6.これからの永遠への誓い
きっとアイちゃんとエアちゃんの過去への里帰りは、
最高の親孝行でもあったのでしょう。
本人達はその時点では「親孝行」という概念は知らなかったのですが…
文字通りの意味で悲しみを飛び越えて、お母さんと再開して。
それから二人の家で更に2千年くらい経った所で届いた、21世紀からの手紙。
永遠の時間にもう一つ積み重なる、ある幸せな出来事のお話。
温泉に浸かりつつ思い出した事は一枚の手紙にまとめた。
部屋を元に戻して普段着を願って、
それから無重力で漂いながら改めて考えてみる。
結婚…とはいかなくとも、どんな結婚ごっこをしてみようかと。
「とりあえず君に恋でもしてみようか、アイ」
「自分で言ってて変だと思ってるよね、エア」
「うん、私達二人は恋する種族では無い気がする。私はアイを愛してるけど」
「もちろん私だってエアを愛してるよ?」
試しに両手の指を絡めながら私の口からアイの口へキスしてみる。
結婚している二人がやる事らしい。くすぐったいなこれ。
「うーん、恋をするとドキドキするのが定命の人々や魔女の子達らしいけれど、今のは別の感触だったかな」
「何だか温かいものがじわーっと広がる感じだったね」
「結婚してる二人が舌も絡めるのを何処かで読んだ事があるけれど、やってみる?」
「…それはまた今度にしよう、何だか危ない気がするから」
ちょっととても残念だと思ってしまった。今度不意打ちでやってみよう。
悪戯好きのアイがいきなり仕掛けてきそうだけれど先手を取りたいな。
「だったら結婚式の格好でもしてみようか。定命の人々や魔女の子達はドレスとかスーツとかを着るんだって」
「エメラルド・タブレットで出せるかな?」
「勿論。何だったら願って作ってみる?」
「ふふ、エアの美学に期待してるよ」
「いきなり創作を振られるのは困るなぁ」
とはいえ、言われたからにはやってみる。
まずは世界各国の花嫁や花婿の衣装を願って仕立てて。
王道は純白らしいけれど様々な色に塗り替えてみて。
それから私とアイに合いそうな衣装を何着か作ってみる。
二人で実際に着て、寸法を合わせて。魔法って便利だね。
私達が最初に選んだのは…
「やっぱりお揃いの真っ白なドレスを試したくなるよね。エアは褐色の肌で空の髪だからとっても似合ってる」
「アイは白い肌で夕日の髪だから難しいかなと思ってたけど、何とか映えるように出来たかな?」
「バッチリだよエア。贔屓目とかじゃなくて、最高の作品だと思う」
「そこまで言ってくれたのって何百年ぶりだったかな」
アイに真面目に褒められてしまった。
そんな気恥ずかしさを隠すように純白のスカートが舞う。
…手紙の送り主は21世紀初頭だから無重力の結婚式はやった事がないかな、
なんて考えて照れてしまったのを誤魔化したり。
「でもこのドレスを見せる相手がなぁ、私達と母さんしかいない」
「三人でいられる時間はそんなに無いから出来ることも限られるしね」
「魔女の子達の前で結婚式とか…ううーん」
「ほぼ全員と会ったことが無いんだよね。知らない人達に祝われる結婚式もあるにはあるらしいけれど」
「それだと彼女ら彼らの為に私達がここに引っ越したのが無意味になりかねないし、かといって事情を伏せての結婚式は別の遊びな気がする」
「二人だけの結婚式って意外とやりにくいのかな」
「私達の場合は生まれつき二人一緒で誓う必要も無いしね」
二人で揃って苦笑する。
けれど結婚ごっこを考えるのは楽しいのでもう少し続けてみようか。
衣装も変えてみる。今度は二人で揃って黒いタキシード。
確か結婚式で黒を使う文化が何処かにあったような。
「今度のは格好いいねエア。胸元に花を添えてるのが華やかでもあるし」
「この色合はアイに似合うと思ってたよ。そこは自信がある」
「ただ、ちょっぴり仮装とか舞踏会っぽいかも」
「だよね、私もそんな気がしてた」
「あはは、難しいね」
またも二人で揃って苦笑する。
とはいえ、ここからは結婚式じゃなくて結婚ごっこ。
気持ちを切り替えるには丁度いいかな。
「婚姻届ってものがあるんだってね。自分の名前を書いて、国や宗教に届けて、法律で認められるのだとか」
「でも私達は二人とお母さんだけだから法律は使ってないんだよね、届ける先がない」
「しかも母さんは私達が生まれつき二人一緒なのをとっくの昔に知ってる」
「んー、じゃあ二人だけの約束を何かに書くとか。でもこの家の何処かに「アイ」と「エア」の文字を刻むのは悪くないけど、何か違うような」
「ところでエアさん、地球には結婚指輪という文化があるそうで」
「それだ。冴えてるねアイ」
そうと決まれば話は早い。
私は水晶でもあり金属でもある物質、
言わばクリスメタルの指輪二つを願った。
ちょっとした細工も思いついたから刻み込む。
デザインそのものはシンプルで、
アイの指輪が私の瞳の太陽色、私の指輪がアイの瞳の彩光色。
お互いの左手の薬指に嵌めてみた。恭しく、丁重に、永遠の愛を誓いながら。
せっかくだから三着目のドレスにも着替える。
今度はアイが空色のドレスで、私が夕日色のドレスに。
「この指輪を見てるとエアと見つめ合ってる気がして、不思議と幸せになるかも。ただ、何か忘れてないかな?」
「そこはちょっとした細工があるんだ。アイ、左手を広げてこっちに向けてみて」
「こう?」
不思議そうに小首を傾げるアイ。その白い左手に、私の褐色の左手を重ねる。
薬指と薬指が、指輪と指輪が触れ合って。
私達二人だけの文字、「アイ」と「エア」が優しい茶色に光った。
文字の色は母さんの瞳の色だ。だいたい私の思った通りに出来たと思う。
「なるほど、くっつけて初めて文字が見える訳だ。これなら私達だけの文字と一緒に扉の向こうに行ける」
「ちなみにこの家でくっつけないと文字は浮かばないよ。外の世界では読めないように作ってある」
「上手いこと考えたねエア。…こうしてみると、今までこの指輪をつけてなかったのがむしろ不思議」
「なら次の一万二千年も、もっと先も。アイ、ずっと一緒にこの指輪をつけてくれる?」
「勿論だよエア。私とエアとお母さんに誓って、ずーっと一緒に」
私達二人の間柄は生まれてから永遠に不変だと思っていたけれど、
今ちょっとだけ進んだ感覚があった。
少なくとも私達にとっては、
自らに由って、自分達の意思で決めたこの行為こそが。
「分かったよ、アイ」
「エア、私もね。今、これが結婚なんだって思った」
「誓っちゃったものね、アイ。意外とあっさり私達にも出来たけど、やって良かった」
ずっと一緒に重ねていく幸せが、もう一つ増えたのだと思う。
これがあの手紙に書かれていた
「女性と女性での結婚がもたらす『幸せ』」って事なのかもしれない。
二人揃って何かが腑に落ちた気がした。
私達の腑は生命活動の源ではないけれどそれはともかく。
「となると、あの手紙を送ってくれたイスナーンお嬢さんとリェイスティン女史とミライ女史に何かお礼をしたいな」
「直接会って伝えていいと思う。当代一流の魔女だから、そう簡単には私達の存在を口外しないだろうし」
「お母さんにも伝えに行こうよ。私達は結婚して、もっと幸せになったよって」
「勿論だよ、きっと喜んでくれるしね。ただ、それは彼女達にお礼を伝えてから。またちゃんと日を改めよう」
「ところで、あの手紙を書いた時間は21世紀初頭のハロウィンみたいだよエア」
「じゃあハロウィンの仮装でもしていこうか、アイ。南瓜でいいんだっけ」
「確かそれで合ってた筈」
さっき頑張って結婚衣装を作った勢いで、南瓜のドレスを願って作って着る。
私の目はそのままだと人の目を焼きかねないので眼鏡を掛けて。
せっかくなのでアイも仮装にモノクルを足して。
なぁに何か間違ってたらその場で願って着替えればいいし。
「浮かれてるね、私達。さっきまでは人に会いに行くつもりなんて全然無かったのに」
「永遠に生きるコツは時々勢いに身を任せることだってエアも知ってるでしょ?」
「アイがずっと昔に言い出した事だよそれ」
「そうだっけ?」
「分かってて誤魔化してるよねアイ。…じゃ、行こっか!」
「うん!」
二人で一緒にドアノブを掴んで、あの手紙を書いた人々のいる所をイメージして。
私達の視界に入ってきた部屋に先にお返事を送ってから、
二人で扉をノックしてその向こうへ。
アイの好きなちょっとした悪戯。彼女達は、驚いてくれるかな?
──
「ところでアーレア様、どうやってあの方々の居場所を突き止めたんですか?」
「私は大魔法使いだよ?」
「マスター、もう少し詳しく」
「んー…魔女なのは会った時に分かったけど、知っている魔法の気配が一切無かったし、この世界にいた痕跡もふっと消えたから。逆にこのパターンは希少で当たりは付けやすかったよ。後はフェーリの専門だからね、古い文献を二人で探ればすぐだったよ」
「…分からないことが分からないって、きっと今みたいな感情です」
「イスナーンにもそのうち分かるよ。私が託した手紙を送れたんだから、きっとすぐに」
「とりあえずいっぱい褒めてください、アーレア様」
「んふふ、いい子いい子」
預かっていた手紙を何とか無次元世界に送れた事を報告し、
我が主であるアーレア様の部屋で労いのナデナデをしてもらって
幸せいっぱいな私はイスナーン。
そんな私の目の前でことんと音を立てて、主の机に手紙が落ちてきた。
宛名は「親愛なるイスナーン様、及びアーレア・リェイスティン様とフェーリ・ミライ様へ」。続いて「アイとエアより、貴女方に幸せを込めて」とも。
やった、どうやら私は務めを果たせたらしい。
さて何が書いてあるのだろうとアーレア様が封を開けようとした所で
扉から不慣れなノックの音がした。
「どうぞ」と我が主の生返事ですぐに扉が空いて、その向こうにいたのは。
「エアちゃんです、ハッピーハロウィーン」
「アイちゃんです、お土産をくれないと悪戯しちゃうよー?」
真顔で仮装してる青髪スーパーロング褐色眼鏡おねーさんと、
真顔で仮装してる赤髪ロングテール色白片眼鏡おねーさんだった訳で。
えっ
と声が出てしまった。
──
二人組の魔女はいつどの時代においても、どの時空においても。
何をやらかすか分からない。
こうして二人は、これからもずっとずっと幸せに生きていくのでした。
この二人の邪魔を出来る存在なんて無いでしょうし。
めでたしめでたし。完全無欠のハッピーエンドになりました。
書いてたら流れで指輪を嵌めてプロポーズしててびっくりです。
婚姻届と結婚指輪を兼ねる魔法の指輪というアイデアはあったんですが、
作者の構想をあっさり飛び越えて自然と結婚しましたねこの二人。
何かを誰かに誓った経験があったら「結婚」にも辿り着くのかもしれません。
特に何もしなくても永遠に生き続ける存在であっても。