3.120万年と18年前からの大切な記憶
永遠種として生まれたアイとエアなのですが、
彼女達にも生んでくれたお母さんがいたのです。
そんな彼女達の、最初の幸せだった日々のお話。
私達は永遠種ではあるけれど、始まりは確かにあった。
120万年前の熱帯雨林の中で、
二人でお母さんに抱っこされていたのが私達の最初の記憶。
私とエアは周りとは明らかに違う頭の大きい変な双子なのに、
お母さんは私達をめいっぱい愛してくれた。私達もそんなお母さんが大好きだ。
ずっと三人で一緒に生きていたいと願っていた位には。
当時のヒト属は頭脳の容量が半分しかなくてお母さんには文明も言語も分からない。
それでもお母さんは私達に数え切れない程の大切なものを与えてくれた。
道具の概念、火の起こし方。仕留めた動物の皮で作った服。
動物の肉を焼いて柑橘と一緒に食べる美味しさ。
120万年前から今まで一つも変わってない、お母さんが食べさせてくれた蛋白質。
三人で音を鳴らして歩く喜び。歌になる前の私達三人のリズム。
川や湖や温泉に入ったりすると気持ちいいんだってこと。
私とエアが二人で遊びに行って帰ってきたら普段より優しく撫でてくれて、
お母さんだって私達のことを誇りに思っているんだよって伝えてくれて。
私が妹を「エア」と呼んで、妹が私を「アイ」と呼び始めた頃は
不思議そうな顔をしていたけれど、
やがてお母さんは二人だけの言葉と私達との繋がりを抱きしめてくれた。
地球で初めて生まれた言葉をお母さんが祝福してくれたんだ。
私とエアが喧嘩した時は叱ってくれて、それから仲直りの間に入ってくれて。
森の中でいつも三人一緒だった寝床の温もり。寂しいだなんて思ったこともなかった。
誰かと一緒に生きて愛して愛される感触。
いつか来る別れの後には私とエアで生きていくんだというお母さんの願い。
何かを願うということ。それから…
転機は私達が生まれて星が10度回った頃、定命の人々の言い方だと10歳の時。
後にトバと呼ばれる山が爆発したあの日。
お母さんも私達も噴火なんて知らなかったから
轟音が鳴り響いた時は全てが手遅れだった。
何処にも逃げ場所はなかった。
灰色に煮えたぎる土石流があっという間に私達に襲いかかってくる中で、
私達はお互いだけでも助かるように願った、その瞬間に。
私達の目の前で土石流は真っ二つに切り裂かれた。
災いが熱帯雨林を焼き尽くす中で私達だけは生き残った。
それから生まれ育った森が無くなってしまったのが悲しくて、
元に戻ってほしいと願ったらそうなってしまった。
他の人は帰ってこなかったけれど…
これがインチキでなくて何だろう。
この時私とエアは生まれついての魔女で、
願えば大体のことは出来てしまうのだと知った。
けれどそれ以上に、私達の最初の願いはずっと続いていく互いの幸せだった。
今までもこれからも変わることのない、私とエアが生まれて存在している理由。
「ずっと一緒に生きていく」と、ぼんやりとではなく初めてはっきり思えたんだ。
……
「うん、やっぱり母さんの事からになるよね」
「エアが最初に書いて残してくれたことでもあるからね」
「小さな頃を思い出すと柑橘が恋しくなるなぁ。あの頃の酸っぱいのと、21世紀の甘いの。どっちがいい?」
「両方にして二人で食べようよ」
「相変わらずアイは欲張りだね」
エアが願って無から四つの柑橘がぽこっと発生する。
私が願って二つの柑橘が四つに割れて皮が剥けた。
私達は代謝していないし飢えることも無いけれど、
何かを食べたり飲んだりすることは出来る。
全部エネルギーになるから何かに使ってもいいし、何もせずに放散してもいいし。
今回は手紙に何か細工でもしようか、それとも…