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双面の贄姫 〜身代わり令嬢はどうにかして悪役を回避したい!〜  作者: okazato.
第四章 身代わり令嬢の邁進

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101 星空のメヌエット

 ソフィアは夜風に吹かれながら、外の景色を眺めていた。


 辺りは暗くなってきているものの、頭上には白雲と、蒼い空の名残が浮かんでいる。


「ずいぶん明るいわね」


 月明かりではない。山のそばには申し訳程度の薄い月が、寂しげに浮かんでいるだけだ。


 代わりに鮮明に輝く星々が、時折雲に隠れては、すぐに顔をのぞかせていた。


 ソフィアは白大理石の手すりに体を預けながら、目線を下へ移す。


 人里から離れているとはいえ、山のふもとには集落もある。眠りにつく前の家々には、暖かな橙色の明かりが灯っていた。


 ほわほわと揺らめくそれは、まるで地上に広がる星空のようだ。穏やかな光のまたたきを、ソフィアは無言で見つめている。


 今日は慌ただしい一日だったわ。


 決闘騒動から始まり、記憶障害の残っている兄のもとには、医師が診察に訪れた。


 はしゃぎ回るケビンの世話に加え、帝国へ向かう父の荷造りにも追われて、あっという間に夜のとばりが下りたのだった。


 レオンとは、ろくに話せないままでいる。お互いに忙しく過ごしていたためでもあるが、それにしても彼は、明らかに私を避けていた。


「やっぱり、怒ってるわよね?」


 ため息を漏らしながら、手すりに片ひじをつく。どう考えても、ソフィアが倒れてからのレオンは、いつもと様子が違いすぎた。


 まずは迷惑をかけたことを謝らなくちゃ。けれども夜遅くに押しかければ、さらに嫌な思いをさせてしまうかもしれない。


「……出てきてくれればいいのに」


 ソフィアはもやもやとした気持ちのまま、隣のバルコニーを見つめた。


 別邸での滞在中、レオンはソフィアの隣室で過ごしている。明かりはついているので、まだ彼も起きているはずだ。


 避暑地へやってきてから、レオンはソフィアの警護番から解放されていた。マルクスが建物じゅうに、防御術を施してくれたおかげだ。


 そのせいで、今日は気軽に話しかけるタイミングすら掴めなかったのだが。


 レオンは今、どういう気持ちでいるのだろう。


 いつもとは違う彼の行動がもどかしくて、妙に胸がざわついている。


 こんな時にマルクスなら、問答無用に転移術を使って、相手を呼び寄せるでしょうね。その図太さが、今は羨ましくもあった。


 ソフィアは魔導士長の真似をして、一つ指を鳴らしてみる。


「……なーんてね!」


 習っていない魔術を使えるわけもない。大人しく部屋の中へ戻ろうとすると。


「あ」


 低めの声が耳に届く。目線を左へ向けると、バルコニーに足を踏み入れたばかりのレオンと目が合った。


「失礼いたしました。先に夕涼みをされているとは思い至らず」


「ちょ……ちょっと! そこから動かないでくれませんか!?」


 すぐさま部屋へ戻ろうとする護衛騎士を引き留めるべく、ソフィアは隣室に向けて身を乗り出す。


 こうなったら、強硬手段よ! ソフィアはナイトガウンの裾がめくれてしまわないように気をつけながら、手すりに足をかけた。


「ソフィア嬢っ!? ここは四階ですよ!?」


 少女の奇行に、レオンは頓狂とんきょうな声を上げる。


 もしもバルコニーから落ちたなら、大怪我をしてしまうだろう。


 とはいえ、ソフィアが乗り越えようとしている手すりは、各部屋のバルコニーを隔てるために設けられた、腰の高さ程度の仕切りである。

 失敗しても、どちらかのバルコニーに尻もちをつくだけだ。


「えいっ」


 ソフィアが軽やかに飛び降りたところを、レオンが慌てて受け止める。


「な……なにをなさってるんですか、あなたは!?」


 赤茶色の大きな瞳が、驚きの表情でこちらを見ていた。


「ごめんなさい。どうしても、今夜じゅうに話がしたかったんです」


 予想外の状況にドギマギしているソフィアとは対照的に、レオンはため息をつきながら、冷静に距離をとる。


「明日も朝は早いですよ。どういったお話ですか?」


 目も合わせぬまま、レオンは素っ気なく呟く。それほど、昨日の出来事が腹に据えかねるものだったのだろう。


 ソフィアは胸に痛みを覚えながら、ぎゅっと下唇を噛みしめた。


 傷つく権利なんて、私にはないんだから。まずはきちんと、彼に謝意を伝えよう。


「謝罪をさせていただきたいのです。お茶会の途中で倒れ、ご心配をおかけしたこと。またその後も、ご迷惑をおかけしましたこと。本当に申し訳ありませんでした!」


 頭を下げている間、彼は一言も言葉を発さなかった。

 おそるおそる顔を上げると、きょとんとした表情のレオンが目に映る。


「ご迷惑だなんて思っておりませんが」


「えっ。じゃあなんで、そんなに怒ってるんです!?」

「お……怒っているように見えましたか?」


 ソフィアの勢いに押されながら、レオンはばつが悪そうにこぼす。


「不甲斐ない自分に、嫌気がさしていただけです」


 なにが『不甲斐ない』のか。真っ先にこちらへ駆けつけて、私をたすけだしてくれたのは、他でもないレオンだというのに。


「ですが! あなたもあなたですよ。倒れるまで無理をするなんて!」


 彼は深刻げに眉をしかめながら、そう続けたのだった。


「その点は、大変申し訳ないと思っております……」


「これまでも薄々感じてはいたのですが、改めて実感しました。ソフィア嬢は、もっと自分自身を尊重すべきです。私たちがどれだけあなたを想っても、ご自身を大切にしていただかなければ、」


 その時、きらめく星が流れた。


「「あ!?」」


 ソフィアは手すりのそばまで駆けていき、両腕を掲げる。いつしか頭上には、溢れそうなほどの星影が広がっていた。


「レオン! 見ましたか? 流れ星です!」


 大小さまざまな輝きが集まり、山の谷間まで光の橋ミルキー・ウェイが伸びている。


 圧倒的な星の帯は、のけぞるほどに壮大で、それでいて繊細で。瞬きするのも怖いぐらいに、まばゆく世界を照らしている。


「ええ。流星雨の時期は過ぎているので、流れ星が見れるのは、なかなか珍しいかもしれません」


 彼はソフィアの隣まで歩み寄り、高い空を見上げた。


「……“流星の禁術”とは、転生術のことだったのですね。マルクスに聞きました」


 突然の話題に、ソフィアは体をこわばらせる。あのマルクスが? 禁術のことを話したの?


 いったいレオンは、どこまで知っているのだろう。私が転生したことも聞いているのかしら?


「安心してください。私が教えてもらったのは、禁術のことだけ。それ以上は、あいつも話してませんよ」


 レオンは目を閉じて、深い息を吐き出す。


「とはいえ、これまで四ヶ月ほど、一緒に過ごしてきたんです。あなたがなにかを抱えていることぐらい、私にだって分かりますよ」


 それからゆっくりと、こちらへ顔を向けた。オレンジガーネットの瞳には、ちっぽけな私の姿が映り込んでいる。


 わずかな動揺と怯えの色が、自分自身を見つめ返していた。


「無理に話せとは言いません。ですが、もしお許しいただけるのであれば。その苦しみを、私にも分けてもらえませんか」


 レオンは遠慮気味に、触れていいかと尋ねてくる。おずおず手を差し伸べると、護衛騎士は優しくそれを握り返した。


「ソフィア嬢、あなたは本当に不思議なお方です。年相応のあどけなさを見せたかと思えば、まるで貴族の子女のように、軽やかな身のこなしで周囲を翻弄ほんろうする」


 彼は私の指先を見つめたまま、ぽつぽつと語り続ける。


「問題を見つければ、無鉄砲に立ち向かっていって。こっちの忠告なんて聞きもしない。それでも、いつだってあなたは全力だから」


 小言を言いながらも、なぜかその声は柔らかかった。


「気づけば私も飛び出してしまうんです。ソフィア嬢には調子を狂わされてばかりですよ、本当に」


 レオンの指先に、ほんの少しだけ力がこもる。


 なぜだろう。たったそれだけのことなのに、彼のぬくもりが私を熱く染めていく。


 この感覚は、マルクスが初めて魔術レッスンをしてくれた時のそれと、なんとなく似ていた。


 かつて魔導士長は、私の体じゅうを巡る魔力をあたためてみせた。あの時と同じように、繋がる手が熱く脈打っている。


 でもレオンは、魔力操作を行なっているわけではない。じゃあ高ぶるこの心は、なんだっていうの?


「これは、一方的な意思表示ですので」

「えっ。なんですか?」


 不意を突かれたソフィアが、状況を掴めないでいる間に、レオンは姿勢を正し、伏目がちに囁いた。


「この素晴らしき星月夜に誓います。レオン・ジラールは悲しみ深い時も、喜びに充ちた時も。共に過ごし、あなたをそばで支えます」


 まるで結婚の誓いウェディング・バウのような言葉のあと、彼は身をかがめて、私の手の甲に顔を近づけた。


 唇が触れたわけではない。けれども、これが口づけの仕草だということぐらいは、ソフィアにも分かる。


「家柄も肩書きも関係ありません。これは、私個人の願いです」


「あ、あの」

「なにかあれば、いつでも頼ってください。私は近くにいますので」


 その時レオンが見せた表情は、いつもとなんら変わらない、穏やかな笑顔だった。


 さらに夜が更け、細長い月が高く昇ったころ。ソフィアは寝台に横たわりながらも、なかなか寝つけないでいた。


 頭のなかには、レオンの言葉がぐるぐると回っている。


 護衛騎士としての発言ではないと、はっきり言っていたわよね? ……いえいえ、勘違いしちゃダメよ!


 ソフィアは雑念を振り払うように、ぎゅっと目を閉じた。


 レオンはいつだって、責任感の強いお人好しで、私を見守ってくれているだけなんだから。


 それこそ、前世で初めて出会った時から、ずっとそうなのだ。


 かりそめの護衛騎士として、主従の誓いを立ててくれたことも。死に際の私に向かって、名誉を取り戻すと約束してくれたことさえも。


 あくまで親切心で、生来の優しさゆえにかけてくれた言葉なのだろうから。


 こちらの世界にきてからも、彼の発言に他意はないはずだ。ちょっとばかり、勘違いしそうな言い回しなだけで。


 考えのまとまったソフィアは、長い一息をつく。ようやく、安心して眠ることができそうな気がした。


 それにしても、マルクスはこれまでかたくなに語ろうとしてこなかった禁術のことを、なぜレオンに打ち明けたのだろう。


 心境の変化があったのか、あるいは状況が変わったのかもしれない。


「ちゃんと話を、聞かないと……」


 この休暇が終わって、ジラールの本邸に戻ったら。そんなことを考えながら、眠りについたのだった。


 それからソフィアは、久しぶりに長い夢を見た。


 懐かしいオルゴールの音が、どこからともなく聞こえてくる。優美でゆったりとした、舞踏会のための調べ。


『お相手をしていただけますか?』


 振り返ると、白地の将校服姿のレオンが、手を差し出していた。


 ソフィアの格好も、いつからか華やかなドレス姿に変わっている。ガーネットのようにきらめく、茜色のオートクチュール。


『……ええ、喜んで』


 二人は手を重ね、音楽に身を任せた。きらきらと輝く音の粒が、フロアに転がり落ちてくる。


 軽やかなステップを踏みながら、ソフィアはそっと指先を離す。


 繊細な音色は星くずに変わり、フロアを鮮やかに彩り始める。向かい合った二人は互いを見つめ、すれ違って、再び視線を交わした。


 レオンの熱い瞳には、無数の星が輝いている。ソフィアは吸い寄せられるように護衛騎士へ近づき、彼の手をとった。


 もはや言葉など必要ない。くるくると円環を描きながら、目の前の相手をひたむきに見つめていた。


 ただレオンだけを。ずっと、ずっと。

次話は番外編の更新を予定しています。

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