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12 ナイトガウン・パーティー

「待ち焦がれていましたよ! 長旅でお疲れでしょう。おなかは空いていませんか?」


 まるで子どものように、無邪気に喜ぶステファニーのそばで、アンヌはてきぱきと指示を出している。


「荷物はすべてこちらにお願いします。それが終わりましたら、報酬をお渡しいたしますので」


 御者ぎょしゃは手際良く荷物を片付けると、アンヌに連れられ、どこかへ消えていってしまった。


「さあ、私たちは中に入りましょう」


 ステファニーにうながされるまま、ソフィアは用意された部屋へ足を踏み入れる。


「アンヌの荷物は、すべて隣の部屋に移しました。ここは、あなたの好きに使ってくださいね」


 筆頭侍女が使っていたというだけあって、そこには下町で暮らしていた家よりも広い空間が広がっていた。


 足元にはオリエンタルな真紅の絨毯が敷かれていて、若緑色の壁には、ダマスク柄が浮かび上がっている。

 家具の一つ一つに細かい装飾が施されており、天井にまでアカサンスの模様が刻み込まれていた。


「本当に、私がこちらで暮らしてもいいのですか?」


「もちろんです。なにか足りないものでもあるかしら?」


「まさか! むしろ、贅沢すぎて困ってしまうくらいです」


 ソフィアは椅子に座るのも気後れしてしまい、壁際でそっと棒立ちになりながら答えた。


「さすがに、この部屋へいきなり入ろうとする人物はいないと思いますが、念のため、廊下側の扉には鍵をかけておいてください」


 そう言うと、ステファニーは廊下へと繋がる扉に手を伸ばし、ガチャリと鍵を閉める。


「移動の際は、壁に備えつけられた二つの扉を使ってください。こちらは私の部屋に、そして、反対側の扉はアンヌの部屋へ繋がっています」


 彼女が開いて見せたドアの奥には、この部屋と同じ、赤色の絨毯が続いていた。


「歩き疲れたでしょうし、体を洗う者でも呼びますね」


 部屋の片隅には、湯浴みのためのお湯が用意されていたようだ。

 躊躇ためらいなくベルへ手を伸ばしたステファニーを、ソフィアは慌てて制止した。


「私たちが一緒にいるのを見られたら、ステファニー様が二人いると勘違いされて、屋敷中が大騒ぎになります! 自分でできますから、誰も呼ばないでください!」


 すると、彼女は目をぱちくりさせた。


「一人で体を洗うのですか? 本当に?」


「ええ。いつもそうしてますし」


「そうなのね。やはり、色々と文化が違うのかしら」


 思案顔で木桶を凝視しているステファニーの姿に、うっかり吹き出してしまいそうになる。この人は本当に、根っからのお嬢様育ちなのね。


「では私は部屋に戻りますので、ゆっくり体を清めてください。アンヌはしばらく戻らないと思いますので、なにかあれば、こちらに声をかけてくださいね」


 それからソフィアの頭上に手を伸ばすと、そっと帽子を外し、机の上に載せた。


「着替えが終わったら、私の部屋へきてください。待っていますから」


 ソフィアはステファニーが自室へ戻るのを見届けると、急いでペチコートやステイズを外し、ボディタオルに手を伸ばした。

 着替えと真っ白なタオルのかたわらには、ご丁寧に貴重なはずの石鹸まで並べられている。


 体を拭きあげながら、改めて部屋に目を向けてみた。

 きらきらと輝くシャンデリアは、おそらくクリスタルでできているのだろう。陶器人形の時計の横には、華やかな飾り皿が置いてあって、どの調度品も価値のある品だと一目で分かった。


 公爵邸に入るということがどれほどすごいことなのか、理解をしているつもりでいたものの、本当に大変なところへきてしまったわ。


 体を清めたソフィアは、用意されていたガウンを羽織り、ドアノブをゆっくりと引き寄せた。


 ステファニーの部屋は、想像していたよりも物が少なく、意外と落ち着いている。


 棚の中には花や人形も飾られているが、壁を覆うほどの本の数にソフィアは圧倒された。知らない国の言葉も多く並んでいるところを見ると、どうやらトランキル以外の本もたくさん所有しているようだ。ステファニー様は、勉強がお好きなのかしら。


 当の本人はというと、ナイトウェアに身を包み、お茶を嗜んでいるようだ。


 キャンドルライトが彼女の姿を照らしながら、揺らめいている。

 胸元の開いたコットンのナイトドレスは、ステファニーの豊満な体つきをあらわにしていて、同性でありながら思わず見惚れてしまった。


 それに比べ、自分は明らかに痩せこけていて、このガウンも紐できつく締め上げてはいるものの、すぐに肩からずり落ちてしまいそうになる。


 これまで自分の体型を気にしてはこなかったが、歴然とした差に恥ずかしさを覚えてしまう。


 なかなか声をかけられずにいたソフィアに、ステファニーはようやく気づくと、笑顔で手招きをした。


「フィー、こちらへいらっしゃい」

「はい!」


 ソフィアは軽くお辞儀をし、ステファニーの目の前に用意されたアンティーク椅子へ腰掛けた。

 机の上には、軽食がいくつか用意されている。


「さて、サンドイッチはお好き?」

「もちろんです」

「ではどうぞ」


 目の前に差し出されたのは、キュウリがたくさん挟まったサンドイッチだ。ひと口かじると、食べ慣れた味がふわりと広がって、ほっとあたたかい心持ちになる。

 貴族の方も、案外私たちと同じものを食べているのね。


 それから食事の様子を静かに見守っていたステファニーは、ソフィアが喉の渇きを潤したところで、ようやく口を開いた。


「よろしければ、あなたのことを教えていただけますか。あなたが私のことを学ばなければいけないのと同じように、私もあなたのことを知っておきたいの」


 ステファニーからの懇願を受け、その晩は彼女の寝台に並び、二人で眠ることとなった。


「フィー、あなたの歳はいくつ?」


「十七です。ちょうど花祭りの日が誕生日で」


 花祭りとは、春の訪れを祝う祭事のことで、ソフィアが育った下町でも、四月の中頃になると町中が色とりどりの花々で飾りつけられ、華やかになっていく。


 花祭りの当日には、いくつもの屋台が道に連なり、あの町にしては大掛かりな祭りが開催されていた。


「あら、そうなのね。そういえば、私があなたを初めて見かけたのも、あのお祭りの夜だったわ」


「ステファニー様が、下町の花祭りにいらしていたのですか?」


 ソフィアは驚いた。

 あの町はモンドヴォール領から離れたところにあるうえに、このあたりの城下町で行われているような盛大な祝祭とは比べ物にならないものだということが明白だったからだ。


「ええ、そうよ。確か、ご兄弟と一緒だったかしら。楽しそうにしていたわね」


「見られていたなんて。お恥ずかしい限りです」


 ステファニーは仰向けになると、天井を見つめながら呟いた。


「いつもご家族と楽しまれていたのですか?」


「はい。父と母がいたころには、家族五人でお祭りを回って、射的をしたり、食事をしたりしていましたね。普段は見かけないような珍しいものも、屋台に売り出されていたりするので、ちょっとした特別感のある誕生日でした。……ステファニー様?」


 いつからか彼女は顔を背け、肩を震わせていた。


「ごめんなさい。今はご兄弟しかいらっしゃらないことも知っていますが、ご家族のお話をうかがって、少し羨ましく感じてしまいました。私も幼いころに母を亡くしていますし、それまでも家族三人の思い出は、ほとんどないものですから」


 モンドヴォール公爵といえば、婚約者との縁談を破棄してまで奥方をめとったほどの、愛妻家として知られる人物だ。

 その公爵が家族をないがしろにしてきたどころか、最愛の妻の没後、唯一遺した娘にすら目もくれないのはなぜなのだろうか。

 貧しいながらも、家族みんなで寄り添って生きてきたソフィアには、理解の難しい話に思えた。


 ステファニーは、こちら側へ勢いよく寝返りをうつと、あふれんばかりの笑顔を浮かべる。


「私のことはいいのよ。それよりも、もっとフィーのお話を聞かせてくださいな!」


 それからは互いの好きな食べ物に、読書の趣味など、取り止めもない会話を交わしながら夜が更けていった。


 翌日の早朝、ソフィアはアンヌの叫ぶ声で目を覚ます。


「早く起きなさい! 部屋にいないと思ったら! なぜあなたが、ステファニー様の寝台で寝こけているのですか!」


 強引にベッドから引き落とされ、そのまま説教が始まった。


 ステファニーはアンヌの後ろからこちらを見つめると、声を出さずに『ごめんね』と口を動かし、ぺろりと舌を出した。

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