18 婚約者からの贈り物
王室から送られてきた大量の品は、全てステファニーに宛てられたものだった。
公爵の一人娘の自室に、男手はこぞって贈り物を運び込んでいく。それを見守る侍女たちは、若い王太子が婚約者のために選んだ品は何なのかと想像し、楽しげにはしゃいでいた。
「これで全部ですね。さあ、こちらへいらっしゃい、フィー」
ステファニーは、ソフィアにも開封の儀に立ち会う権利があると言って譲らず、アンヌ以外の使用人を部屋から退けてしまった。
「ねえアンヌ? さすがに殿下も反省して、謝罪の気持ちを贈ってこられたということかしら」
その問いかけに、アンヌは頭を下げる。
「ええ、きっとそうです。さぞ貴重な品をご準備いただけたことでしょう。私が代わりに開けていきますね」
そう言いながら、最初に手を伸ばしたのは、メイドたちが一際重いと騒いでいた小箱だった。
彼女たちは、その箱の中身が豪奢なネックレスであるとか、金でできた手鏡やクリスタルの置物が入っているのではと話していたが、王太子は一体何を用意したのだろうか。
包装紙が丁寧に剥ぎ取られ、箱が開かれたとき、三人分の「え?」が重なった。
中には、青磁の茶器がちんまりと納められていた。
丁寧なつくりで、高価なものに違いない。けれども、単色の落ち着いた色味は、若い女性へ贈るものとしては少々落ち着きすぎているように思える。
「送り間違いかしら。婚約者への初めてのプレゼントが、普段使いのできる素朴な茶具だなんて、あまり聞かない話ですものね?」
ステファニーはためらいながら、そばにある布袋を開く。すると、今度は色とりどりの小ぶりな塊が、床へぼとぼとと落ちていった。
「きゃああ!?」
そのうちの一つが、ソフィアの近くにも転がってくる。
にょろにょろと葉の伸びた、薔薇色の果実。その特徴的な姿には見覚えがあった。
先日、ステファニーから借りた植物図鑑に、これと似たものが描かれていたからだ。
「ステファニー様、これってもしかして、」
「なんですかこれはあぁ!」
続きはアンヌの叫び声によってかき消された。
彼女の手元には、木箱にぎっしりと詰まった、棘だらけの松かさのようなものが見える。
「公爵令嬢であらせられるステファニー様へ、このように奇妙なものを送りつけるなんて……!」
激昂する彼女の足許に、小さな紙がひらりと舞い落ちた。おそるおそるソフィアが拾い上げると、どうやらそれは、誰かのメモ書きのようである。
『そなたは知らぬかもしれないが、このパイナップルも、カヌレにはよく合うぞ』
その特徴的な話口調には覚えがあった。ふと思い立ち、他の包みにも手を伸ばしてみると、同じようなメモ紙が貼りつけてある。
混乱するステファニーと怒り狂うアンヌを横目に、ソフィアは小さな紙を拾い集めた。その全てが、王太子から婚約者に宛てたメッセージのようだ。
果物の味の感想に始まり、調理法、さらには効能など、小さなメモの中にたくさんの情報が書き込まれている。
あの茶器については、実際に王太子が使用し、使い勝手がいいと感じたものをこちらにも贈ることにした、という旨が記載されていた。
メッセージの内容を伝えてみたものの、二人は無言で首を振るだけで、王太子の言葉は何も響かなかったようだ。
「駄目です、お嬢様。これ以上このお部屋を汚すわけにはいきません!」
半狂乱となったアンヌは、荷物を再び室外へ運び出すべく、使用人たちを呼び戻しに走った。
人が集まる前に、ソフィアはそっと自室へ戻る。ふと、無意識にメモ紙を握りしめていたことに気づき、急いで指を開いた。
小さなメッセージは、手のひらの上ですっかりくしゃくしゃになってしまっている。
ソフィアは慌てて厚みのある教本をかき集め、手紙のしわを引き延ばしてから、そこに何冊も本を重ねた。
いくらかましになったら、ちゃんと手紙を返さないと。そう考えると、急にメモ書きの中身が気になりだしてしまう。
ソフィアは積んだ書物をそろりと脇によけ、たくさんのメモを机の上に広げた。
ステファニー様には実物をお返しするのだし、こっそり読んでも気づかれないわよね?
先ほどは流し読みをしていたものにも、時間をかけて目を通していく。
茶会の場では素っ気ない態度をとっていた王太子だが、執務室に届けられた茶菓子をきちんと食べてくれていたらしい。
そのうえ、東洋のお茶に合うフルーツを、自分でも探してくださっていたなんて。
それにしても、あれほど多くの果物を食べ比べるのは、骨が折れただろう。
ソフィアは隣室に届いていた、プレゼントの山を思い返す。
たくさんの果実に囲まれながら、王太子は一人でこっそりと品評を書き記したのだろうか。その姿を想像すると、思わず笑みが漏れてしまう。
もしかすると殿下は、他人に誤解を与えやすいだけの、不器用な方かもしれないわね。
だが、その一件以来、ステファニーは王太子への苦手意識を強めてしまったようだ。それはアンヌも同じで、必要でない限り、彼のことは話題にも出そうとしなくなった。
一方、ソフィアはどうかというと、あの茶会以降はたびたび王太子から声がかかるようになり、頻繁に王城を訪れては、二人でティータイムを過ごす日が増えていた。
王太子は相も変わらず、憎まれ口を叩くことが多い。それでも、こちらからの問いかけには時折答えてくれるようになってきた。
今日もお茶を楽しみながら、郊外で広がる疫病への対策や、長引く不景気への対応措置など、ひとしきり討論を終えたところだ。
「そなたとの会話は、あれだな。どうにも色気がないというか」
「殿下はそのようなものを私にお求めでしたか?」
目をぱちくりさせると、彼はばつが悪そうに顔を背けた。
「いや。そなたはそのままで大丈夫だ」
それからんんっと咳払いをすると、こちらへ向き直る。
「明日のパーティーは王后の誕生を祝う、盛大なものになる。なにかと忙しいだろうが、どうか楽しんでくれ」
そうか、王后様の生誕祭は明日に迫っていたのか。
この日のために、ステファニーがしぶしぶ仕立て屋を屋敷へ招いていたことを思い出す。
新しく作られた柔らかいシルエットのロングドレスは、薄い青みを含んだ銀灰色をしていて、明かりに照らされるたびにきらきらと輝いていた。
『殿下の瞳の色がよくお似合いです!』
採寸をしていた下女の、何気なく発した言葉が、なぜだか頭の片隅に残り続けていた。
ステファニーに合うのであれば、私にも着こなすことはできるだろうか。
月明かりに染められた東の空のような、この澄んだ瞳と同じ色をしたドレスを。
「どうかしたか?」
その声がけで、はっと意識が戻された。
「大変失礼いたしました。もう一度お聞かせ願えますか?」
王太子は不安げな表情を浮かべたまま、こちらへ顔を近づけてくる。
「そなた、相当疲れているのではないか?」
「いえ、なんでもありません。少し考え事をしていただけで」
「ではやはり、義理の母親との関係に思いわずらうことでもあるか?」
「まさかそんな」
予想外の返しに、ソフィアは慌てて答えようとしたが、目の前で肩を落とす彼の姿は、まるで叱られたばかりの子犬のようで、つい頬を緩めてしまいそうになる。
「ル、ルイス殿下! 母親を亡くしている私にとって、王后様はすでに母も同然です。その誕生を殿下とともにお祝いできるのですから、至極光栄に存じます」
その言葉に、彼はわずかに顔をほころばせた。
「そうか。では明日の夜、そなたに会えることを楽しみにしているぞ」
「はい!」
そのやりとりが、王太子と交わした、最後の気さくな会話になった。




