表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

5.それから、1万年と10年ちょっと前へ

時を超える扉があったら、あなたは誰に会いに行きますか?


アイとエアはその答えを決めていました。

彼女達は長い時の流れに怯みつつも、扉の向こうへ。


一番大切なものは、きっといつまでも変わらない。

地球外知的生命体の皆様のおかげで、

その頃の私達は「時間」の概念を何となく把握できていた。

時が未来に流れていくことに疑問なんて感じなかったけれど、

私達の魔法ならば過去や未来へ行けるのでは。

もしもそうであるならば。


エアがこの家に作った時と次元と空間の向こうへと繋がる扉は、

初めからあの日の故郷に行く為のものだった。

願いさえすればこんな道具は必要ないのだけれど、

物事には心構えというものがある。

気持ちを整えるために私とエアは二人でドアノブを掴んで願った。

お母さんに会いたいと。


果たして扉は時を超えて生まれ故郷の熱帯雨林に繋がった。

光速を超えた私達のインチキはあっさり時も超えてくれた。

けれど私達のインチキは他の誰かの自由には干渉できない。

留守を狙えば昔の私達と鉢合わせる心配はない。

あの頃に二人だけで遊びに行ってて本当に良かったと思う。

けれど母さんは一万年経った私達を認識できるのだろうか。

とっくの昔に私達が別の何かになってしまったのだとしたら。

…拒絶されるかもしれない。もっとひどい結果になってしまうかもしれない。


それでも私達はお母さんに会いたいと思った。

あの後もずっと私達はお母さんのことを忘れてないし、

お母さんから生まれたおかげで私達は幸せになれた。

それだけはどうしても伝えたかったから。


120万年前の母さんと似たような、動物の皮巻きを願って着替えて。

正午の熱帯雨林であの日のように自分たちの足で歩いて。

私達は小さな頃の住処だった樹の下、最初の原点Oに辿り着いた。

ちょうどお母さんは小さな私達の為に柑橘を幾つかもぎ取って家に帰ってきていた。

あの日の元気な姿。思い出の全てが一気に蘇る。

もう迷っている余裕なんて無かった。

「お母さん!」

「母さんっ!」

二人で手を繋いで怖いのを振り切って何とか叫んだ。

それが精一杯。伝えたかったことはいっぱいあるのに何も言葉にならない。

お母さんはこちらを見つめている。

やっぱりもう私達は娘じゃなくなっちゃったのかな。

私達の間にあったものは無くなっちゃったのかなと思いそうになった、けれど。

「…!」

小さな私達を抱っこしてくれる時と同じ構えだった。

お母さんが笑顔で私達を出迎えてくれて、

私とエアがあの日から抑え込んできたものが全部溢れてしまって。

何も言葉に出来ずに泣きじゃくってお母さんにすがりつく私達。

あの頃の私達はこんなに泣いたことは無かったのに、

お母さんは何一つ慌てずに優しく私達を撫でて抱きしめてくれた。

小さな私達にそうしてくれたように。

大好きなお母さんの匂いと体温。全ては伝わった。

私達の一万年をお母さんが愛してくれた。

私達二人はお母さんから生まれてきてよかったんだって、

その時初めて本当の意味で分かったんだ。


それからほんの少しだけ気持ちが落ち着いて、話す余裕が出来て。

私とエアはとめどなく様々なことをお母さんに喋り通した。

お母さんは言葉が分からないけれど

何か得心が行ったようにうんうんと何度も頷いて。

三時間くらい経った所で

お母さんがもいだ柑橘と私達が願って作った柑橘を一緒に食べて。

それから二人でまた三時間くらいお母さんにめいっぱい甘えて。


やがて夕暮れ時になって、遠くでカラスが鳴いた。もう家に帰る時間だ。

幼い私達の記憶には赤い髪と青い髪のヒトも、

言葉を使うヒトも、お互い以外にいなかった。

つまり小さな私達は一万年後の私達とは出会っていない。

それに出会ってしまえば小さな私達の自由の邪魔になってしまう。

だから、二人がここに帰る前に私達も帰らないと。


もしお母さんと出会えて、かつ運命を変えられるようになっていたら。

お母さんも永遠種にすることが仮に出来たとしたら。

それは私とエアとで考えなくもなかったけれど

「止めておこう」という結論はすぐに出た。

知能、寿命、運命…全てを私達で作り変えたら、

その人は多分もう私達のお母さんでは無くなってしまう。

何よりその死を以て私達に大切なことを、自由を教えてくれたお母さんから、

自由を奪うだなんて真似は出来そうになかった。


ひとまず最後に、子供の頃に二人で遊びに行った時のように、

私が右でエアが左になってお母さんと頬ずり。

また会おうねと約束して、それで一旦は再びのお別れ。

…ずっとここにいたいと思わなくはなかったけれど、そうはいかないから。


それから夜になるまでは故郷の熱帯雨林を歩いて。

星と月を見上げてから今の原点Oを、大分ためらいつつも「願って」。

私達は真っ白な無次元の世界にある今の家に帰った。

二人で願った動物の皮巻きを自分の手足で脱いでから、

いつもの寝巻を願って着替える。

さっき感じたばかりのお母さんの温もりと一緒に二人で寝床に。

そっか、小さな私達が二人で遊びに行った日に

お母さんが何だか嬉しそうに私達を撫でてくれたのは、

もしかしたら未来の私達の分も込めていたのかも。

なんて揃って今更気付いてちょっと苦笑もしつつ、私達はぐっすり眠った。

あんなに安らかに眠れたのは何百年ぶりだったかな。

幸せすぎて百年は寝ちゃったらしいし。


…扉をくぐればお母さんに会える。

同じ時間を生きてはいないけれど、時を超えて私達とお母さんは一緒だから。

限界はいくらでもある。

それでも私とエアは魔女として生まれて本当に良かったと思っている。

だから私達はこれからもずっと二人の魔女として生きていくんだ。

お母さんがくれたものと一緒に。


これが、私とエアが一人では生きていけない理由。

ざっくりまとめればお母さんが私達を生んで愛してくれたから、

本当にただそれだけ。

それが私達「先史の魔女」の由来でもあるんだよ。


……


「あれで世界の一線を越えてしまったかな、アイ」

「エア、魔女はインチキをするものだよ?」

「うん、会えるんだから会わない理由なんて無いね」

「甘えん坊、エアは本当に甘えん坊なんだから」

エアの褐色の体が私の白い体にじゃれつく。

特に悪い気もしないのでされるに任せる。

時々頬ずりしてくるので私も頬ずりし返して、温泉の中で二人で仲良し。

「それから扉を開けて、二千年かけて色々な所に行ったものね」

「地球も宇宙も過去も未来も、だいたいは見ちゃったっけ」

定命の人々が文明を打ち立てたのを知ったのは私達がここに来てからだった。

彼女ら彼らが1080億の願いを積み重ねて作った街を歩いて

本を読んで音楽を聞いて料理を食べて…

様々な物に触れる度に思う。やっぱり余計なことをしなくて良かったなって。

ただ一番美味しいのは母さんが焼いて柑橘を添えたお肉だけど。

「私達以外にも定命の人々からぽこっと別の種族が生まれてたのはびっくりしたな」

「奇跡とか瑞兆とか扱いもされるよ、文明のある時代だったら」

実は私達が生まれるちょっと前にも行ったことがある。

お母さんがいるならお父さんもいるのではと思ってたけれど。

お母さんが生殖もしていないのに

いきなり私達を身ごもっていたのは流石に予想外だった。

普通の種族はそんな雑に生まれてくるものではないのだそうな。

でもそんな雑に生まれた人間や魔女や仙女は私達だけでもない。

そもそも私とエアのインチキは何なんだって話だし。世界は謎でいっぱいだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ