104 葬送での不協和音
黒の喪服に身を包んだ人々が、寺院の中に集っている。
秋が近づいているとはいえ、まだまだ外は暑い。貴婦人らは汗が噴き出さぬよう、控えめに黒扇を動かしている。
かつて王国に君臨していた太陽は、ひっそりとその身を隠してしまった。
先代はとうに王位を退いていたとはいえ、一つの時代を築き上げた偉大な王族だ。
崩御の報せを聞いた国民たちは、悲しみの涙を流したのだった。
この寺院で葬儀を行うため、王城に安置されていた棺は、先ほどまで王都を行進していた。それは先王ゆかりの地を回りながら、人々に別れを告げるためでもある。
棺の後ろには、王室の主要な面々が徒歩で付き添ったそうだ。現国王夫妻に、王太子のルイス。フィリップ第二王子も例外ではない。
砲車に載せられた棺を一目見ようと、沿道にはたくさんの民が集まった。近衛歩兵をはじめとする軍人を伴った葬列は、一糸乱れず前進し続け、亡き人の護衛を務めきったのだった。
棺台に先王を迎え入れたあとは、パイプオルガンの重厚な音色に彩られ、葬儀がしめやかに執り行われる。
隣に立つモンドヴォール公爵は、目を伏せたまま、棺を見ようともしない。
不敬にも思えたが、モンドヴォールは高位貴族の筆頭なのだ。先王の死に、なにか思うところがあるのかもしれない。
正午の鐘の音が鳴る前に、全員の黙祷をもって式は締めくくられた。それは、極めて慎ましやかな儀式であったといえるだろう。
モノクロの世界のなかで、棺の上に置かれていた花輪だけが、くっきりとした色合いで咲き誇っていたのが印象的だった。
紫のダリアにスイートピー、バーガンディローズといった花々は、彼の愛した后が、手ずから育てていたものらしい。
亡き妻の愛に包まれながら、棺は黒に塗れた身廊を通り、埋葬式の会場へと向かっていく。
ソフィアが驚いたのは、葬列に見知った人物が紛れ込んでいたことだ。衛兵の制服に身を包んでいるが、おそらく変装だろう。
それは転生前の世界で、断罪の場に現れた秘密警察のベナールだった。平静を装いながらも、参列者に目を光らせているように見える。
当時の秘密警察は、先王を暗殺した犯人を追っていたはずだ。実行犯の名前はジルベール・ダグラス。
今世では、狩猟大会を襲撃した男の名だ。
けれども今世でのジルベールは、狩猟大会での事件を起こした際に捕えられているうえに、すでに命を落としている。
ゆえに、ジルベールが先王を殺害することは不可能であったはず。
にも関わらず、秘密警察が潜んでいるということは、先王の死になにかしら事件性があったのだろうか。
なにも分からないうちに、葬列は寺院を去っていった。
埋葬式は近しい親族のみで行われる。
公爵とともにモンドヴォール邸へ戻ろうとしていたソフィアは、席から立ち上がる前に、細身の男性から声をかけられた。
「モンドヴォール公爵令嬢。王太子殿下からの言伝でございます」
制服姿のフットマンは、封蝋の施された封筒を手渡すと、恭しく頭を下げる。
公爵に見守られながら、ソフィアが中身を取り出したところ、そこには乱雑な字で『話したいことがある、大神殿で落ち合おう』とだけ書かれていた。
なぜ、待ち合わせ場所が大神殿なの?
えも言われぬ不安感に襲われる。話をするだけなら、王城に呼び出せばすむはずなのに。
あそこはソフィアにとって、因縁深いところだった。なにしろ前世の私が、ステファニーの身代わり役を担いながら過ごし、冤罪の罪で捕えられた場所なのだから。
「閣下。これは本当に、王太子様からの手紙だと思いますか?」
ソフィアの囁きに、モンドヴォール公爵は深くうなずく。
「まず間違いないだろう。その封蝋印は、ルイス殿下が使われているものだ。……なにか、気になるところでもあるのか?」
「はい。どうして、大神殿へ招かれたのかと思いまして。部外者が気軽に立ち入れる場所ではないと聞きますし」
「それもそうだな。護衛騎士であるレオンが、国葬の警護に加わっているタイミングなのも気にかかる。大神殿には私も向かおう」
「よろしいのですか?」
「ああ。君も一人で行くのは不安だろう?」
くたびれた顔で、公爵は微笑んだ。
以前に国王と面会した際、ステファニーは先王との面識があるという話が出た。
公爵も、先王を悼む国葬の場であれば、娘と再会できるかもしれないと期待していたに違いない。
けれども、最後の別れの場にさえ彼女は現れなかった。
ステファニー。あなたはどこへ行っちゃったの? 閣下とあなたは、たった二人きりの家族なのに。こんなに心配をかけてまで、一体なにをしてるっていうの?
釈然としない心持ちで、ソフィアが立ちあがろうとすると。
「いいや、公爵。大神殿には僕が付き添うよ」
「えっ。まさか……マルクス!?」
ちょうど真後ろの長椅子に、マルクスは一人で腰掛けていた。目の周りを囲うクマは、より一層濃くなっている。
「神官たちは、聖魔法を使うことができる。単なる武力では、彼らの相手にさえなれないよ」
「聖魔法!? マーケル魔導士長は、聖職者たちがこの子を襲うと言っているのですか?」
「そうだよ。あくまで、可能性の話だけどね」
虚空を見つめながら、彼は呟く。
公爵は言葉を失っていたが、マルクスの発言は正しいだろうと、確信めいたものがあった。
権威高いと思われている神殿の内部は、恐ろしいほどに腐敗しきっている。
この時代ではまだどうか分からないが、少なくとも私が十八の頃には、聖職者たちが教典を破り、夜な夜な快楽に身を任せるようになっていたのだから。
公爵の了承を得たマルクスは、珍しく魔術を使うことなく、王太子の用意した馬車へ一緒に乗り込んでくれた。
「よく行く気になったね。あそこには、嫌な思い出しかないんでしょ?」
外を眺めながら、マルクスは呟く。沿道に生える草木も、だんだんと秋めいてきていた。
「そうね。もし神殿へ入る前に、身代わり役を辞めていたら、首を落とされることはなかったのにね?」
冗談めかして返すと、マルクスは一気にむくれた顔になる。
「だから言ったんだよ! ソフィア自身を見ているのは誰か、ちゃんと考えろって」
「ふふっ、本当にその通りだったわ。あの時の言葉の意味を、もっとしっかり考えていれば、こんな面倒なことにはならなかったものね」
そこではたと気づく。
「あれ? 私、前世でマルクスと会った時のこと、話してたっけ?」
あの出会いは、私にとって衝撃的なものだった。
王城のサロンで時間を潰していたソフィアのもとに、いきなり乗り込んできたマルクスは、こちらの悩み事を言い当てたうえで、こう告げたのだ。
『冷静に考えて。本当の君を見ているのは誰なのか』
あの時はちょうど、ステファニーから王太子妃の身代わり役を打診されたタイミングで、ソフィアの心は大いに揺れた。
その助言を受けていなければ、前世の私はきっと、王太子からの口づけを受け入れていただろう。
「出会った時のこと? 話してたんじゃないかな。ちゃんと覚えてるよ」
「そうだったかしら……?」
首を傾げるソフィアへ、マルクスは大きめの声を投げた。
「神殿が見えてきたよ。なにもなければいいね!」
石造りの大きな建築物が、だんだんと近づいてきている。今の空の色と同じ、白大理石の巨大な外壁は、二人の訪れを拒んでいるようにも見えた。
「ええ。心の底から、そう思うわ」
ソフィアは両手に力を込め、震える声で言い切った。




