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双面の贄姫 〜身代わり令嬢はどうにかして悪役を回避したい!〜  作者: okazato.
第四章 身代わり令嬢の邁進

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106 確実に世界は変わっている②

「ところでさぁ! なんでわざわざ、神殿に呼び出したわけ?」


 しびれを切らしたマルクスが、空気を読まずに大声で尋ねる。


「そうだ、その話をせねばならなかったな。少し待っていてくれないか」


 王太子はソフィアから離れて、静かに部屋を抜け出していった。


「マっ、マルクス! どうしよう!?」


 わたわたと駆け寄るソフィアを、マルクスは面倒くさそうに引きはがす。


「ああもう、興奮するんじゃないよ。まあいずれ、こういう時がくるんだろうとは思っていたけど」


 マルクスは扉を睨みつけながら、吐き捨てるようにこぼした。


「だって、一月後には返事をしなきゃいけないのよ!? ステファニー様がどこにいるのかさえ、まだ分かってないのに!」


「それは大丈夫じゃないかな。なぜだか分からないけど、こちらの動きはステファニー側にも伝わってるみたいだし」


 マルクスは執務室の椅子に、音を立てて座り込む。そのあとも、扉からは目を逸らさずに続けた。


「正式に王太子妃の打診をされたと知れば、あちらから連絡が入るんじゃないかな」


「そうだといいけど……」


「それよりも、気を抜かないでいなよ。王太子が神殿に『ステファニー』を呼んだ理由が、まだ分かってない」


 そこでソフィアは気がついた。木製の机の陰で、魔導士長が指を構えていることに。


 瞬時に攻撃技を繰り出せるマルクスが、事前に技の準備をしている姿を見るのは、これが初めてだった。


 ソフィアも大きく息を吸ってから、そっと右手に力を込める。


「ええ、もちろん。でも、大神殿で話さなければいけない理由が、本当にあったのかしら? マルクスの言った通り、聖魔法が関係しているの?」


「さあ。この場所が重要なのか、あるいは……」


 マルクスはぐっと目を細め、かすれ声で囁く。


「ここにいる人間が鍵なのか」


 しばらくしてから、まずは王太子が手ぶらで部屋に戻ってきた。


 胸の内を明かしたからか、先ほどよりも気楽そうに話し始める。


「待たせたな! そなたに会わせておきたい人物がいる。とは言っても、すでに面識はあるだろうが」


 後ろから現れた人影を見て、ソフィアは思わず声を上げてしまう。


「あなたは、ニコラス神官!?」


 ソフィアの驚いた声を聞き、目の前の青年は満足げにうなずいた。


 王太子に連れられてきたのは、ニコラス・マーケル神官──マルクスの義理の父親で、彼に魔術を教え込んだ相手でもある。


「そうだ。実は以前から、なにかと相談に乗ってもらっていて」


「お伝えするのが遅くなり、申し訳ございません、ステファニー様。王太子殿下とのご婚約を、心よりお喜び申し上げます」


 王太子は上機嫌で、ニコラス神官の背を叩く。


「今は一神官にとどまっているが、能力は折り紙つきだ。魔導士長が代替わりする前は、マーケル神官が“魔塔の主”だったのだからな」


「ええっ!?」


 ソフィアが慌てて振り返ると、マルクスは当然のようにうなずいてみせた。


 そんな大切な話、ちゃんと聞かせておいてよ!?


 固まっているソフィアへ、神官は遠慮がちに近づく。


「昔の話ですよ。それに能力は、マルクスの足元にも及びませんので」


 謙遜けんそんしているが、国王直下の魔塔には、選ばれし魔導士しか入ることができない。


 やはりマルクスを鍛え上げた彼も、抜きん出た能力を持っているのだろう。


「王太子妃となるには、一年の神殿入りが義務付けられている。マーケル神官であれば、そなたの力になってくれるに違いない」


 王太子の声がけに、神官は丁寧に頭を下げる。


「ステファニー様のお手伝いができることを、嬉しく思います。それと私からも、ステファニー様にご紹介したい子がいるのですが、よろしいでしょうか?」


「ええ。もちろん……?」


 私に会わせたい相手とは、誰なのだろう。


 大神殿に仕える聖職者であれば、ある程度顔が分かるかもしれない。


 おそらく外で待機していたその人物は、ニコラス神官に呼び出され、短く返事をした。


「失礼いたします」


 その時、戦慄が走った。ずいぶんと懐かしい、けれども確かに聞き覚えのある声。


「アンヌ・ルゲと申します。以後お見知り置きを」


 音も立てずに現れた巫女は、前世で『ステファニーの筆頭侍女』を務めていた女の名を名乗った。


 ソフィアをステファニーの身代わりとするために、尽力した娘。


 『魔女の花』を使い、ステファニーの障害となる人間を、次々にあやめていった少女。


 あの頃と全く変わらない見た目で、アンヌは神官のそばに、姿勢よく並んだ。


 なぜ、今になって現れたの? 転生してから、アンヌの影は一切なかったのに!


「この子は幼いころから神殿に暮らしていて、私とも長い関係なんです。礼儀作法だけでなく、格闘技や護身術も身につけていますから、きっとお役に立てると思います。どうかステファニー様の侍女として、おそばに置いてやってくれませんか?」


 あまりの衝撃に、ソフィアは腰を抜かしそうになる。


「大丈夫か、ステファニー!?」


 王太子と、いつのまにか隣にやってきていたマルクスに両腕を抱えられ、ソフィアはふらりと立ち上がる。


「大丈夫です……」


 転生したソフィアは、公爵令嬢を溺愛しているマルゴーが、ステファニーの筆頭侍女を務めていることを、心の底から喜んでいた。


 アンヌがいなければいいと思ってしまうほどに、彼女が犯した罪は凶悪なものだったから。


 もしかすると、“アンヌがずっとステファニーのそばにいた”というのも、単なる私の思い込みかもしれない。


 二人の出会いは、今日この時だったの? ステファニーが婚約者として認められたタイミングで、アンヌは公爵家にきたのかしら?


 では、あの優しいマルゴーは、これからどこへ行ってしまうのか。


 ソフィアは絶望の裁判を思い返す。連続毒殺事件の容疑をかけられたアンヌは、幸せそうに微笑みながら、罪を認めた。


 余罪もあったと聞いている。まさか、ステファニー様の懐に入るために、マルゴーのことも殺してしまっていたの!?


 ソフィアの惑う目を、小さな少女は冷ややかに見据えている。


 その様子に違和感を覚えたのか、神官はアンヌを隠すように、そっと二人の間に立ち塞がった。


「ルイス王太子殿下、公爵令嬢はお疲れのようですね。今日のところは、ここまでにしておきませんか」


「ああ。それもそうだな」


 神官の助け舟のおかげで、この場は解散となることが決まった。


「ステファニー。よく考えておいてくれ」


 王太子はソフィアを心配そうに見つめながら、優しく囁く。


「……承りました、ルイス王太子殿下」


 ただただ怪しまれぬように、ソフィアは公爵令嬢らしい気品を持って、部屋をすべり出たのだった。

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