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双面の贄姫 〜身代わり令嬢はどうにかして悪役を回避したい!〜  作者: okazato.
第四章 身代わり令嬢の邁進

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99 大好きな家族たち①

 ソフィアが目を開くと、真っ先に小花柄の天蓋てんがいが飛び込んできた。


 どうやら、あれからずっと眠ってしまっていたらしい。朝明けの穏やかな光が、部屋中を東雲色しののめいろに染め上げている。


 ソフィアはゆっくり体を起こす。ここまでどのように運んでもらったのか、あまりよく思い出せない。

 一晩休んでいたおかげで、気分はすっかりよくなっていた。

 

 まだ目覚めていない山のふもとは、すっぽりと深い霧に覆われている。


 ソフィアは窓辺に近づき、ほう、とため息を漏らした。薄紫を帯びた雲海には、橙色の粒が絡まり、きらきらと輝いている。


 こんなに素晴らしい景色を、下町では到底拝むことができない。夜と朝方を繋ぐ幻想的な色合いは、何度見ても美しいものだ。


 窓を開くと、湿った空気が一気に滑り込んできた。土と草の香りが混ざった、爽やかな風がネグリジェを軽快に揺らしていく。


 清涼な空気をいっぱいに浴びつつ、ソフィアは記憶を辿る。

 着替えを手伝ってくれたのは、サラとイザベラよね? でもここまで連れてきてくれたのは、レオンだったはず。


 護衛騎士の険しい表情を思い返し、ソフィアは頭を抱えた。

 辛い過去を思い出したからといって、食事中に倒れてしまうなんて! さすがのレオンも呆れていたに違いない。


 他のみんなにも、迷惑をかけてしまっただろう。なんて弁解すればいいのかしら?


 ソフィアが一人でうなっていると、ドタドタとせわしない足音が近づいてきた。


「ソソソソソフィアさまーあぁ!」


 盛大に扉を開いたイザベラは、激しい息遣いのまま叫んだ。


「一大事です!!」

「イザベラさん! 昨日はご心配をおかけしました。もう元気になりましたので」


「快復されましたか!? よかったです!」


 それでも彼女は不安そうで、私の体を上から下までこねくり回したあと、ようやく満足げに頷いた。


「失礼致します、ソフィア様。病み上がりのところ大変申し訳ないのですが、すぐにこちらへお召し替えなさってください」


 遅れて部屋にやってきたサラは、ペールオレンジのラウンド・ガウンを、素早くソフィアにまとわせた。


「ところで、“一大事”というのは?」


「ああっ! そうでした。急がなければ、決闘が始まってしまいます!」

「けっとう?」


 支度を終えたばかりのソフィアをかすように、イザベラが背中を押してくる。


「ええ。ソフィア様のお父様が、決闘を申し込まれたのです。レオン坊ちゃまに」


 サラが放った言葉を理解するのには、少しばかり時間が必要だった。


 父さんが? 子爵令息相手に、決闘を申し込んだっていうの?


「……はあああああぁー!?」


 意識を失っている間に、いったいなにがあったというのか。朝の静寂を破るように、ソフィアの絶叫が響き渡った。


 決闘の舞台に選ばれたのは、ジラール別邸の中庭。両者が剣を携えた状態で、すでに向かい合っている。


「こっちから言い出しといて、なんなんですが。俺はお貴族様じゃないから、決闘の伝統とかルールとか、そんなのちっとも知らないんですよねぇ」


 左腕をぐるぐると回しながら、ソフィアの父は口角を上げた。


「難しいことはありません。互いに信念を貫き、誠意をもって相手に向き合うだけですから」


 レオンは細い息を吐き、慎重に武器を手にとる。


「俺だって、君が悪い奴じゃないってことぐらい、分かってるんだよ」


 護衛騎士に応えるように、ソフィアの父は腰を低く落とし、脇の横で剣を構えた。


「ただやっぱり、父親としては心配なもんでね。あの子を護れるぐらいの器量はあるのか、一つ試させてもらいますよ」


「……この間までは、私もソフィア嬢を守りたいと、そう思っていました」

「んあぁ?」


 レオンの後ろ向きな呟きに、高圧的な声が被せられる。


「けれどもそれは、烏滸おこがましい考えでした。ソフィア嬢は、一人でも生きていけるほどに立派な女性です。私だって、何度助けられてきたか分からない」


 ソフィアの父は戸惑いながらも、青年の発言を待っている様子だ。


「でも、だからこそ彼女は、全てを抱え込んでしまう。昨日のことだって、本当はなにか事情があるはずです。なのにソフィア嬢は、気軽にそれを打ち明けてはくれないでしょう」


「まぁあいつは、頑固なところがあるしな……」


「ですからせめて、彼女の一番近くにいたいのです。ソフィア嬢が助けを求めた時、手を差し伸べられる相手が私でありたい。ただそれだけです」


 レオンは両手で剣を握り、体の前に掲げた。


「そのために必要であるのなら。この勝負、喜んでお受けいたします」


「……なかなか、いい眼をしてるじゃねぇか!」


 歯を見せて笑うソフィアの父と、レオンのそばに立会人らが集まる。


「構え!」


 決闘責任者の短い掛け声が放たれた、ちょうどその時。


「なにしてるのよ、二人とも!?」


 使用人らを引き連れたソフィアが、ようやく中庭に現れたが、すでに戦いの火蓋は切られたあとだった。

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