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双面の贄姫 〜身代わり令嬢はどうにかして悪役を回避したい!〜  作者: okazato.
第二章 第二の人生

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42 予想外の展開②

 室内から様子をうかがっていたステファニーは、人の気配が消えたことに気づき、扉に耳を近づける。すると、すぐにノックの音が四回響いて、思わず飛び上がってしまう。


「ステファニー様。失礼してもよろしいですか」


 声の主はおそらく若い女性で、聞き覚えはないように思えた。

 慌ててベッドのそばにかがんだところで、ドアがゆっくりと開く。部屋を訪れたのは、フードを深くかぶる、謎の人物だ。


「驚かせてしまったのなら、申し訳ありません。レオン・ジラール様にご協力いただき、ここまでくることができました」


 かぶり物を外した相手は、驚くほどに自分自身と瓜二つの少女だった。


「あなたは、一体誰なの……?」


 一方のソフィアは、音も立てずに現れた公爵令嬢が目にうつり、心臓が縮み上がってしまう。おどおどと警戒するステファニーの姿は、記憶のなかの“完璧な公爵令嬢”とは異なり、年相応の純真な娘に見えた。


「私はソフィアと申します。あなた様と顔が似ているだけの、身分の低い町娘でございます」


 なおも目を光らせるステファニーに、ソフィアは小声で語りかける。


「ステファニー様とそっくりな私が、モンドヴォール邸へ招かれた理由が、お分かりになりますでしょうか」


 顔をしかめていた少女は、はっと血相けっそうを変え、ソフィアに近づく。


「まさか、私の代役として連れてこられたの?」


「今のところ、そのようなお話は受けておりません。ですが、あなた様がここから出られないのであれば、いずれそうなってしまうのではないでしょうか」


「なんてこと……」


「できれば私も、そのような危険をおかしたくありません。ですから、ステファニー様の正直なお気持ちを聞かせてほしいのです! ステファニー様は、王太子様との婚約をこころよくは思ってらっしゃらないのですよね?」


 彼女は肯定するだろうと、そう信じて疑わなかった。けれども、ソフィアに手を包まれたステファニーは、複雑そうな表情を浮かべている。


「違うの。私、ルイス様が嫌だとか、そういうわけではなくて……」


「ではなぜ、ここから出ることを拒まれているのですか!?」


 ステファニーの思いがけない返しに、こちらも調子はずれの声が出てしまう。


「自信がないのです。この家では、いくらわがままを言っても許されてきましたから、作法もろくに身についていません。社交界にもうといですし、そもそもお見合いも放り出していたのですよ? いきなり内定と聞かされても、なにかの間違いとしか思えなくて」


 身代わりの一件を知らないステファニーからすると、あまりに早い展開は、理解の範疇はんちゅうを超えているのかもしれない。


 さらに、他にも気づいた点がある。かつて訪れたステファニーの自室には、壁を埋め尽くすほどの書物が置かれていた。それがなぜか、今は影も形もない。

 ステファニーの完全無欠な淑女しゅくじょっぷりは、幼少期からの努力の賜物たまものとばかりに思っていたが、そうではなかったのだろうか。


「仮に間違いで選ばれていたとしても、これからステファニー様は、どうなさるおつもりですか。登城の予定は明日に迫っているのですよね?」


 彼女は逡巡しゅんじゅんしながら、壁に飾られた一輪のドライフラワーに目を向ける。ずいぶんと黒ずんではいるものの、かつては大輪たいりんほこ薔薇ばらであったのだろう。

 ぬいぐるみや精巧なビスクドールといった、いかにも良家の子女が好みそうな玩具がんぐが部屋中にあふれているだけに、少々古めかしい壁飾りは浮いて見えた。

 もしかすると、これが王太子とステファニーだけの知る、大切な思い出なのかもしれない。


「はっきりとさせなければ、いけないわよね……」


 曖昧あいまいな態度の少女を前に、ソフィアは本心を聞き出すべく、立ち入った質問を投げることにした。


「ステファニー様は、王太子様のことを慕っておられるのですか?」


 すると、たちまちのうちに頬が真っ赤に染まる。


「そんな、私ごときが想いを寄せるなど、恐れ多いことです」


「ご謙遜けんそんを! 王族との結びつきも強い、公爵家のご令嬢がお相手として相応ふさわしくないのであれば、誰が王太子妃になれるというのですか」


「それはほら、フリオン家のクロエ様とか。あのお方は私と違い、美妙みみょうで人望もありますから……」


 自分を卑下し続けるステファニーに、ソフィアはぴしゃりと言い放つ。


「いいですか。クロエ様がどのようなお方かは分かりませんが、王太子妃候補に選ばれたのは、間違いなくあなた様です。このトランキルで、王太子様への想いを公言しても許される女人にょにんは、ステファニー様ただお一人なのですよ」


 そして、なおもまごつく少女に、こうたたみかける。


「現実から目を背け、私を王城へ向かわせてもいいです。けれど、それで婚約者の地位を失ったとしても、決して後悔しないと言いきれますか」


「それは、……難しいかもしれません」


 ぼそりとこぼれた本音を、ソフィアは聞き逃さなかった。


「では、ひとまず頑張ってみませんか? ご自身の能力に懸念けねんを抱かれているのなら、これから磨けばいいだけです。それに王太子様も、ステファニー様を婚約者に望まれていると伺いました。もっと自信を持ってください!」


 するとステファニーは、わずかに瞳を輝かせる。


「王太子さまが私を望まれているというのは、本当ですか?」


「ええ、ジラール卿がそうおっしゃっていましたから。出会ったばかりの私が、こんなことを言うのは失礼だと思いますが、ステファニー様は自分で未来を切り開くことのできるお方だと、そう信じております。どうか、私の手など借りずとも、幸せになれるというところを見せてください」


 『自分の幸せは自分自身で掴みとる』と、過去の世界で“稀代きだいの悪女”は言い捨てていた。あの気概きがいが、かたわらの少女の内にも秘められているに違いない。


 矜持きょうじを備え、気高く君臨した“呪われた婚約者”ことステファニー。彼女は人の痛みなど意に介さず、残酷なまでに周囲を巻き込み、己のためだけに貪欲どんよくに生きていた。


 だからこそ、“悪女”だけは絶対に許さないと、最期の時に誓ったはずだった。

 けれども、目の前で震えている少女が、あの・・ステファニー・ドゥ・ラ・モンドヴォールと同一人物とはどうしても思えない。


「一つ、お願いごとをしてもよろしいかしら?」


 ステファニーはこちらの様子を伺いながら、おどおどと切り出す。


「それは、どういったお願いになりますでしょうか?」


「私、こういった相談のできるお友達がいないのです。その、立場的にも繊細な気持ちを打ち明けられないというか。ですから、もしあなたがよければですが、時々こうやって話を聞いてはくださいませんか? ええと、あなたのお名前は……?」


 関係を深めることに、躊躇ためらいもある。それでも、彼女のひたむきな眼差しにけてみてもいいのではと思えた。


「ソフィアです、ステファニー様。ご不安な思いが安らぐのであれば、いつでも私をお呼びくださいませ」


 その言葉を聞いて、ステファニーは心の底から安心したようだ。


「ああ、よかったわ! それにしても、か弱い女の子をいきなり屋敷へ連れてくるなんて。レオンにはちゃんと言い聞かせないと!」


 勢いよく扉へ向かっていこうとするステファニーに、慌てて叫ぶ。


「それはいいのです! 納得したうえで、ここへきましたから。ところで、アンヌ様はどちらにいらっしゃるのですか?」


 ソフィアはずっと気にかかっていたことを尋ねる。今回は正面からモンドヴォール邸に入ったが、彼女の姿はどこにも見当たらなかった。


「申し訳ありません。今、誰とおっしゃいましたか?」


「ええと、あのお方はステファニー様の筆頭侍女だと思うのですが」


「ああ、マルゴーのことね! 彼女は私の乳母でもあるの。筆頭侍女というよりも、私の親代わりといったところかしら」


 ステファニーはにこやかに、先ほど出会ったばかりの侍女の名を唱えた。


「いいえ、マルゴー様のことではありません。アンヌという人物が、こちらに勤めていませんか? 姓はたしか『ルゲ』で、私よりも少し若いくらいの、小柄で短髪な女性です。髪はスピノサスモモの実に似た、青紫色をしていたのですが」


 黙って耳を傾けていたステファニーだが、困り顔で答える。


「ごめんなさい。館の使用人は把握しているつもりですが、アンヌという方を見かけたことはないです。その方は、仕えている家が違うのではないかしら?」


 どういうことだろう。ステファニーのそばに張りついていた、あのアンヌがモンドヴォール邸にいないなんて。


 もしかすると、ステファニーの様子がずいぶんと違うのも、アンヌが側仕えをしていないからかもしれない。ではなぜ、筆頭侍女が存在ごと消えてしまっているのか。


 深く考えなおす前に、ステファニーがジラールをらしめに行こうとするものだから、ソフィアは彼女を止めるべく、急いで後を追いかけた。

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― 新着の感想 ―
[一言] ステファニーの性格やアンヌのことなど、前回とは違いがあり、このあと話がどう展開するのか気になりますね! 引き続き拝読します!!
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