15 密なるはかりごと
茶会での顛末を打ち明けると、ステファニーは寝台に横たわったまま、悲しげな表情を浮かべた。
「やはり殿下は、そのような振る舞いをなさったのですね」
ステファニーのふくらはぎを揉みほぐしながら、アンヌも憎々しげに声を上げる。
「あのお方が王子でさえなければ、面と向かって言ってやるのですがね。クソ野郎と!」
あまりに大きな声を出すものだから、ソフィアは飛び上がるほどに驚いた。
「ふっ不敬ですよ!?」
「まあまあ。口外する者などここにはいないでしょうし、聞かなかったことにしてあげましょう。それでいいですよね、レオン?」
寝転んでいる幼馴染に背を向け、扉をまっすぐに見つめていたジラールは、ぴくりとも反応しない。ステファニーの意を汲むということなのだろう。
「申し訳ありません、ステファニー様。私の不手際のせいで」
謝罪の途中で、アンヌが勢いよく話を被せてくる。
「本当ですよ! そのせいでお嬢様が被害を被っているのですから、深く反省しなさい!」
「やめなさい、アンヌ」
ステファニーが真面目な声でたしなめる。アンヌはすぐさま頭を下げ、こちらをじとりと睨めつけた。
「フィー、気にしないでくださいね。次のお茶会で、殿下が納得のいくものを持っていけばいいだけでしょう?」
ステファニーは体を起こすと、アンヌの差し出した羊皮紙を受け取り、ベッドのうえでさらさらとペンを走らせる。
彼女がベルに手を伸ばしたのを見て、ソフィアは慌てて天蓋の中へ隠れた。
カーテンとベッドの隙間から、こっそり様子をうかがっていると、ベルの音を聞きつけた年配の侍女がすぐにやってきた。
「お呼びでしょうか、お嬢様」
「ええ。来週までに用意しなければならないものができたの。詳細はここに書きましたから、急ぎ取り寄せていただけます?」
その女性は、受け取ったメモ書きに目を通し、静かにうなずいた。
「承知いたしました。お茶請けの試作は、でき次第こちらへ届けてもらうとして、当日は直接お城に品を届けていただくよう手配しておきます」
「ありがとうございます。ああ、それと今、城下町では一風変わったシュークリームが流行っているそうですね」
やりとりがひと段落したかと思いきや、ステファニーは世間話を始めたようだ。
「その通りでございます。一般的なソフトタイプのシューではなく、一口大のザクザクとした硬い生地が特徴だそうですよ。ご興味がおありでしたら、使いの者にそちらも持ち帰るよう頼みますが、いかがなさいますか?」
「では、お願いいたします。ただし、公爵邸で働かれているみな様へのお土産もお忘れなく。味はお任せしますから、全員に行き渡るよう、多めに買ってきてほしいとお伝えください」
すると、それまで形式的な受け答えを繰り返していた侍女の顔が、わずかにほころんだ。
「ありがとうございます。きっとみなが喜びます」
心なしか、部屋を去る際の足取りも軽やかに見えた。
ステファニーは相手が格下であっても、常に敬意をもって接し、気配りを忘れることがない。ソフィアは、彼女のこういった性質を純粋に尊敬していた。
それにひきかえ、今日出会ったばかりの王太子はどうだ。
高慢な態度を隠すこともなく、人を見下し、なおかつ偏った思想に固執しているようにも感じられた。
例え才に長けていたとしても、あのままではいずれ、民心が離れていくだろう。
そういう意味でも、ステファニーは王太子妃として相応しいと思えた。おおらかで万人を受け入れるステファニーであれば、彼の暴走を防ぐことができるだろうから。
「フィー、出てきてくださいな」
その声がけで、ソフィアはようやくカーテンから抜け出せた。
「驚かせてしまって申し訳ありません。彼女に頼んだものが何なのか説明しますから、こちらへきていただけますか? ああ、レオンも聞いておくといいわ」
ステファニーは再びペンを握ると、悪だくみをしている子どものような笑みを浮かべながら、目にもとまらぬ速さで文字を書き込んでいく。
「せっかくですし、王太子に一泡吹かせてやりましょう!」




