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双面の贄姫 〜身代わり令嬢はどうにかして悪役を回避したい!〜  作者: okazato.
第一章 ある少女の追想

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13 次のステップ

 ソフィアが公爵邸を訪れてから、小半年こはんとしほど経過した。


 初めこそ、貴族の作法や言葉遣いを私生活に取り入れることができず、ずいぶんと苦労したが、身近に『ステファニー』というとびきりの手本がいたことで、近ごろは公爵令嬢らしく振る舞えるようになってきた気がしている。


 アンヌから及第点きゅうだいてんをもらい、実際に入れ替わりを始めてからの生活は、思いのほか楽に感じたかもしれない。


 舞踏会やお茶会には、ステファニー本人が出席しているため、彼女の親しい者と友好を深める必要はなかったし、王城から遣わされた講師陣は、公爵家に仕える者たちと違い、ステファニーの人となりを把握してはいないので、それほど気を使わずに接することができたからだ。


 きちんとした教育を受けてこなかったソフィアにとって、公爵邸で教わることはどれも新鮮で、知れば知るほど面白いものだった。


 経済や国際情勢を学んでいると、明日の扶持ぶちばかりを気にしていたあの頃が嘘のように、自分の世界が広がっていくのを感じる。

 歴史の講義で聞く建国物語は、壮大で心が弾むものだったし、マナーやダンスのレッスンは、努力した分だけ着実に自分を成長させることができ、次第にやりがいを覚えるようになっていた。


 勉学に励むソフィアの姿を見て、ステファニーも安心したようだ。


「うまくやれているようね、フィー。では、次のステップに進みましょうか」


 そう告げられたのは、ステファニー立ち合いのもとで、外行きのドレスに袖を通しているところだった。


 それまで室内用のドレスを借りて過ごしていたソフィアにとって、よそ行きの服を見繕みつくろってもらうのは、これが初めての機会になる。


 ステファニーの部屋に持ち込まれた、大量の衣類に囲まれながら、ソフィアはあらわになった自分の腕を見つめ、ここへきた頃に比べると、体つきがずいぶんとやわらかくなっていることに気がついた。


 高価な化粧品を与えてもらっているおかげか、手足の肌触りもなめらかになった気がする。まあ、胸の辺りはステファニーに比べると、まだ少し寂しさを覚えるのだけれども。

 そんなことを考えながら、胸元をこっそりとのぞき込んでいた時に、それは突如提案されたのだった。


「次のステップ、ですか」

「ええ」


 ステファニーはきらきらとした眼で、こちらを見つめている。


「それは一体、どのようなことでしょうか」


 おずおず尋ねると、ステファニーはソフィアからはぎ取った黄色のドレスを寝台へ放り投げ、無邪気な笑みを浮かべた。


「フィー、ルイス王太子殿下と会いましょう」


「はぁ!? わっ、イタタタタ……」


 頓狂とんきょうな声をたしなめるように、アンヌがこれでもかとコルセットを締め上げてきた。


「ううっ。どういうことでしょうか、公爵邸へ王太子様がお越しになられるのです、か、あ!?」


 アンヌは容赦なくドレスを絞ってくる。おそらくこれは、余計な口を挟むなという忠告だろう。


「月の初めに、私が殿下とともに王城でティータイムを過ごしていたことに、フィーはお気づきでしたか?」


「ええ。なんとなくは」


 はあはあと荒い呼吸を繰り返しながら、ソフィアはなんとか答える。


 びっしりと埋まった予定表の中で、決まって月頭つきがしらに登城の予定が入っていることは、ソフィアも以前から認識していた。


「できればそのお茶会、次からフィーに行っていただきたいの。だからこうやって、あなたのためにドレスを仕立てようと……ふふっ。私に合わないデザインのものまで用意しておく必要はなかったわね。あなたと私は、同じ見た目だっていうのに」


 そう言うと、ステファニーはヘッドドレスや華奢きゃしゃな靴をぽいぽいと投げ始める。


「お言葉ですが、さすがに王太子様は、私とステファニー様の違いに気づかれると思いますよ?」


 空を舞う装飾品を呆然と眺めながら、ぽつりとつぶやくと、アンヌとステファニーが動きを止めた。


「あの……?」


「「それはない」」

「と思います」「かと」


 珍しいことに、二人の声までもが綺麗に重なった。


「一貴族の使用人の分際で、このようなことを申すのははばかられますが、おそらくあのお方、ステファニー様のお顔もはっきりとは覚えておられないでしょう」


 アンヌの言葉に、ステファニーも苦笑いを浮かべている。


「仕方がないのよ。王族の婚姻など、形式的なものですし」


「まさか、そんなことってありますか!? 月に一度は顔を合わせているのですよね?」


 ソフィアの知る王太子は、真面目で才知に長け、国の未来は安泰だと噂されるほどに、将来を期待される存在であった。素晴らしい人物像を思い浮かべてきただけに、二人の話はあながち信じられない。


 アンヌは、ソフィアの着ているドレスに素早くマチ針を刺しながら頷く。


「ステファニー様は、すでに王族の方々と公的な場にも出られていますので、月に数回はともに過ごされていることになりますね」


「であれば、なおさらお顔ぐらいは把握されているでしょう!?」


 ソフィアが食ってかかると、ステファニーは困り顔で口を開いた。


「それがですね。そもそも殿下は、他人へ興味を抱かれていないというか……。婚約してからも、会話らしい会話を交わしたことはほとんどありませんし。なんにせよ、フィーの正体が見破られる可能性は低いと思います。あまり心配なさらないでください」


 話を聞けば聞くほど、困惑してしまう。

 仮にも一国の跡取りが、妻となる相手の顔すら覚えられないなど、そこまでお粗末そまつな話があるものだろうか。


「あのう。王太子様について、もう少し詳しく教えていただけますか?」


 そう囁きかけると、ステファニーの顔がわずかに明るくなった。


「ええ、もちろんよ! 幼少のころから存じておりますが、あの方は決して、記憶力が悪いわけではないのです。ただ、自分にとって利があると思えなければ、関わるだけ無駄だと判断し、一切を切り捨てる冷徹な面がおありなだけで。それでいて、色々と細かいところには気がつかれるお方ですから、発言にはくれぐれもお気をつけくださいね」


「分かりました。お茶会ではなるべく、口を開かぬようにします」


 弱気に答えると、アンヌもその主張に相槌を打つ。


「ええ、それがよろしいかと。ティータイムは、殿下にとって単なる義務でしかありません。変に言葉尻を捕らえられぬよう、目の前の菓子にでも専念なさってください」


 いつもは『淑女らしく』と繰り返しているアンヌが、王太子に対しては辛辣しんらつで、しかも“スイーツを頬張ほおばれ”とまで言うのだから、ソフィアは王太子との対面にますます不安がつのった。

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