27 張り巡らされた策略②
「そんな、まさか。そのようなはずは」
うろたえる神官に、王太子は耳打ちする。
「全てを吐けば、減刑も視野に入れよう。そなたと令嬢との関係をここで打ち明けるんだ」
「やめなさい、ルイス!」
息子の態度に耐えかねた王后が、扇を足元に叩きつけた。
「ありえません。ステファニーが、そのようにみだりがわしいことを行うなど!」
彼女の声は、怒りのあまり上ずっている。けれどもこちらへ向けられた視線には、信頼の念が満ちていた。
このような状況下にありながら、『ステファニー』の無実を信じてくれている王后の存在は、ソフィアにとって心強いものだった。
「母上、これは事実です。懐疑的であるとおっしゃるならば、すでに彼女との関係が明らかになっている神官たちの名でも唱えていきましょうか」
実母からの非難を軽くいなした王太子は、返答も待たずに、手元の資料をめくり始める。
「いい加減にしなさい!」
「ダニエル・パーカー、アイザック・ロペス、ネイサン・キャンベル……」
「もう十分です! 分かりました、全てお話しいたします!」
ぷるぷると身を震わせながら、神官は王太子を仰ぎ見た。
「確かに神殿には、以前より風紀を乱す者が存在していました。しかし、当事者となるのはたいていが血気盛んな若造で、私に興味を示す女性など、ただの一人もおりませんでした」
自分を置き去りにしたまま進んでいく話題に、ソフィアは不安をかき立てられる。
神官は王族たちの顔色を窺いつつ、おずおず話を続けた。
「そんななか、神殿に入られたステファニー様はとてもお美しく、つい、魔がさしてしまったのです。初めて二人きりとなった祈祷室で、私は、その……乱暴を働いてしまいました」
「なんてこと……!」
王后が悲痛な叫びを上げる。彼女の顔からは血の気が引き、すっかり青白くなっていた。隣席で無表情を貫く国王とは、まるで対照的だ。
「初めての感情でした。別人のように、奮い立つ己を抑えきれなかった……。未来の王太子妃に手を出したのです。私は事実が明るみとなり、打首にされることを覚悟しました。それと同時に、そうでもしてもらわなければ、これ以上自分を律せる自信もありませんでしたので、ほっとしたところもあります」
「その時点では、罪の意識を持ち合わせていたのか。ではなぜ、自分が罪人だと名乗り出なかった?」
それまで静観していた国王が問いかけると、神官は目を泳がせつつも、はきはきとした口調で答える。
「言い訳に聞こえてしまうかもしれませんが、自分の犯した出来事を隠すつもりなどありませんでした! ですからあの時も、神殿を去る準備を整えたうえで、ステファニー様の侍女に伝言を託したのです。明日にでも自首をさせていただくと」
神官は続きを促され、こちらを一瞥してから、強い眼差しで語り始めた。
「その晩、私はステファニー様のお付きの部屋へ呼ばれました。事実を把握した使用人に糾弾されるのかとも考えましたが、驚いたことに、そこで待ち構えていたのは、ステファニー様ご自身だったのです。なぜあのようなことをしたのか、私の口から直接話を聞きたいと、彼女はおっしゃいました。ですから私は、凶行に及んだ理由を、正直にお話しすることにしたのです」
神殿内では若い者に台頭され、悩みが募っていたこと、女性に今まで相手にしてもらえなかったことなど、思い返すのも恥ずかしいほどに、自分勝手な事情を並べ立てたと彼はうなだれる。
「しかし、ステファニー様はその全てに耳を傾け、共感し、さらには私のために涙まで流されて。被害者であるというのに、こちらの境遇を憂い嘆く言葉までくださいました。そして最後に、自分のために命を投げ出してほしくないと告げられたのです」
「ステファニーが、そなたの自首を阻んだのか?」
王太子のこの問いには、さすがの神官も返答に窮したようだ。
「明確に止められたわけではありませんので、私からはなんとも。ですがその時、ステファニー様は口付けをくださいました。あの熱い接吻は、憐れみからくるものではないと感じましたし、火照った細い体を必死に寄せる姿が、とてもいじらしく思えたのを覚えております。だからこそ、ステファニー様の想い人は私であるはずだとばかり……」
ソフィアは、横でうつむく男が何を語っているのか、一切理解できなかった。
アンヌは先ほど、これらは全て王太子が仕組んだ罠だと言っていたはずだ。
そこから考えるに、この男と王太子は共謀し、ステファニーを貶めようとしているのだろう。事実、このように恐ろしい話を暴露されても、王太子は顔色ひとつ変えることなく、玉座を見つめている。
作り話を語るにしても、ここまで人の尊厳を傷つけるような発言が許されていいのか。あまりの怒りに、ソフィアの頭はぐらぐらと揺れていた。
神官は、そのまま一夜を共にしました、と呟く。
「それからも逢瀬を重ねたのか」
「はい。彼女のことはいつも、私の執務室にお招きしていました」
延々と続く下世話な話に耐えかねて、王后はその場を退席した。
その後も王太子と神官は、示し合わせたかのようにすらすらと話を続けていく。
「密会の日は、どのように決めていたのだ?」
「いつもは手紙など交わしておりません。視線が合った際、下唇に人差し指を二回押し当てる。それが、彼女から送られていた合図でした」
「幾度体を重ねた?」
「少なくとも、十は夜を共に過ごしたかと」
「よく話してくれた、ありがとう」
謝辞を述べられ、神官はほっと胸をなで下ろす。
「礼にそなたの収監は、免除してやろう。明日、首を切り落としてやる」
「……は?」
部屋に入ってきた兵士たちは、暴れる神官に猿轡を噛ませ、彼を連れ出していった。
王は黙って眉をひそめている。ソフィアは吐き気をおさえながら、必死に訴えた。
「国王陛下、全くのでまかせです! なぜ私が、そのように淫らなことを行う必要があるのですか!」
「これらの証拠が、全て偽物だと言い張るつもりか? さすがに無理があるだろう!」
王太子は激昂し、資料の束を激しく床へ投げつける。
「手紙にしたためていたではないか。『寂しすぎる』と。それが不義の理由であろう」
「だからといって、複数の男性と、かっ……体を、重ねるなど!」
王太子の素っ気ない返しに声を張り上げると、彼は気だるそうに呟く。
「そなた、王宮から派遣されていた語学教師とは、ずいぶん親密であったそうだな?」
彼の挙げた単語に、思わず体が強張る。もしや王太子は、ステファニーとその想い人の関係に、気がついていたとでもいうのか?
ソフィアが答えに詰まったのを見逃すはずもなく、彼は勝ち誇ったかのような笑みを浮かべた。
「父上、どうやら心当たりがあるようです」
「誤解です! 彼に愛を囁かれたことはありますが、それだけです。王室へ輿入れする決心は鈍りませんでしたし、仮に私が、その教師に恋愛感情を抱いていたならば、なおさら複数の異性と肉体関係を持つなどということにはならないでしょう!?」
ソフィアの知る限り、あのあと語学教師とステファニーは、接触を断っていたはずだ。
二人の関係さえ隠すことができれば、この難局をかろうじて乗り切ることができるかもしれない。
しかしながら、王太子は侮蔑を帯びた瞳をソフィアに向け、ぼそりと漏らす。
「誰が、そなたの本命はあの異国人だと申した」
不自然な沈黙が広間を包む。
彼は諦めたように深い息を吐き、遠い目で語りだす。
「知っているのだ、ステファニー。母上の誕生を祝ったあの日、会場から姿をくらませたそなたを探し、私は城内を歩いていた」
王太子はすっかり目を閉じ、顔をしかめながら苦しそうに話を続けていく。
「あの前日、様子がおかしかったこともあり、そなたのことを心配していた。案の定、会場内では人酔いをしたそなたを介抱する、フィリップの姿が目撃されている。そして弟は周囲に、私の部屋へ『兄の婚約者』を連れていくと伝えていたことを聞かされた。私は自室へと向かい、そこで見たのだ……」
堪えていたものを吐き出すように、はっきりとした声で告げた。
「私の寝台で、そなたとフィリップが、一つになるところを」




