01 終幕の始まり
『好晴だ。今日は』
初老の看守が別れ際にぽつりと漏らしていたとおり、外はよく晴れているのだろう。麻布で塞がれた視界も、眩く輝いている。
心なしか、両腕もじりじりと熱を帯びているように感じられた。
それは単に、後ろ手で縛られた両手首が、簡単には解けぬよう固く結ばれていたせいかもしれないが。
痛みを逃がすため、少しだけ指を動かした途端に、硬くて冷たい棒状のものが背中へ押し当てられた。
「抵抗するな。あとは処刑台へ上がるだけだ」
そう言うが早いか、頭に被せられていた麻袋を無理やり剥ぎ取られる。
ワッという歓声が近くであがった。
目の前には木製の大掛かりな断頭台が、その奥には、広場を埋め尽くすほどの人の海が広がっている。
「いいところのお嬢様だったっていうのに。まさか、こんなことをしでかすなんてねえ」
すぐ近くに立っていたふくよかな女性は、こちらへ鋭い眼を向けながら、憎らしげに漏らした。
久方ぶりの処刑であるせいか、民衆たちはみな高揚しているように見える。
「“呪われた婚約者”はどこだ? 早く台に載せろ!」
王太子妃になると信じられていた女が、その地位を自ら手放し、凋落したという話題は、毎日のように誌面を賑わせた。
噂の悪女を一目見ようと、民は我先にと広場へ詰めかけているのだ。
台の周囲に配置された兵は、想像を超えた群衆に戸惑いながらも、体を張って人の山を押し返している。
「この毒婦め。あんたのせいで!」
脇道から投げ込まれたのは小石だろうか。微かに頬をかすめたものの、大した傷ではないようだ。
構わず歩き続けていると、視界の端に、うら若き女性の組み伏せられる姿が映った。
「ふざけんじゃないよ! あんたたちはあの女の味方だってのかい!? この……!」
警備兵に押さえつけられたまま、女性は汚い言葉を吐き続ける。人々はそれを遠巻きに見守っていたが、次第に彼女へ同調し、ついには束になって兵士につかみかかっていく。
もはや場内は、どこもかしこも騒然としていた。
もちろん、他の者が発した罵詈雑言も、こちらまではっきりと届いている。しかし、彼らの言葉をいちいち気にかけるほど、今は心の余裕がなかった。
背後の兵士たちに気取られぬよう、あくまで従順なふりをしながら、“悪女”は目を光らせる。
必ず〈あいつ〉がいるはず。
刑が執行される前に、〈あいつ〉を探し出さなければ。
しかし、こちらにとってもこの人出は予想外だった。ここから目当ての人物を探り当てるなど、不可能に近いのではないだろうか。
どうにかできないものかと、頭の中で策を巡らせていたその時、青年の力強い声が辺りに響いた。
「私はここにいるぞ、ステファニー・ドゥ・ラ・モンドヴォール!」
その言葉を受け、広場はいっとき静まり返る。
そっと顔を上げると、処刑器具の陰に、白銀の頭髪がちらりと見えた。
「ルイス殿下っ……」
だが、後の言葉を続けることはできなかった。
かつての婚約者の傍らには、聖女だと噂されている、平民上がりの娘が寄り添っていたからだ。