいきなり、手を握りしめてくる。
「ちょっと、なにするの!?」
振りほどこうとしたものの、離れる気配がないどころか、彼は指先にますます力を込めてきた。
「いい? 落ち着いて聞いて。まず、その魔導士たちと僕が、繋がっているわけじゃない。だから、花祭りで君を襲った人物は、誰だか見当もつかない」
「嘘! じゃあ、他にも私を狙っている人たちがいるの?」
「その話は後にしよう。今、君に分かっていてほしいのは、僕のように魔力を目視できる人間なんて、魔導士の中でもごくわずかだってこと。祭りで君を襲った人物の、本当の狙いが“流星の跡を持つ人間”だとすれば、一番危ないのは君じゃない。だって君は、祭りの当日に、まるきり別の姿で過ごしていたんだから」
「じゃあ、まさか……兄さんが狙われているの!?」
「とにかく、早く動いたほうがいい。お兄さんのところへ急ごう」
まだ、彼のことを信じていいのかは分からない。けれども、あの日の選択が家族を脅かしているのなら、どう動くべきかは明らかだった。
今世では、兄さんとケビンにも、幸せになってもらわないといけないんだから!
ソフィアは息をのみ、ゆっくりうなずいた。
マルクス・マーケルの登場回は、20→29→03・04→31→45→48〜(時系列順)となっています。よろしければご覧ください!




