100 大切な家族たち②
「やめてよ父さん。レオンも!」
悲痛な叫びが響き渡る。しかし二人は、見物人の訴えになど耳も傾けず、剣を交えている。
「なにやってるのよ、素人なのに!」
そのくせ父は嬉しそうな顔をして、レオンに切り掛かっていく。
護衛騎士が腕を振り上げたのを見て、ソフィアは思わず目を逸らした。
勝てるわけないじゃない。レオンは剣術大会の連続優勝者なのよ!?
「ですが、ソフィア様。意外とお父様も、負けてらっしゃらないように見えますが」
「えっ?」
「あー、確かにそうですねぇ! 坊ちゃまの攻撃だって、ちゃんと避けられてますし。ほらほら!」
イザベラが騒いでいるとおり、父はレオンの重い剣筋を受け止めたうえで、いなしている。
もちろんレオンのような、洗練された動きではないものの、対戦は成立しているようだ。
「なんで? 剣を使ったことがあるなんて、聞いたこともないのに」
父は身を翻しながら、笑顔で武器を振り回している。まるで、決闘を楽しんでいるみたいに。
「って、あれ? イザベラ、決闘ってどうなったら終わるの?」
「それはですねー。どちらかが戦えなくなったら、そこでおしまいだったと思いますよ!?」
「じゃあ、剣術大会と同じルールなのね」
であれば勝ち負けが決まらなくとも、決勝戦と同様に、レオンが父さんの剣を弾き飛ばせば片がつくのだろう。
けれども二人の会話を耳にしたサラが、ゆっくりと頭を振った。
「決闘は名誉の戦いですから、重みが異なります。時と場合によっては、参加者が命を失うまで続くこともありますので」
「ええー!?」
ソフィアに代わって、イザベラが驚きの声をあげた。
なんですって! そんな大事だなんて、父さんは絶対知らないわよ!?
けれども二人の戦いは、ますます勢いを増していく。時折聞こえていたはずの金属音が、今は耳障りなほどに鳴り響いている。
「どうしたら止められるのよ……」
ソフィアが肩を落としていると。
「あんた達、いい加減にしなさいっ!!」
体全体がビリビリと震えるくらいの大声が、後方から投げられた。
「か、母さん!?」
驚くソフィアの横を通り過ぎ、レオンと父の元へ歩んでいった母は、棒立ちになっている二人の腕を、順番に勢いよく叩いた。
「なんでソフィアの問題に、男二人が足を突っ込むんですか! そこら辺で戦うのは自由だとしても、決闘だとかなんだとか、そんなことにこの子を巻き込まないでください!」
レオンらは丸い目で、母をまっすぐに見つめている。
「あらやだっ、私ったら! 申し訳ありません、レオン様! つい手が出てしまいました」
「いえ、お気にせず。ただ、その」
「なんでしょうか?」
「先ほどのお母様が、ソフィア嬢にそっくりだと思いまして」
レオンの返答に、父の表情も華やぐ。
「だよな、だよな!? 俺も同じこと考えてた!」
「本当に反省してるんですか!?」
再び嗜められた二人は、しょんぼりと身を縮こまらせる。
「ちょっと待って、母さん」
二人を庇うように、ソフィアは慌てて間に入った。
「よく分かってないんだけど、私のせいで二人は戦っていたのよね?」
あれほどレオンに突っかかっていたのだ。今日の騒動だって、私とレオンの関係を勘違いした父さんが、暴走してしまった結果だろう。
「原因になった私にも非があると思うし、怒るのはそれぐらいにしてあげて」
「ソフィア嬢!」「ソフィアあぁ」
男性陣の声が重なる。目を輝かせる二人に、母はさらに睨みをきかせた。
「例えそうだとしても、あなたの気持ちを無視したまま、やるべきことではありません」
その言葉にソフィアの口元がひくつく。父も母も、私を心配してくれているのだ。
子爵令息相手に、身分違いの想いを抱いていると信じて。
「あのね、母さん。私の“気持ち”の話なんだけれど……」
ソフィアはもごもごと口ごもりながら、ためらいがちに続ける。
「正直、よく分からないの。でも母さんや父さんと同じくらい、レオンもジラール家のみんなのことも、大切に思ってる。だから……ちゃんと考えるから! もう少しだけ、私のことを見守っててほしい」
沈黙が流れる。この場で唯一、話の流れを理解していないレオンだけが、私たちを順番に見比べて、不思議そうな表情を浮かべていた。
「言いたいことは分かった」
父は握っていた剣を鞘へ戻し、勢いよく右ひざをつく。
「レオン様、今日までのご無礼をお許しください。ソフィアのことを、どうぞよろしくお願い申し上げます」
これまでとはうって変わって、丁寧な言葉遣いでの謝罪だった。
殊勝にも頭まで下げるものだから、レオンも慌てて武器を収めたうえで、父の体に手を伸ばした。
「顔を上げてください、お父様。私も精一杯努めますから」
……あれ。なんだか父さんが勘違いしたまま、話が進んじゃってない!?
慌てふためくソフィアをよそに、父は言葉を重ねる。
「失礼ついでに、もう一つ。実は帝国へ残してきた、大切な仕事を思い出したんです。ここを発ちたいと思うのですが、よろしいでしょうか」
「えっ?」
隣から短い声が聞こえた。突然の仕事話には、母も驚いているようだ。
「いつごろご出発なさる予定ですか?」
「なるべく早く。そうだなあ、明日の朝にでも」
軽い口調で話しているが、決意は固いらしい。
「承知しました。では、護衛をつけますので」
「ああー、お気遣いいただかなくて結構です! 要は、俺がソフィアの父親だってバレなきゃいいんですよね? 移動中は顔を隠しますから」
あろうことか父は、レオンからの提案を跳ね除けようとしている。
「ちょっと、父さん! 相手は魔導士なのよ? 一人で立ち向かえるはずないじゃない!」
「でもさぁ、ソフィアも見てたろ? 父さん結構強いんだぞ!?」
それが可愛いとでも思っているのか、父は口を尖らせて反論してくる。
「無茶言わないで! ここはありがたく、レオンの話を受け入れましょう。ねぇ母さん?」
「そうね。ジラール家の方々にはご迷惑をおかけしますが、夫をよろしくお願いいたします」
妻子の懇願を受け、父も渋々承諾した。
「お父様のことは、我々にお任せください」
そばに控えていたジラールの騎士たちは、レオンの言葉に合わせ、一斉に礼をしたのだった。
「ところで、お父様。思い違いなら大変申し訳ないのですが、以前どこかで、私と剣を交わしたことはありませんか?」
唐突にレオンが切り出す。穏やかな顔つきではあるものの、真剣な眼差しをしていた。
近衛士官であるレオンが、父さんと“戦ったことがある”って? 対する父は、表情を崩すことなくにこにこと微笑んでいる。
「いやぁ、そんなことはないと思いますが」
「それに剣の腕も、なかなかのものだとお見受けいたしました」
「買い被りすぎですよ! 仕事柄、危険な土地に出入りすることもありますから、護身のために身につけた程度で」
その発言は信じられるような気がした。だって父さんは、国の一大行事である剣術大会にすら、興味を示したことがないんだから。
「そうですか。それは失礼いたしました」
なぜだか残念そうにしている護衛騎士のそばに、ソフィアはにじり寄る。
「レオン。どうして父さんと、決闘することになったんですか?」
こそりと囁きかけたが、彼はすい、と視線を逸らしてしまう。
「お話しするつもりはありません」
なぜかいつもとは違う、突き放すような物言いだった。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!?」
これは怒っているのか、それともふてくされているのか。レオンはそのまま、邸宅へ戻っていこうとする。
戸惑う娘を横目に、ソフィアの母は夫の手を強く引いた。
「ちょっと、あなた!」
「大丈夫だよ。すぐに帰ってくるから」
自分に詰め寄る妻の表情が、あまりに深刻そうだからか、ソフィアの父は吹き出しながら答える。
「でも、このタイミングで帝国に行くってことは、ソフィアのことなんでしょう?」
「あー……うん。だって、考えてもみろよ!? 異性に興味のないソフィアが、あそこまで心を許しているんだぞ? 本人は気づいてなくとも、とっくに特別な相手になってるだろ」
そう言いながら、レオンの背中を妬ましそうに眺めた。歩み寄る姿勢こそ見せたものの、娘の交際相手となりうる人物のことを、簡単には受け入れられないらしい。
「そうね。あの二人がうまくいくかどうかは、また別の話だけれど。少なくとも今は、身分が違いすぎるわ」
ソフィアの母は、悩ましげに額をおさえた。
「だからソフィアに、本当のことを教えたいんだ。それがきっと、あの子の背中を押すことになるだろうから」
「打ち明ける時がきたのね、ルイーズ様のことを」
今にも崩れ落ちそうな妻の体を、ソフィアの父親はしっかり抱きとめる。
「ねぇあなた。ソフィアはどう感じるかしら? 隠し事をしていたと知れば、あの子はきっと傷つくわ」
「大丈夫だよ、いつかは分かってくれるさ。だって、俺たちは家族なんだから」
「……そうね」
二人は寄り添うようにして、屋敷へと戻っていったのだった。
『双面の贄姫』、ついに100話目となりました! ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
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