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双面の贄姫 〜身代わり令嬢はどうにかして悪役を回避したい!〜  作者: okazato.
第一章 ある少女の追想

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29 閉じられた法廷

 それからすぐに、派遣された弁護士がソフィアのもとへやってきた。


 父と同い年ぐらいの、アドルフと名乗る男性は、人権派として広く知られる人物だそうだ。目尻の下がった瞳とふくよかな頬が、その人柄を表しているように見えた。


「事情はあらかた伺っております。厳しい取り調べを受けて、事実とは異なる供述をする者も大勢いますから、嘘をいたことを気に病む必要はありません。公判では、正直に真実だけをお話しください」


 そう言って、裁判の流れを大まかに語り始める。


「あの、少しよろしいでしょうか」


 おずおず話しかけると、弁護人は朗らかな笑みを浮かべ、続きを促した。


「なぜ、私の弁護を名乗り出たのですか。こちらから頼み込んでも、多くの弁護士が首を縦に振らないなか、先生はすすんで公爵家へいらしたと伺いました」


「それはですね、ええと」


 彼は兵士に背を向け、そっと顔を寄せてくる。いで警戒するソフィアの耳元に、ひっそりと囁いた。


「ここだけの話ですが、ジラール子爵令息にお願いされたのです」


「ジラール……いえ、レオンにですか?」


 目を見開くソフィアに対し、弁護士は大きくうなずく。


「注目度の高い裁判ですし、はじめはお断りしたのですが、レオン様は諦めずに何度もうちへ訪ねていらして。その熱意に負けたとでもいいましょうか」


「あの人はむしろ、私のせいで苦しい思いをしたはずなのに。どうして」


 動揺しているソフィアの手を、弁護士は両手で優しく包み込んだ。


 見張りは妙な顔でこちらを見つめていたが、しばらくすると退屈そうに目を逸らした。恐らく、また一人の男が“悪女”に取り込まれたとでも考えているのだろう。


「安心してください、ステファニー様。無実を信じる者が、あなたの周りにもきちんといるのですよ」


 それから弁護士は、ソフィアの肩に手を置き、神妙な面持ちでこう続ける。


「訴状の内容も確認しましたが、あまりに現実味のない嫌疑です。できるだけのことはやりますので、公平な裁きに期待しましょう」


 心強い声がけに、何度も頭を下げてから、ソフィアは涙をぬぐった。

 出会ったばかりの弁護士は、細かな打ち合わせを終えるまで、“悪女”と呼ばれる娘を励まし続けたのだった。


 公爵令嬢の弁護人が去った後、魔塔ではちょっとした騒ぎが起こる。マルクス・マーケルが、ソフィアの滞在している部屋を訪れたのだ。


 彼との接触は、王城のサロンで遭遇したとき以来の出来事になる。

 ただし、マルクスの姿を直接見ることはなかった。部屋に押し入ろうとした青年は、見張りの兵に抱え込まれ、階下へと連れていかれたようだ。


 扉の向こうから聞こえてきたのは、成人男性のものとは思えないほどの、感情的に泣き叫ぶ声だった。


「どれだけ人をあざければ気がすむんだ、ステファニー……!」


 その言葉を聞き、もしかするとマルクスも、“悪女”に運命を狂わされた一人なのかもしれないとソフィアは感じていた。


 裁判の日は、あれよあれよという間にやってくる。


 裁判所の前には、傍聴ぼうちょうを望む市民たちが溢れかえっていた。あまりの人の多さに、裁判所は公判での混乱を避けるため、急遽きゅうきょ傍聴人の入廷を禁じたほどだ。


 その知らせを耳にした民衆は、口々に不満を漏らし、大半は納得がいかないとして、その場に居座り続けている。


 暴言が飛び交う屋外とはうってかわって、法廷内には証人の声だけが響き渡っていた。


 弁護士からある程度聞かされていたが、この裁判は、あくまで事実確認をおこなう形式的なものでしかない。


 そもそも、物的な証拠はほとんど存在していないことから、ステファニーの罪を証明するものは、相手方の証言に委ねられている。そのため、耳にするのもおぞましい醜聞しゅうぶんの数々が、検事や証人たちの口から語られていく。

 生々しい供述は、もはや猥談わいだんのようで、この場に立っていることさえも辛く感じるほどだった。


 ソフィアは悪心おしんを押し殺しながら、ただ『いいえ』とだけ唱え続ける。


 幸いなことに、優秀な弁護人のおかげで、一部の証言はくつがえすことができた。

 神殿入りをする前の疑惑については、公爵邸でソフィアに教育を施した講師たちが、アリバイを証明するだけでなく、教え子の無実を訴えてくれたことも大きかっただろう。


 心なしか、判事たちもこちら側に寄り添ってくれているようで、少しばかり気持ちが軽くなった。


 初日の公判が終盤に差し掛かったころ、それまでからだった傍聴席に、人影が現れる。それは、わずかな供を連れた王太子だった。


 彼のかたわらには、まだあどなさを宿す娘が付き添っている。それは、新聞で何度も目にした、噂の“聖女”と同じ特徴を持つ少女だった。


 透明感のある白みがかった金髪は、短く切り揃えられている。紫を帯びたつぶらな紺の瞳に、小さな唇がとても愛らしい。


 あれが、王太子の望んだ相手なのか。


 遠い目で見つめると、彼女は顔を青くして、こちらをはばかることもなく王太子の胸に飛び込む。


 ちょうどその時だった。


「裁判長! 急ぎ、ご報告したいことが」


 駆け込んできた職員から耳打ちを受け、法廷の長は硬い表情で立ち上がる。


「公判は一時休廷とする。被告人は証言台から下がりなさい」


 強引に当事者席へ戻されたソフィアが、担当弁護士に目を向けると、彼自身も何が起こっているのか分からないといった様子で、裁判官席の動きを注視していた。


 裁判長たちが法廷を去ると、ねずみ色の作業服に身を包んだ男性が、代わりに法壇へ立つ。


「んん、失礼。私は秘密警察のべナールと申します。異例ではありますが、証人としてここへ招かれている人物に重要な嫌疑が生じたため、この場を借りて取り調べを行わせていただきます。アンヌ・ルゲ、証言台へ!」


 声がけを受け、ソフィアの前に姿を現したのは、数週間前まで共に暮らしていた“悪女”の筆頭侍女だった。

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