30 筆頭侍女の罪
いつものように涼しい顔をして、アンヌは証言台へ立った。
自らを秘密警察と名乗る男は、壇から降りると早足で彼女に詰め寄る。
「アンヌ・ルゲ、これらの人物と面識はあるか?」
彼の手に掲げられているのは、三人の男性の絵姿だった。そして、そのうちの二人は、ソフィアにも見覚えがある。
「ええ。それが何か?」
強面の警察官に面しても、臆することなく答えた娘には、むしろ相手の方がまごついていた。
それでも男は気を取り直し、すぐにアンヌへ問いかける。
「彼らとの関係について、順番に話してもらおうか」
彼女は身じろぎもせず、淡々と語り始めた。
「ユーゴは辻馬車を操る御者で、公爵邸にも頻繁に出入りをする人物でした。中央の青年は、ステファニー様の語学教師の一人で、王様がランドサムスから招いたと伺っております」
語学教師とはもちろん、ステファニーと恋仲であった男性のことを指している。そしてユーゴと呼ばれた人物は、ソフィアが故郷を離れて公爵邸を訪れた際、世話になった馬車の運転手だった。
ということは、残る一人もステファニーと縁のある人物かもしれない。
外見は四十代ぐらいだが、『公爵令嬢と男女の関係であった』と主張される可能性もなくはないだろう。事実かどうかはさておき、ステファニーとの不義を自慢げに語った、あの神官の件もあるのだから。
ソフィアは、なぜか口を結んだアンヌを、静かに見つめていた。
なかなか続きを口にしようとしない被疑者に、警察の男は苛立ちを隠すこともなく噛みつく。
「もう一人の人物とは、どのような関係なのだ」
「関係などございません。ただ一度、会話を交わした程度です」
「それは、いつ、どこで!?」
圧の強い質問を受け、アンヌは短くため息をついてから、気だるそうに答えた。
「あれは確か数年前の、うだるような暑い夏のことでした。暗くカビ臭い牢獄の中で、彼は縮こまっていたと記憶しております」
「そいつにお前は、なにをしたのだ」
男からの詰問に、彼女はあからさまに不快そうな表情を浮かべる。
「なんですか、人聞きの悪い。あの方に危害を加えていたのは、むしろそちら側ではないですか。着衣しても分かるほど、体中には拷問の跡が残っていましたよ」
「誤魔化すつもりかっ!?」
鼻息荒く言葉を被せた相手を見て、反論するだけ無駄だと悟ったのか、アンヌは仕方なしに答えた。
「ただ、飲み薬を差し入れただけです。苦痛から解放される、とっておきのものを」
すると、それまで勢いよく糾問していた男が、はっと息を呑んだ。ソフィアのいる当事者席からも、空気がひりついたのがよく分かった。
「お前はそれを、他の二人にも与えたのか」
慎重な問いかけに、アンヌは口角を上げ、嬉しそうに微笑む。
「色々と聞きたいことはあるが、その前に。王太子殿下! 恐れ入りますが、そちらの女性はどなたでしょうか」
急に話を振られた王太子は、それでも表情を変えることなく、少女の肩を抱き寄せた。
「リリーは私の伴侶となる娘だ。こちらは気にせず、好きに進めてくれ」
「では、あなたが“聖女”様か! 王室へ入られるお方ならば、話を聞かれても問題はないでしょう。他のみなさまも、ここから見聞きすることは他言無用でお願いします」
「なぜ箝口令を……?」
隣の弁護士は、ソフィアにかろうじて聞こえる程度に小さく呟く。
「いいか。この三人は死後、体内から同一の毒物が検出されている。それは『魔女の花』と呼ばれる植物から抽出された成分だった。彼らに毒を飲ませたのは、アンヌ・ルゲ──お前だな?」
法廷内にざわめきが起こる。予期しない展開に、ソフィアも驚きを隠すことができなかった。
先程までこの場で争われていたのは、言ってしまえば、一貴族の色恋沙汰の有無に過ぎない。それが突然、殺人罪の話題に取って代わられたのだ。
とはいえ、ステファニーの恋人を含む三人もの男を、あのアンヌが殺めたと言われても、そう簡単には信じられないが。
警察の男は、暗紫色のベリーが詰まったビンをちらつかせ、アンヌに迫る。
「これが『魔女の花』だ。どうやって牢獄内に持ち込んだのかは分からないが、三人目の人物についても、相手の素性を知ったうえでとった行動だろう」
「そういえば、ご存知ですか? その花は“人を騙す者の魅力”という花言葉を持っているのですよ」
噛み合わない返答に、男は舌打ちを見舞う。
「もう一度確認するぞ。この男はジルベール・ダグラス。先代国王の暗殺容疑をかけられていた人物だ。お前はそれを知った上で、彼に毒薬を与えたのか」
「えっ!」
甲高い叫びを受け、人々の視線が“聖女”に集まる。
「たっ、大変失礼いたしました! ですがルイス様、先代の国王様は病死されたはずでは?」
ソフィアの認識も、彼女と同じだった。かつてこの国を治めた王は、病によって寝たきりの状態になり、そのまま帰らぬ人となった旨が民には伝えられていた。
恋人に尋ねられた王太子は、彼女を見つめたまま、ゆっくりうなずく。
「表向きはそのようにしている。晩年に病を患っていたというのは、事実だからな。しかし、病気が直接的な死因となったわけではない」
突然の打ち明け話には、周りのお付きたちも戸惑いを見せている。
「そなたらが知らぬのも無理はない。お祖父様の死に関する情報は、城内でも限られた人間にしか明かされていないのだから」
傍聴席から身を乗り出した王太子は、こちらに向かって声を上げた。
「先代国王は当初、治療薬の副作用によって崩御されたと考えられていた。だが、実際はそうではなかったことを、秘密警察の方が詳しく把握しているのだろう?」
そう問われた男は、敬礼で応えたのちに、話を引き継ぐ。
「我々が秘密裏に調査を行ったところ、長年国王に投与されていた薬品は、本来処方すべきものとは大きく異なっていることが判明した。そしてそれは、担当医の指示ではなかったことから、我々は薬の管理と処方を託されていた、助手の男を暗殺容疑で捕らえることにしたのだ。とはいえ、故意か過失かまでは判断がつかない。投獄し、真実を明らかにしようと考えていた矢先に、ダグラスは獄中で亡くなった」
王太子は恋人の耳元に、そっと囁きかける。
「我々王族も、あの男は隠し持った毒薬で自ら命を絶ったと聞かされていた。自宅は綺麗さっぱり片づけられていて、証拠の一つも見つけられなかったが、それゆえに蓋然性が高いと判断し、捜査は打ち切りになっていたはずだ。しかし、容疑者の死に第三者が関与していたとすれば……」
そこで言い淀むと、王太子は“聖女”の手を掴んで、こちらに背を向けた。
「リリー、城へ戻るぞ。仮にジルベール・ダグラスが口封じのために殺されたと考えると、彼に手をかけたあの女をはじめ、暗殺に携わった共犯者が生存している可能性も出てくる。一刻も早く、父上にことの次第を話さねば」
少女はうろたえながらも、恋人の手を強く握り返した。
傍聴人が法廷を去ろうとするなか、警察の男はアンヌに質問を重ねる。
「なぜ、そのようなことをしでかした。それらは、お前の主であるステファニー・ドゥ・ラ・モンドヴォールから依頼されたのか?」
彼の鋭い目が、ソフィアへと向けられた。
「もちろん、私の行動は全て、ステファニー様のためのものです。けれども、お嬢様から直接命じられたわけではありません」
「ではなぜ、三人を殺した!?」
声を荒立てる男性の姿に、アンヌは腹を抱えて笑い声を上げる。
「愚問ですね。お嬢様がなにをお望みかは、聞かずとも分かりますよ。だって私は、あのお方の筆頭侍女なのですから!」
「狂ってる……」
恍惚とした顔で言い切った娘に対し、それまで口を閉ざしていた書記の男が、思わずそう漏らすほどには、異様な雰囲気が漂っていた。
体を拘束されながらも、一人笑い続けるアンヌは、そのまま法廷の外へと連れ出されていった。
呆然とするソフィアの隣では、弁護士が頭を抱えている。
その後、裁判は再開され、幾日か証言台に立つ日が続いたが、ソフィアの発言はもはやなんの意味もなさなかった。
あの場にいた全ての関係者が、アンヌの悪行さえ、ステファニーの陰謀だと感じただろう。
全ての公判を終えたその翌日、たいていの予想通り、ステファニー・ドゥ・ラ・モンドヴォールには大罪人の烙印が押された。
といっても、アンヌの犯した一連の毒殺事件については、民に明かされることもなく、ステファニーが殺人教唆の罪に問われることもなかった。
様々な疑惑を残しながら、“悪女”は王族を謀った多情な娘として、贖罪の機を待つこととなる。
王太子の婚約者という地位を剥奪され、ただの犯罪者となった娘は、石造りの牢獄へと身柄を移送された。
さらに雑居房へ収監すると、他の受刑者たちと共謀をはかるおそれがあるとして、冷え切った地下の独房にたった一人で閉じ込められてしまう。
陽の光も差し込まない、暗く寒い檻の中で、ソフィアは肩をすぼめながら、気が狂いそうに長い日々を生き続けた。
一枚布の服でも、ようやく寒さを感じなくなってきた頃、ソフィアは浅い夢の中で、懐かしい声を耳にする。
『フィー』
その夢では、自分と同じ顔をした少女が、こちら側へ手を振っていた。
『フィー』
彼女はソフィアを見つめながら、その名前だけを繰り返している。
「フィー! 聞こえる?」
まぶたを開けると、格子の向こうに人の影が見えた。
「ステファニー様!?」
慌てて彼女の元へ駆け寄ると、ステファニーは檻の中へ腕を差し込み、ソフィアと指を組んだ。
久しぶりに感じる人肌のあたたかみに、ぽろぽろと涙がこぼれてしまう。
「ごめんなさい、すっかり遅くなってしまったわ」
「いいえ、謝らないでください! ステファニー様がご無事で安心しました。このようなところへいらして、大丈夫なのですか?」
螺旋階段のふもとには、周囲の様子をうかがう屈強な男性が控えている。まるで武人のように逞しい体貌を、公爵邸で目にしたことはない。
もしかすると、彼はアンヌの代わりにステファニーの身辺警護を任された人かもしれないと、ソフィアはぼんやり考える。
「女性の看守に金を握らせて、ほんのいっときだけ面会を許してもらったの。あまり時間はないから、手短に話すわね。さあ、これで涙を拭いて」
絹のレースハンカチを目尻に押し当てる、ソフィアの姿を見つめながら、ステファニーはうっすらと笑みを浮かべた。
「あなたに、最後の仕事をお願いします。私の代わりに死んでくださいな」




